第14話


これはゲーム。

体は疲れないはずなのに……

なんか、すげぇ疲れた。


目の前に転がる3体のキノコの化け物。


切り抜けた……

あのハゲとの特訓という地獄を何とか回避出来た。


なんだろう、不思議と達成感で胸が一杯だ。


やれば出来る。

どんな理不尽も頑張れば回避できると僕は今日学んだ。



(お疲れ様です。無事レベルも上がった様ですね)

「ん?アイか」



そういえばレベル上げが目的だったね。

あのハゲの拷問を回避する事だけで頭が一杯だったわ。



「んんっ、show パラメータ」



少し咳ばらいをして、期待を込めてステータスを呼び出す。


******************************************************************


 ■個体名:リリィ 

 

  Lv6

  HP:150

MP:220


アーツ

  ピュリフィケーション(奇跡)

  執念(P) 


 称号

  ビギナー 

  邪教の幹部


**********************************************************************



お?

レベルが6に上がっている。


ただ、MPの伸びが凄くね?

HPは50しか上がってないけど、MPは200上がってる。


んん?なんかバランス悪くね?



「MPの増え方が大きいけどなんで?」

(レベルの上昇によるステータス成長率は今までの行動に起因します。奇跡や魔法を多用すればMPが、逆に直接戦闘が多ければHPが伸びます。リリィは今まで奇跡を多用してましたので、HPよりもMPの伸びが激しいのかと)



はぇ~。そうなんだにぇ~。

確かに、回復薬を売る為にめちゃめちゃ魔法使ってたからなぁ。


邪教入信という詐欺にあい、悪魔と戦い、結果めっちゃ殺されたけど、それよりも遥かに魔法使った回数が多かったわ。


でも、バランス悪い。

僕は装備も近接戦闘向きだし、訓練もそれしかしてない。

それなのに、MP伸びてもねぇ……



「これってHPだけを伸ばすとか出来ない?」

(出来ないでしょうね。今まで使用した奇跡の数が多すぎます。その割に戦闘も少ないので、諦めるしかないでしょう。精々バランスよく伸ばす事を目指すくらいですね)



嘘だろ?

え?……待てよ。

じゃあ、いきなりレベル上げまくったあの親子は……



「なぁ、アイ。アレク大尉とミキちゃんってHPだけが伸びて成長してたりする?」

(まちがいないでしょうね。魔法も奇跡は勿論、アーツも覚えていません。HP以外伸びる事はありません)



これレベルだけじゃなくて、成長率でも差がついたな。

でも、考えようによっては”足引っ張るからパーティ組めないです”とか言える訳か。


うん、MP上がって正解だな。



(それはそうと、このあたりにセプト教の移動ポータルがありますよ?)

「え?ポータル?」

(……相変わらずのおバカさんですね。ミラ司祭からクエストを受注しているはずですよ?移動用のポータルに精霊石を設置すると)

「ああ!」



思い出した。

確かに依頼を受けた。


悪魔からの依頼だから、記憶から消してたわ。



「アイ、あの二人にちょっと行ってくると伝えてくれる?」

(しばし、お待ちを……お二人も一緒に行かれるようです。キノコはもういらないと)

「ああ、解体する気だったのか。荷物もあるし、ポータルに精霊石を設置して帰ろうか」

(それが良いと思いますよ)



アイが僕の意見に同意する。

何か最近アイとの距離感が良い感じになってきたと思う。


気のせいかもしれないけど。





「違う違う!草はなるべく潰して歩くんだ。後ろが通りやすいように!」

「はい……はい……」



うるせぇ……。

きっかけは、ハゲの一言だった。


ポータルに向かう為に、藪に入った瞬間 ”草の踏み方なってない!それでは、道が作れない!”とか言い出してね。


どうでもいいから生返事していたらさ、いきなり講習が始まった訳よ。


そりゃあね、軍隊ならね。

藪の歩き方とか、勉強して伝える必要あるよ?


でもね。

これゲーム。

ゲームなの。


そんな事言われたらテンション下がるの。

帰りたくなるの。


もう目的地には着いたんだよ?

目の前に古い石碑があるでしょ?あれがポータル。

そこに精霊石はめるだけなの。


それが終わったら、すぐに帰りたいの。

わかる?



「いいか、見ておけ?こうだ!こう!」



ハゲがなんか必死に草を踏みつける。

そのたびに、ハゲの腰と尻がフリフリと揺れる。


ねぇ……なにコレ?

僕は何を見せられてるの?


助けてミキちゃん。

二度とお嬢って言わないから。


そんな期待を込めた視線を送るが、ミキちゃんは小さく首を振るだけだった。



「ほら、ちゃんと見る!」



ハゲが足と尻を振りながら懇切丁寧に説明してくれる……。

草を踏み、器用に人が通れる道を作っていくハゲ。


……苦痛だ。

このゲームに銃が無い理由が分かった。


もしあったら、絶対打ってるわ。

間違いないわ。


もう、いっそこのハゲ、草むらから湧き出たモンスターに襲われないかな。


そんな僕の切なる思いが届いたのか……


ダンッ!


クリティカルを告げる小さな破裂音が響き、ハゲが藪の中に倒れこんだ!



「いよっしッッ!!」



思わずガッツポーズしてしまったけど、それどころじゃない。


たぶん敵襲だ。

状況を確認する為に、慌てて僕も藪に隠れる。



「すまん、膝に矢を受けた。右脚破損状態みたいだな。まともに歩けない」



藪の中からハゲの声が聞こえてくる。



「わかりました」



僕はそう答え辺りを確認する。

まず、敵は誰なのか。

何人いるのか。


そんな情報を得る為に。



「は~い!今回は、呑気にこんなところまで来ている初心者を狩りたいと思います~!」



そんな僕の心配をあざ笑うかのように、敵は向こうからやってきた。

空に向かって意気揚々としゃべりながら。


なんだあれ?



「突然の生放送ですが、ちょうどいい鴨がいたので急遽配信します~!」



うん?

あれontubeの配信者か?




「え~、今回は初心者が二度とこんな無防備な初心者装備でこんなところまで、ウロウロと出歩かないように教育したいと思います。いぇ~い!」



手を叩き、大げさ身振り手振りでテンションを上げていく。

多分……配信者のPK《プレイヤーキラー》なのか……な?


その男は叫びながら取り残されたミキちゃんにゆっくりと詰め寄り、肩にポンと手をのせた。



「今日のターゲットは当たりです!滅茶苦茶可愛いですね~、さて、この可愛い子がどんな風に命乞いしてもらえるのか、楽しみです!」

「近寄んな。馬鹿の匂いがうつるだろ。気持ち悪い」



え?怖っ。

見下すような目つき。

肩に触れられた手をミキちゃんはパンと弾き、心底嫌そうな顔をする。


ミキちゃん、怖がるどころか威圧するような雰囲気すら出てるわ。



「はい、教育~」



突然、男はミキちゃんを殴った。

その勢いは想像以上で、ミキちゃんは地面に叩きつけられていた。


あまりにも突飛な行為。

その状況を理解するのに頭がついてこなかった。



(いいのですか?放っておいて)

「うぉ!」



アイの言葉で現実に戻される。


あれ?え?今戦闘中……だよね?

なんでアイが喋りかけてくるの?



(PKとの戦闘は制約外です。初めてですね。戦闘中にこうしてお話するのは。しかし、いいのですか?ミキさんをあのまま放っておいて)



こいつ、回答を先回りしやがったな。

段々AI離れしてきてないか?



「うーん、今からじゃ助けられないでしょ。それにポータルに精霊石埋めてないし」



小声でアイに話す。


今から助けに行っても多分間に合わない。

剣を抜かれて、一撃を食らえば多分アイちゃんは死ぬ。


だって、今日始めたばかりの初心者だもの。


それにこれは所詮ゲーム。

ここで死んでも町復活する。


PKされるとアイテムロストする可能性もあるけど、どうせ大した物持ってない。


だとしたら、助ける意味ないじゃん?

リスクしかないじゃん?


面倒じゃん?


だから、今は藪の中で大人しくしてるのが一番じゃん?



「ゲームで脅すとか情けなくて涙が出ないのか?お前の醜い顔を含めて私なら死んでるレベルで恥ずかしい」



そんな中、上体をむくりと起こしミキちゃんはPKを睨みつけていた。



「はい、再教育~!!」



今度はPKがミキちゃんの顔を足裏で蹴りぬいた。

その勢いは想像以上で、ミキちゃんは地面に頭を強かに打ち付けていた。


ミキちゃんもかなり煽ったけど……。


あんな躊躇なく足を振りぬけるか?

剣で殺した方がよっぽど理性的だぞ?


なんかあのPK、有望なDV男になる気がする。



「ほんと気持ち悪い」



ミキちゃんが地面に寝たまま吐き捨てる。

軽蔑した視線を男に向けたまま。



「口が悪いですね~、これは重症です。うーん、今日は趣旨を変えて、この初心者を2度とこんな事をしないように、ずっと嬲ろうかと思います!」



男はまた空に宣言するように言い放つと、地面に横たわるミキちゃんの顔をサッカーボールの様に蹴り上げた。



「暴言吐いてすいません!って言え!コラ!!」



男は豹変した。

暴言と暴力を繰り返すクソ野郎に。



(本当にいいのですか?)

「……ダメだな」



いやさ、殺されるんなら放っておこうと思ったよ?

でもさ、アレ。


あれは無理だよ。

無抵抗の人間にああまで躊躇なく暴力振るうのを見るのはさ。


なんていうかさ、ゲームという以前に人として終わってる。



「……行くぞアイ」

「どこに行く気だ?」

「ヒッ!」



突然、足がとてつもない力で引っ張られた。

慌てて引っ張られた方向を見つめれば……鬼が……いた。


目が血走り、血管が浮き出て、男に殺意の眼差しを向ける鬼が。



「あいつミキになにしてんだ?なぁ……なぁ……?」



ギリギリと歯を食いしばりながらハゲは言う。

足に矢が刺さって動かない状態だからか、匍匐で僕の元へやってきて僕の足を掴んでいた。


恐らく足が無事なら、一番に飛び出し男を殺しているだろう。


……過保護すぎる

訳でもないか。


身内にあんなんやられたら、キレるわ。

しかも、あれ配信されてるんだろ?


これはゲームだけど……もう、分かんねぇな。



「許せないよな。万死に値するよなぁ?なぁ?」

「ええ、任せてください。ちょっと殺してきます」

「あ?」



服がもう一度強く引っ張られ、ハゲの顔の横まで引きずり倒される。


え?なんで?

何か悪い事言った?



「簡単に殺すな、徹底的に……生まれてきた事を後悔させながら殺してこい」

「え?あっ、はい!すいません!」



こわっ!

目が血走って人がしちゃいけない目をしてる。


これゲームだよね?

そんなとこまで再現する?


アレ、完全に人〇しの目だよ。


僕は慌てて立ち上がり、ガザガザと音を立てて1秒でも早く男の方へ駆けていく。


ここにいたら危険だと本能が叫ぶから……。

どんな場所よりあの藪の中が怖い。


これでしくじったら……

考えるまでもない、矛先は恐らくこちらに来る……



「あれ?この娘の仲間ですか~?」

「テメェいい加減にしろよ!!龍の尾を踏みやがって!!今すぐミキから離れろっ!!」



そうだ。

元はと言えばこいつだ!


この目の前のクズが悪いんだ!!


PKしようが、その様子を配信しようが好きにすればいい。

ただ、相手を間違えんな!!


お前はマ〇ィアの娘に同じことが出来るのか?

出来ないだろ!?


馬鹿なのか?お前は!!



「エンチャット 炎!!」



男は剣を抜き叫ぶ。

その瞬間、剣から炎が湧き上がった。




「アーツか?」

(その通りです、言葉に出す事で使用できる特殊なです。どんな素人でもその技に応じた最適な動きが出来ます)



思わず声に出してしまったが、アイがその疑問を解消してくれる。

幸いまだ戦闘前の判定だったらしい。



「アーツも知らない雑魚が気やすく話しかけないでください~」

「ふざけんな!!お前の頭ん中カブトムシでも詰まってんのか?!」



煽んな!!!

馬鹿なのか?!

これ以上煽ったら、後ろの龍が本気になるぞ!?


お前死ぬぞ。

比喩じゃなく、死ぬぞ!!


お前の為に言ってんだぞ!分かってんのか?!!!



「はぁ?お前、配信に邪魔だし先に殺してやるよ!」

「この!馬鹿野郎!!!」



僕は力強く一歩踏み出し一気に男との間合いを詰める。

それに驚いたのか、男は炎を纏った剣を慌てて縦に振るう。


遅い剣筋。


悪魔。

蒼い髪した邪教の悪魔の拳の方が何倍も速かった。


その遅い剣を体を横に回転し躱す。



「はぁ?!」



間の抜けた声を放つ男。

その顔にスピードと遠心力を乗せた肘を叩きこむ。



「ぶべぇ」



男は剣を手放し、地面を転がる。


何その声。

多少痛みは感じるけど、そんな痛くないはずでしょ?


それに、今までの事を考えればこんなもんじゃ済まされない。

龍……いや、鬼が見ているのだから。


僕はジャンプし、男の顔に両膝で着地する。



「おぐっ」



これでもあまりダメージにならないと思う。

ナイフで刺した方が圧倒的なダメージが出る。


でも、そんな事はどうでもいい。

今は、鬼の怒りを鎮める事が最優先だ。


地面に倒れた男に馬乗りになり、予備のナイフを呼び出す。

そのナイフで間髪入れず男の両目を突き刺した。


これで視界が奪えるはずだ。

このゲームは無駄にリアルだからな。



「ぎゃあぁあああ!!!」

「うるせえ!!」



ゲームなんだから目を貫かれたくらいじゃ死なないだろう!

こっちは本当に死ぬかもしれないだぞ?!


お前の糞みたいな所業のせいで!!


さて、どうするか


……鬼にこいつの所業は任せた方が良いな。


とりあえず、手を地面へ縫い付けて動けないようにしとくか。

近くに剣も落ちてるし。



「これで動けないだろ」



両方の手を無理やり合わせ、その手を剣で突き刺し地面へと縫い付ける。

ビクビクと体が動いたが、見えないせいか今度は叫ばなかった。


てか、本来そんな痛くないんだよ。

チクッと感じる位の幻痛よ、幻痛。



「……ひっ……ぐっ……なに、したんだよ。動け……ない」



……え?

泣いてる?


慌てて男を見れば、子供の様に肩を揺らていた。


人にあんなことしておいて、同じような事を自分がされたら泣くの?

うわぁ~、引くわ。


子供じゃんか……。

なんか馬鹿らしくなるな。


もういいわ。

後は鬼に任せよう。


それならの僕が殺される事はないはず。

僕はそう判断し、ゆっくりとその場を離れる。



「ごめん、待たせたね」



男を放置し、何度も同じ事を願いながら。

ミキちゃんに近づいていく。


頼むから父親に”僕はよくやった”といってくれ。

絶対にあの怒りがこっちに来ないようにしてくれ。


そんな下心を隠す様に、出来るだけ丁寧に優しくミキちゃんへと手を差し出した。



「ううん。大丈夫」



ミキちゃんは、小さく答え。

僕の手を取り……立ち上がる。


そして、ポスッと僕の胸へと飛び込んだ。



「は?」



思わず……声が出てしまった。



「ミキちゃん、離れよ?ねっ!」



マジで何してんの?

ねぇ、何してくれてんの?!こいつ!?


そんな焦りを必死で隠し、優しくミキちゃんを諭す。



「……やだ」



やだじゃねぇよ!!!


やめろっ!!

こんな事したら、黙ってないだろうが!


あの鬼がっ!!!




「まだ一匹残ってんでしょうがぁぁぁぁ!!!!!」



その声と同時に斧が僕の足元に突き刺さった。



「ヒィ!」



ズシンと鳴る低い轟音。

それに驚き、ついミキちゃんを抱え藪の中に逃げ込んでしまった。

でも、それが……本当にいけなかった……。



「オ”イ!!若い娘を藪に連れ込んで何する気だゴラァ!!出て来いよオイッ!!

!!いるんだろ!分かってんだぞ!!」



借金取り立てのヤ〇ザみたいな怒号が飛んでくる。


もういやだ。

誰が敵かも分からない。


なんでこんな目に合わなきゃいけないの?

ほんと泣きそうになる。



「ごめんな……」



ミキちゃんが僕の胸からそっと離れ、申し訳ない表情で謝る。



「いや、みんなが悪かったんだ。みんながね」



そう……。

これはみんなが悪かったんだ。

みんなが、みんな少しづつ悪かった。



僕 以 外 の 皆 が な!!



人なんてそんなもんだ。

少しでも信じたら裏切られる!


この繰り返しよ!!



「弓を持った敵がまだいんだろうがぁあ!!さっさと倒してこいよ!わかってんのか?ゴラァ?!!!」



鬼ヤクザの声が聞こえる

そうだ。


さっきの男は弓を持ってなかった。

だとすればもう一人、あの男の仲間がいるはずだ。



「……行ってくるよ。行かないときっと後悔するから」



僕はもう鬼に自宅まで知られている。

ここで逃げれば、自宅にあの鬼がやってくる。


いく当てのない怒りをぶつける為に。


それだけは、それだけはなんとしても阻止しなければいけない。

例えここで死ぬことになっても。



「よし!」



覚悟を決め僕は藪から出る。



「いるんだろ!出て来いよ!」



何処に隠れているかも分からない相手にただ叫ぶ。

致命の短剣を逆手に構え、どこから飛んでくるか分からない攻撃に備えて。



「集中、集中、集中……」



無意識に言葉を紡いでいた。


ここで相手を倒せなければ、僕が死ぬ。

その事実が僕を極限まで追い詰めていた。


次の瞬間、どこからか風切り音がした。

その方向に首を動かした途端、頭に衝撃が走り体が勝手に後ろに2歩、3歩下がる。


藪から放たれた矢。

それが僕の頭を的確にとらえていた。



「アーツが無きゃ死んでた……」



頭に刺さった矢は徐々に薄くなり消えていく。

でも、そんな事はどうでもいい。


恐らく今の一撃で僕は死んでいたはず。

という事は、僕の残りHPは1。


どんな攻撃でも一撃貰えば終わりだ。



「でも場所は分かった!!」



僕は叫び走り出す。

矢が飛んできた方向へと。


本来なら一撃で倒されていたはずの攻撃。

それをアーツで無理やり耐えた。


そのおかげで何処に敵がいるか分かった。


だから僕は走る。

矢が飛んできた方向に真っすぐに。


すると、ガサリと音を立てて藪の中から一人姿を現した。



「女性?」



藪から立ち上がったのは、ピッチリとした体のラインが浮き出る服を纏った女性だった



「不味い……」



その女性は新しい矢を番え、僕に弓を向ける。

次の矢が放たれる時間は数秒。


とてもじゃないが間に合わない。

となれば、次に放たれる矢を躱すしかない。



(出来るか?)



心の中でそんな疑問が浮かぶ。

いや、出来るか出来ないかじゃない。


やるしかない。

さもなければ、あの鬼に現実で殺されるのだから。


冷静に考えるとムカついてくるな。

なんでこんな目に合わなきゃいけない?


僕はただレベル上げをしていただけなのに!

ちゃんと健全に遊んでいただけなのに。


そうだ、その原因はこいつらだ。

こいつらがあんな糞みたいな真似をするからだ!!



「ぶっ〇す!!」



心からの叫びを唱え。

僕は全速力で駆けた。


女性は、番えた矢を指で挟み、弦を引く。

その動作一つ、一つを見る度に体が硬くなり、力が籠る。



(そうじゃないだろ?)



どこからかボスの声が聞こえた……気がした。


そうだ……気負うな!

どんな力であれ力み過ぎは、いい結果を生まない。


基本は脱力だ。そう学んだじゃないか!!

僕は息を吐き、走りながらも上半身の力を出来る限り抜いていく。



「サイドショット!」



女性の言葉と同時に矢が的外れな方向に飛んでいった。

だけど、僕は視線を外さない。


あればアーツによって放たれた攻撃だ。

じゃなきゃ、わざわざ言葉を発して射撃を打つ必要はない。


すると、矢は現実ではあり得ない位に湾曲し、僕へと向かってきた。


よく見ろ。

短剣で矢を叩き落とすんだ。

ここで当てられなきゃ、僕が死ぬ。


現実で鬼に徹底的に嬲り殺される。



(見るだけで良い。他は考えるな)



そんな声が聞こえた……と思う。


矢はその間にもグイグイと曲がり僕に迫ってくる。

僕は言葉に導かれるように、ただその軌跡を見続ける。


現実では起こりえないような角度で曲がってくる矢。

だけど、それがとてもゆっくりに見えた。


迫ってくる矢。

その軌道の先に僕は短剣を置いた。


振りかざすわけでもなく、叩き落とす訳でもない。

ただ、短剣を置いた。

それだけだった。


キンッ!

甲高い音を立てて、矢は地面へと落ちていった。


(いけ!!)

「はい!」



僕は反射的に答え、そのまま走り抜ける。

藪に分け入り、女性目掛け真っすぐに!



「ちょ!降参よ!降参!!」



僕が近づくなり、女性は、弓を捨て、手を上にあげた。



「うるせぇ!!」



なにが降参だ!

ここまでやられたら腹の虫がおさまんないでしょうがぁぁ!!



「男女平等!!」



僕はありったけの力を込め、女性の喉へ短剣を伸ばす。

女性は恐怖の表情を浮かべるが、そんなの関係ねぇ!


ダンッ!


クリティカルを告げる音が響き、その女性は地面へと崩れ落ちた。


致命の短剣。

僕が持つのは、そんな名がついた神器。


相手がどんな敵だろうがクリティカルを出せば一撃で仕留められる。

例え、どれだけれレベルが離れてようが、関係なく。



「は、は、あふぅぅぅ~~……」



全身から力が抜けていく。


……助かった。

これで鬼に殺される事は無い。


恐らく鬼はあの地面に縫い付けたPKを鬼が拷問するだろう。

溜飲が収まるまで……永遠に。


安堵していると、足元に残された女性の遺体が消えていった。

恐らくリスポーンを選択したんだろう。


遺体のあった場所にはキラキラと輝く指輪が残され、僕はそれを拾い上げる。



(おめでとうございます。ついにゾーンに入りましたね)

「ん?アイ?」

(脳波の形状がβ型の理想形に活動していました。脳波の形状記録は済んでおります。訓練次第ではもっと効率よくゾーンに入れますよ)

「何言ってんだ?」



何壊れたの?

脳波の形状とか聞いてないんですけど?


ああ、なるほど。

故障か。

最新の機器は壊れやすくてダメだね。



「いいか、アイ。今はそんな事より指輪の鑑て……ゴフッ」



中身が飛び出そうなタックル。

それが突然横から降ってきて、僕の体を地面に叩きつける。



「……凄かったぞ!!」

「え?」

「矢を弾くなんて初めて見た!」



僕に馬乗りになり、興奮しながらミキちゃんが言う。


そうか。

僕は矢を弾いたんだ。


集中してて分からなかったけど、考えれば凄い事したな。



「確かに……信じらんないね」

「だろっ!!すげぇぞ!!すげぇ!」

「一流のアスリートの間ではありふれた話です。野球の球が止まって見えた。相手の次の動きが読めた、など常識を超えた話はいくらでも転がっています。ただ、そういった人達はゾーンに入った時にこういった症状が見られるそうです」



アイが誇らしげに話す。

てか何の話をしてんだ、さっきから。



「「ゾーン?」」



僕とミキちゃんが、声を揃えた瞬間だった。


ベチャ。

何かが落ちる音がした。


音の方へ視線を移せば血の滴る肉の塊が地面におちていた。



「これ……」

「ああ、親父だ。間違いない」



ミキちゃんは僕から離れ、僕はその肉を拾い上げる。


”娘に触るな。殺すぞ”


肉にはそんな言葉が彫られていた。



「ミキちゃん……失礼なこと聞いていい?」

「なんだ?」



僕には確信があった。

この失礼な質問が正解だという確信が。



「今まで彼氏いた事ないでしょ」

「出来ると思うか?」

「ううん、出来ないと思う」



出来る訳が無い。

娘さんにゲーム上で触っただけでこれだよ?


現実世界で触ったら、その手が消し飛びそうだよ。



「いいところまで行くとな、親父が出てくんだ。俺に勝ったら付き合っていいってな」

「……地獄だね」

「ああ、分かってくれて嬉しいよ……ほんと」



さっきまでの浮かれた気分は立ち消え。

僕らは重い足取りで鬼の元へ向かった。


鬼と合流した後、鬼は足を直し少し用事があると言い……地面に縫い付けた男を担いでどこかに消えた。


僕らは、その姿を……。

いや、ここで起きた事は何も見なかった事にして、すっかり忘れていたクエストをこなし、二人町へと戻る事にした。


クエストをこなしている間、何処からともなく聞こえる悲鳴が、ただただ怖かった。

それだけだった。

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