第16話


「はぁ、なんか色々あったけど楽しかったな!」



ミキちゃんが笑いながら発した言葉。

あぁ?本気で言ってんのか?

今日の思い出?

自分よりはるかにレベルの高いキノコの巨人の集団に特攻。

その後、頭の湧いてるPKに会って……なにより貴方のお父様に、本気で殺されると思って必死になった記憶しかない。


ミキちゃんだって散々殴られたよね?

どこをどう思い返せばそんなぶっ飛んだ感想が出てくるの?


もう辞めたいとか言わないの?

鬼ハ……いや、お父さんつれて引退しないよ。


うん、そうだ。そうしなよ。

そういう方向にもっていこう。



「でもさ、ミキちゃんにはこのゲーム合わないんじゃない?あのバカなPKみたいな奴はたぶんこのゲームにはゴロゴロいるし、今日みたいに嫌な思いをする事あると思うよ」



だから、引退しなよ。

ねっ?

お父さん連れて引退して、2度と連れてこないようにしよ?

お願いだから。ほんとお願いだから。



「そう……かもしれないな」



ミキちゃんは少し俯いて、暗い表情を浮かべている。

うん。そうだよ。


その調子だよ。もう君は戻ってきゃいけない。

この世界は君がいるべき場所じゃない。



「うん。ミキちゃんはこのまま……」

「でも、それ以上に楽しかった!!」



戻ってこない方が良い。

その一言が、ミキちゃんの溢れんばかりの笑顔にかき消された。


なんでだよっ!

今の流れなら引退するでしょ?普通!



「ここじゃリアルなら体験しづらい様々な経験を得る事が出来る。勿論、良い奴ばっかじゃない。嫌な奴もいる。でも、それはリアルと同じ。それにここは安全だ。実害を受ける事も無い。そういった奴らのあしらい方も学ばなきゃいけないしな!」



前向き~。

だーめだこれ。

やる気満々じゃん。


仕方ない。

引退させるのは諦めて方向転換しよう。


あの鬼……。

いや、アレク大尉に僕の印象を良くするために……まずは、ミキちゃんに媚びを打っておく必要がある。


そう。全ては今後の僕の安全のために。



「そういってもらえると助かるよ、お詫びと言ってはなんだけどこれあげる」

「……何コレ?」

「さっきのPKが落とした指輪。あいつらレベルも高かったみたいだしいい物だと思うよ」

「いいのか貰って」

「うん。値打ちものを僕が持ってても仕方ないしね」



PKが落とした高そうな指輪。

僕にはこういった装備は必要ない。


邪教。

いや、あのミラと名乗る悪魔のせいで、何か試練のたびに総資産の半分を要求される可能性が高い。


その為、僕には高い物など必要ない。

それに防御も神器を持っている限り0だしね。



「ありがと……」

「いや、いいよ。ただ、”お父さん”にもよろしく言っておいてね」

「ああ、わかった!よく言っておく!!」



絶対だぞ!!

今の言葉、忘れるなよ!


僕はミキちゃんの手を取り指輪をはめる。

しっかりと手を握り”いいか!感謝よりも行動で示せよな!”と念じながら。



「わ、私はこれで落ちるな。今日は付き合ってくれてありがとっ!」

「うん、お疲れ様」



でも、もう2度と誘うんじゃないぞ。

そんな言葉を喉元でギリギリ抑えミキちゃんを見送る。



「さて、クエスト報告してこっちも落ちますか。結構長い間プレイしたし」

(それがいいでしょうね)



アイは僕の独り言に同意する。

なんだか、いつの間にかアイに話かけるのが”当たり前”になっていた。





ここは汚い……いや、荒廃した教会の奥。

一般人には入る事すら許されない、教会に所属する信者の中でも特別な者にしか入れない場所……


そう、本来なら封印された武具や書物とかが眠る場所。



「だれもこねぇーな」



元の色が分からない薄汚れた絨毯。

その上にごろ寝した悪魔がいた。


部屋に置かれた本棚や武具は埃を被り、床には無数の空の酒瓶が転がっている。

床にはつまみが散乱し古い物は部屋の端の方でネズミが食べている。


絶句だ……。

幹部になって入れるようになった教会の奥がこんな有様だとは。


もうさ。この部屋ごと封印しようよ。

悪魔ごと封印して、2度と出てこれなくした方がいいわ。



「だれ~も、こな~い~教会に~人が来るのはー、今日かい?なんつってな!アハハッ」



……もう辛い。

みてるこっちが辛い。


お願いだから〇んでくれないかな。



「はぁ~~……」



名目上、僕はコイツの部下になんだよな……

もう心の底からため息が零れ落ちる。



「あ”っ!」



上体を起こした、悪魔と視線が合う。

そりゃね、ため息つけば気付きますよ。



「……何処から見ていました」

「……今来たところです」

「なんだ、なら前もって連絡しろよ。女の部屋に無言で入るとか常識ねぇーな。だからモテねぇんだよ」



ゴロリと地面に寝そべり、悪態をつく悪魔。


コイツ……

神器の短剣で刺したら死ぬのかな?


やってみる価値はあるな。



「……クエスト達成の報告に来たんですが」

「おお!我が信徒よ!流石です!」



悪魔は飛び起きて駆け寄ってくる。

掌クルックルッだな、おい。

お前っ……ほんとそういうとこだからな!


人が来ないのそういう所だからな!



「確かに完了してますね。では、次の試練を与えましょう」



は?

なんだ”次の試練”って、そもそもこの試練もこっちが考えたことやろがい!



「……その前に報酬は?」

「(・д・)チッ」



あからさまに嫌な顔しやがって……

こいつは人をイラつかせないと死ぬ病気か何かですか?



「では、今回と同じように別の3ヶ所に石を収めていただければ、新しい奇跡を授ける事にしましょう」

「じゃあいいです。別に僕は困らないんで」

「いやー、実は教えるのに最適な奇跡があったんですよー」



なんなんこいつ。

いや、ほんと言葉が見つからないわ。



「はいはい、じゃあ手を当てますから座ってくださいねー」



え?この汚い床に?

まぁ、ゲームだからいいけど、現実なら拒否するレベルで汚いよ。


そう思いながら渋々床に腰をつける。

トン、と背中に何かが触れ、また黒い靄みたいな物が僕の体を包んだ。


これさ、絶対聖職者が使う技じゃないんだわ。

ラスボスとか闇落ちした人が使う技なんよ。



「はい、新しい技能を追加しました。次のクエストも受けてくださいね。次は3カ所への設置をお願いします」

「はいはい、わかりましたよ」



僕は精霊石を受け取り、ゆっくりと立ち上がる。



「それが完了したら、また来てくださいね」

「はいはい」



軽く手を振り速足で部屋を出る。

こんな汚部屋に長居する理由などないんだから。



「あ!」



やば、すっかり忘れてた。

どんな奇跡。いや、アーツを受け取ったのかすっかり忘れていた。



「show アーツ」



そう言うと目の前に半透明な青い画面が湧き上がる。


--------------------------------------------------


アーツ

  ピュリフィケーション(奇跡)

  執念(P) 

  腐手(奇跡)←new


-------------------------------------------------------


 

……嫌な予感がする。

目の前に湧き上がる半透明の画面にそっと触れ、”腐手”の効果を確認する。


----------------------------------------------------------------------


腐手(奇跡)


触ったものを徐々に腐らせる。

即時性の効果は無く、効果が表れるまでに地球時間の24時間以上が必要。


-----------------------------------------------------------------------



「いらねぇぇぇ!!!!」



思わず叫んでしまう。


混じりっ気のないまさにゴミ!

流石だよ!あの悪魔!!


どこで使うんよ、こんなの!!

あと腐らせるとか、普通奇跡ではないからね!


あいつ本当に悪魔だろ。

むしろ悪魔以外思いつかないわ!



「はぁ~、もうやだ、落ちよ」



疲れた体に止めをさされ、僕は静かにログアウトした。





「すまないな」

「いや、いいですけど、珍しいですね。電話なんて」



ログアウトして、風呂入ってさ、落ち着いたらね。

電話が来たの。


当然ね、無視しようとしたよ?

でもさ、そこに表示された名前を見たらあの鬼ハゲ……

いや、”ドワイド・D・アレク陸軍大尉”って名前出てるんよ。


こんな名前登録した覚えがない。というか知らなかった。

この表記はアイが勝手に登録したやつだと確信し、電話に出る……以外の選択肢が無かった。



「いや、相談があってな」

「なんです?本当に珍しい」



無理なんで、はやく電話切ってくれません?

その言葉を必死に飲み込み答える。



「娘……がな、君に護身術を教えて欲しいと言ってきた」

「へ?僕ですか?」



なんで?

護身術ならどう考えたって僕よりアンタの方が上でしょ



「実は昔から娘の事を案じてきた。その度に護身を教えようとしたのだが、上手くいかなかったのだよ。それが今回娘の方から学びたいと言ってきたんだ」

「へぇ~」



うーん、どうでもいいな。



「だからこそ、今回は本当にうれしく思うし、成功させたい。だから君に先生をお願いできないか?」

「いえ、でしたら、絶対に私より、父親である貴方が教えるべきです」

「しかし……」



だって面倒だもん。とは口が裂けても言えない。

ここは、それっぽい事言って回避するに限る。


「きっと、こないだの事件でミキちゃんも考え方が変わったんだと思います。今後の為にもこういう経験をしておきたい。みたいな事言ってましたから!」

「……ミキちゃん?」

「すいません。間違えました。あ、でも、参考になるかわかりませんけど、僕もまさかCQCを学ぶなんて思ってませんでしたが、アイに自分の好きなキャラクターを模倣して教えて貰ったら、すんなり楽しく学習出来ましたよ?」

「好きなキャラクターか……」

「ええ、これはあくまで僕の経験ですがね!」



慌てて話題を変えて地雷を回避する。

いや、ほんとどこに地雷あるか分からないから怖い。



「ふむ、分かった。確か娘は魔法少女みたいなキャラクターが好きだった。うん。やってみよう。君も参加してくれるな。ミキちゃんについて詳しく聞きたい」

「……ええ、勿論です」


魔法少女。という言葉が気になるけど

それ以上に地雷が回避出来ていない事の方が大きかった。

下手な事を言って被害が広まる前に、参加しておこうとそっと心に決める。





「よお!待ってたぞ!」

「こんにちわ」



アレク大尉の家。

その前で呼び鈴を鳴らすと、スポーツウェアに着替えたミキちゃん……いや、ミキさんが出てきた。


日ごろからさんづけで呼ぶ訓練をしておかないと、また地雷を踏みかねない。

だから、気が付いた時に少しずつ直していこうと思う。

あのハゲも含めて。



「悪いな来てもらって、もうトレーニング終わったのか?」

「ええ、もう全て済ませてきました」



広い庭に案内され、着替えの入ったバッグを芝の上に置く。



「そうか。じゃあ、悪いけど色々と教えてくれよな。先生」

「ん?先生?」


何を言ってんだ?

今日教えるのは僕じゃない。


僕はただ、一緒に参加するだけのはず



「いや、教えるのはお父さんでしょ」

「冗談だろ?あんなのに教わったら……」



ミキさんの顔色一気に青ざめる。

え?なんでそんな顔すんのよ。



「ダラダラ喋るな!ウジ虫共が!」

「え?!」



その大声と同時にバンと扉が開かれ、あのハ……

いや、アレク大尉が鬼の形相を浮かべながら迫ってくる。



「どういう事?え?え?」



信じられないのがその恰好。

フリフリのスカートにレースのついた服。

真っ赤のリボンをハゲた頭に巻いている。


魔法少女?だと思うけど……

お前がコスプレするんかい!


それに頭に着けた真っ赤なリボンは応急処置した包帯が血に染まっているようにしか見えない。


魔法少女の戦場リアルすぎるでしょ



「誰が発言を許可した!!!」

「えっ、えっ?!」



始めてだった。

脳の整理が追い付かないという現象が起きたのは。


笑うとか、驚くとかじゃなくて、本当に追いつかない。



「今後お前らに許された答えはYESのみだ!!」

「ちょ」



なんで魔法少女みたいな恰好してるの?

いや、もう魔法少女じゃねぇよ。


戦争好きの変態だよ。それ。



「返事はどうしたっ!!」



僕の顔の数センチ先に迫るアレク大尉の形相。

臭い唾は顔にかかり、吐く息は容赦なく僕の顔を包んでいく。



「YES Sir!だ!ゴミムシが!!」



もうどうしていいかわからず固まる僕の数センチ先で変態が叫んでいた。



「YES Sir!!!」



僕の横から覚悟を決めた様な声が上がった。

視線を移せば、死んだ目をしたミキさんが直立していた。



「どうした?お前には口がついていないのか!!」

「…YES Sir」

「聞こえない!」

「YES Sir!」

「大声で言え!俺には聞こえん!」

「YES! Sir!!」

「もう一度!」

「YES!!Sir!!!」



近所の方が何事かと、こちらに視線を移しては目を逸らす。

近くの家の窓はこぞってカーテンが閉められていく。



「いいか!お前らは最強の魔法少女になる一歩を踏み出した!」



相変わらず僕の顔の数センチ先で怒鳴り続ける変態。

助けを求めるようにミキさんに視線を移すが、ミキさんはただ小さく首を横に振るだけだった。



「お前らはここで訓練し、寝食を忘れ訓練し、そして訓練する。一切の妥協は無い!!!」



……もうやだ。

帰りたい。


来るんじゃなかった……という、関わったら負けだよ。こいつと。

なんでこんな格好してるんだよ。

馬鹿じゃないの?

誰がこんな入れ知恵したんだよ。

ほんと馬鹿じゃ……あっ。



(自分の好きなキャラクターを模倣して教えて貰ったら、すんなり楽しく学習出来ましたよ)



……心当たりあったーー!

僕か!僕が悪いんか!!



「まずは腕立てだ!すぐに準備しろ!!」



そっと横を見る。

ああ、虚ろな目で全てを諦めたような表情を浮かべるミキさん……


うん、これは心の中にそっと閉まっておこう。

とりあえず、一秒でも早くこの地獄を終え、この出来事を隠蔽する事が大事だ。


だから、僕は心を殺し指示に従う。

もう、それしか出来る事が無かった……。


…………

……



「もう終わりか?!勝手に限界を決めるな!!限界は倒れた時だ!!!」



腕立て、重りを持ってのジャンプ屈伸。

地獄の様な筋トレをどれくらいやっただろうか……

200回を過ぎた時点で数えるのを辞めた。


いつの間にか腕は震え、立つことさえできなくなっていた。

ミキさんは地面に倒れ、とっくの昔に意識を手放していた。



「イ、イエッサー!」



それでも、必死に体を動かす。

気を抜けば力が漏れ、体が崩れてしまいそうになるのを必死でこらえる。



「ウジ虫らしく、全てを吐き出し、意地を見せてみろ!!」



その言葉を最後に、体はスイッチ切る様にガクンと力を失い、目の前が真っ暗になった。

僕が覚えてるのはそこまで……だった。





「……おい、大丈夫か?」



頬をグイグイと押される感覚で目が覚める。

久々に両親と楽しい会話をしていた……気がする。



「ほら、飲んで」



少し汗をかいたスポーツドリンクが目の前に差し出されていた。


ああ、そうか

僕は訓練して気絶したんだ。


霧のかかった頭を軽く振り、痛む腕を何とか動かして差し出されたペットボトルを受け取る。


500グラム程度のペットボトルを持っただけで、ありえない位手が震えまともに飲む事すら出来ない有様だった。


馬鹿みたいな訓練だった。

苦しくて、非効率で、体に痛みしか残らないようなバカげた訓練。



(こんなの2度とごめんだ)



魔法少女の恰好をした変態に全てを任せたのがそもそもの間違いだ。

本当に余計なアドバイスをしたと心から後悔する。



「ミキさん」

「ミキ……でいい。ミキと呼んでくれ」



は?出来る訳ないだろ。

そんな名前で呼んでみろ。

今日みたいな訓練を死ぬまで続ける羽目になるわ。



「いや、ごめんなさい。ミキさんと呼ばせてください」



ミキさんはちょっとムッとした表情を浮かべているが、そんなの知った事じゃない。

そっちの機嫌より自分の命の方が重要だもの。



「これから……訓練があれば僕が教えます」  

「本当か?!」

「ええ、その方が絶対に良い」



僕にとっても……ね。

今回みたいに参加させられるなら、絶対に自分で手綱を取った方が良い。


こんなのゆっくりとした自殺でしかない。



「あと」

「あと?」



一つだけ伝えたいことがある。



「今まで辛かったね」

「……ああ、分かってくれて嬉しいよ」



色んな意味でね。

ただ、その辛さはきっとこれからも続いていくのだろうという事。


あのハゲ……いや、お父さんであるアレク大尉が生きている限りは。

呪いの様に。ずっと。


僕は目の前の女性。

ミキさんに心の底から同情する。


そして、あまり関わらないでくれと、そっと心の中で呟いていた。




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