第13話 

森を抜けた先。

そこは自然の天国だった。



「オ”ルァ!!!くたばれ!!キノコ野郎!!」



草がそよそよと歌い、木の葉が合いの手を入れる。

僕は見渡す限り何処までも広がる緑の絨毯の上に寝転がり。

優しい太陽の毛布を被る。


ふわふわな感触が背中を包み、ふと目を横にやれば遠くでは小さい動物達が我先にと逃げていく。



「親父!笠の部分は潰すな!食えるかもしれねぇ!!」



素晴らしい光景。

心も体もリラックスできる……はずだった。


近くにいる二人さえ除けば。な



「承知!!」



ドム!ドム!っと鈍い音が聞こえてくる。

見たくないけど、そっと視線を移せば2メータ以上あるキノコの巨人を馬乗りになって殴るハゲの姿があった。


キノコは灰色の汁を吐き出しながら、動かくなっていく。

ハゲはその汁を気にすることなく全身に浴び、何度も拳をキノコにブチ当てる。


……地獄絵図だった。



「いやー、このキノコの化け物は、力ヤバかったな。普通に押し負けたぞ!あと一撃入れられてたら負けてたな!!」

「お!これも食えるぞ!」



ふぅーと満面の笑顔を浮かべるハゲに、動かなくなったキノコの死体を解体するお嬢。


ヤバくね?この親子。

一歩間違えば死ぬと思った敵と戦い、喜んでるんだもの。

これで初陣だからね。

猶更信じられないわ。


ちなみに僕はそんな度胸なかったよ?

初陣は、足が震え、へっぴり腰になり、一撃で無残に殺された。


これが一般人だと思うんだけどなぁ。


たぶんこいつら、無人島いってもやっていけるわ。

というか一人は戦場から余裕で生きて帰ってきてたわ。



「いやー、すまないな。これでレベル8になった。ただ見ているのも退屈だろうに?」

「え?」



何言ってんの?

レベル8?なにそれ?



「私もレベル6になったぜ。貢献度によって経験値ボーナスがある分ちょっと差が出ちまうな」

「は?」



あ、そうか、モンスター狩ったからレベル上がったのね。

なら同じパーティの僕も上がってるよね。


いやー、これは嬉しい誤算ですね。

でも、いくつに上がったんだろ。

巨大猪にキノコの巨人。それになんか色々と倒してたから結構上がってるでしょ。


まぁ、確認すればいいか。



「show パラメータ」



僕は小声でそっと呟き、ウィンドウが前に表示される。


******************************************************************


 ■個体名:リリィ 

 

  Lv1

  HP:100

MP:20


アーツ

  ピュリフィケーション(奇跡)

  執念(P) 


 称号

  ビギナー 

  邪教の幹部



**********************************************************************


は?なんて?

なんでレベル1なの?



「……戦闘に参加しないと、経験値は貰えませんよ。また戦闘における経験値も戦闘での貢献度で変化しますってさっき説明しましたよね?」



アイが僕の心を見透かしたように、呆れ声で言ってくる。

知らねぇよ。聞いてねぇよ。

仕方ないだろ、パーティなんて初めての経験なんだから。



「ところで、リリィ君はレベルいくつなんだ?我々がどれだけレベルを上げれば一緒に戦えるか目標にしたくてな」



……どうしよう。

もう既に足手纏いなんだけど……。



「ああ、私も知りたいな。3か月前からプレイしてたら結構レベルも高いんだろ?」



……すいません。この3か月、戦闘どころか町から出ていません。

むしろ、一時期はゲームにログインすらせずにアイの仮想空間で遊んでました……。



「なぁ、教えろって!」



お嬢が……。

いや、ミキちゃんが、僕の背中をポンと叩く。



「怒らないですか?」

「怒るも何も、我々は初心者だ。どれだけレベルが離れてようと文句をいう筋合いはないさ」



ほんと?

その言葉信じるからね!絶対だからね!



「……1です」

「「は?」」

「すいません。レベル1です」



僕はさっと頭を下げる。


そうだ。

考えてみれば謝る必要なんてない。

こいつらにレベルがいくつかなんて説明する義理は無いし、何しようが勝手だ!


でも怖いから一応頭下げておく!



「顔を上げてくれ」



僕の肩にポンと優しい大きな手が乗る。

よかった。分かってくれたんだ。


流石アレク大尉。

話が早い!



「一つ教えて欲しい。なら、なぜ君は今まで戦闘に参加しなかった?」

「いや〜、お二人楽しそうだったから邪魔しない方がいいなって‥‥」

「本音は?」

「二人の相手が‥‥めんどくて」

「そうか、そうか」



あれ?アレク大尉?

何でキョロキョロするの?


大丈夫、僕はここにいるよ!



「あれが見えるか?」



ハゲがある一点を指差す。

そこにはキノコの巨人が、3匹固まって置物の様に座っていた。



「全部狩ってこい。一人で」

「え?」

「全部狩ってきたら多分レベルも揃うんじゃないか?」

「いやいやいや!」



無理無理カタツムリよ。

ここ初心者エリアじゃないのよ?


そして、僕はレベル1。

勝てる訳ないっしょ~



「いいから行け。それとも俺と現実世界でレベル上げするか?」

「行ってきます!!!」



フッ、愚問だな。

現実世界の死と仮想世界での死。


どちらを選択するかなど、考えるまでもない。

ただ、考えず走るだけ。


勝てる訳が無い。

そんな無駄な争いに全力を出すまでもない。


適当に流して倒され先に町へ戻る。

それだけだ。



「倒せなかったら、残した分の日数だけ現実世界で訓練しよう。リリィ君」



おし!ぜってぇ殺すからな!

たかがモンスター!


こちとら神器があるんじゃボケ!!

3匹纏めて殺してやんよ!!!


そう思いながら、僕は走った。

幾度か、あまりの理不尽さに立ちどまりそうになった。


それでも、えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。


「覚えてろよ!あのハゲ!」と、本人に聞かれないようにかすれた声で精一杯に叫びながら。





「親父見てるか?」

「ああ、見ている」



アレクとミキ。

一組の親子が、3体のキノコ巨人と戦う男の姿を眺めている。



「なんだあの動き。あれって現実でも出来るってことだよな」

「そうなるな……」

「あいつバケモンだろ。親父はあの動き出来るか?」

「出来ないな」



アレクは即答する。

このゲームでリリィと名乗る男は、尋常ではない動きをしていた。


キノコ巨人の攻撃を側転や後方宙返りで躱したかと思えば、巨人の体当たりをスライディングして躱す。


アクション映画の主人公の様な動きを見せていた。



「まぁ、流石に相手が悪いか。一撃でも貰ったら終わりだろうからな」



実際、リリィに攻撃する余裕は無かった。

本来レベル1では瞬殺されるはずの敵。


一撃でも食らえば即ゲームオーバ。

そんな中でリリィに出来る事は、すれ違いざまに薄く切りつける。

その程度しか出来なかった。



「そうでしょうか?」

「うん?アイ君か?」



そんな親子の会話に、リリィ専属のAIが割って入る。



「あれ?今は戦闘中だからアイ君は喋れないんじゃないか?」

「お二人はリリィと同じパーティですが、ターゲット外ですからね。リリィが倒されても敵はお二人をターゲットとしないでしょう」

「なるほど、完全に戦闘の外だから会話できると」

「ご理解が早くて助かります」

「で、何を言いに来たんだ?」



アレクは少し驚く。

AI自ら感情を持っているかのように自然に会話に入ってくるなど信じられなかった。


少なくてもアレク専属のAIは聞かれた事にしか答えない上に、その答えも満足いくものではない。


リリィ専属のAIはこういった部分でも他のそれとは大きく異なっていた。



「リリィに伝言をお願いしたいのです。あの化け物の弱点は頭のてっぺん。笠の頂点だと教えて頂けませんか?」

「そんな事で良いのか?」

「はい、そうすればリリィはあのモンスターを瞬殺しますよ」



アイは自身満々に答える。



「……君は随分と彼を信用してるんだな」

「愚問ですね。私はリリィの相棒ですよ?」

「分かった。やってみよう」



アレクは頷き、声を張り上げる。



「リリィ君!そのキノコの弱点は、頭のてっぺん。笠の頂点だそうだ!!」



そんなアレク声に”クソが!”という叫び声が返ってくる。



「……なんだろう。彼、隠してるつもりみたいだけど。口悪いよね」

「うーん、付き合い方が分からないだけだと思いますよ。他人が自分のテリトリーに入ってくるのが苦手なんじゃないですか?本来は臆病だけど優しい人間ですよ」

「あ~、それ、分かる気がする」

「そうか?俺には分からんな」



そんな平和な会話が交わされる一方、リリィの動きは明らかに変わっていた。


攻撃を躱す動きから、キノコ巨人の頭を狙う動きに変化していた。

ただ、キノコ巨人はリリィは勿論、アレクよりも大きい。


そんなキノコ巨人の頭に短剣を突き刺すなど、普通であれば出来る事では無かった。



「やはり無理だろう。ほら、一発くらったぞ?これで終わりだ」



アレクが言った通り、リリィはキノコの化け物の攻撃を受け、体が宙に舞っていた。



「あれ、多分計算済だと思いますよ。彼は強かですから」

「いや、一撃で死ぬだろう。レベル1だぞ?」



アレクの言葉に反し、リリィは空中で器用に体を捻ると、もう一体のキノコの化け物の頭に短剣を突き刺していた。


その一撃で、一体のキノコの化け物は地面に倒れ動かなくなる。



「一撃?!攻撃も耐えたのか?」



アレクは驚く。

ただ、その驚きは更なる驚きですぐにかき消される事になる。


リリィは地面に着地するなり、すぐに動いていた。

まだ2本の足で立つキノコ巨人に全力でタックルしていた。


ボヨン!そんな効果音が聞こえそうなほど、リリィの体は押し返されていた。

ただ、リリィは止まらない。


反動を利用して、もう一体のキノコの方へ駆けていく。

その途中に倒れているキノコの死体を踏みつけ、自分の身長よりも遥か高くまで跳躍しながら。


ダンッ!

近くにいればそんな音が間違いなく聞こえたはずだ。


明らかに特別なエフェクトが発生し、リリィの攻撃がキノコの化け物の頭の頂点を貫く。


2体目のキノコ巨人がふらふらとたたらを踏み、地面に倒れる。

残りは簡単だった。


元々3体を相手にしていたリリィにとって、残りの1体のキノコ巨人を倒す事。

それはそんなに難しい内容ではなかった。


結局、大した時間もかからず、アレクとミキの二人がかりで倒した敵をリリィは一人で簡単に屠っていた。


それも3体同時に。


その事実にアレクとミキは驚き、そして少しだけ羨望の眼差しを向けていた。

ほんの僅かだけだが。



「ふふ、いいですね。今の戦闘は動画で保存できました。編集してネットに流しておきましょう」



そんな中、アイは一人声を上げていた。

誰にも聞かれないような設定で。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る