第12話




ゲームの世界で僕は膝を付いていた。

そう、これからゲームを始める僕のマスターハゲを迎える為に。



「お待ちしておりました、マスター」

「楽にしてくれ、私たちは友達だ。そういう言葉使いも不要だ」



目の前に現れたハゲは現実とまるで変わらない。

このゲームでは対象デフォルメされるものの顔の形。

そして、スキンヘッドの頭に、ゴリゴリの筋肉を纏った体。


その全てが反映されていた。



(これいつかリアルハゲが特定されんじゃね?)



ふと疑惑が浮かぶか、別にこっちに被害出なければいいか。

わざわざ教えてやる必要もないし。



「御意!」

「わざとやってる?」



チィ、適当に煽てておけばいいかと思ったが無理か。

正直あんまり仲良くなりたくないんだよなー。


仕事紹介してもらったら、ポイしたい関係性だし。

そういう意味では粛々と従う方が楽だったのに。



「わかりました。後から戻したければ言ってくださいね」

「それは無いと思うぞ、普通に気持ち悪いからな」



警戒心を抱かれたか。

就職の話もあるし、ここは従うしかないか……。



「よっ!」

「あ、お嬢様。髪色変わかったんですね」

「お前、その呼び方辞めろよ……」



ヤンキー娘は髪色を金ではなく、白髪、赤目に変わっていた。

うーん。なんていうか……うーん。


一言でいうなら吸血姫って感じだ。

間違っても吸血鬼ではない。


もう、ヤンキーって感じでもないな。

かなり進化した雰囲気がある。


これからはお嬢って呼ぶか……。



「うんうん、いつもの姿もいいが、今の姿も凄く魅力的だぞ」



ハゲが何度む頷きながら親馬鹿を発揮している。


これなー。

本人は確かに可愛いかもしれないけど、親がなぁ。


僕なら絶対お嬢とお付き合いしたくないわ。


付き合ったら悪い虫が付いたと、半殺し。

別れたら、もて遊んだのか!と因縁つけられて、半殺し。

もし、結婚とかになったらあのハゲと親子になって、BAD END。


無理だろ。

どんなルートでも拷問だわ。

それに、ハゲと親子になるとか、ジェイソンと親子になるより勇気いるわ。



「なんか失礼な事考えてるだろ?」

「いえいえ、まさか」



あぶねぇな。

ただ、口に出さなければセーフだ。


こういう時の対処は分かっている。


笑顔を浮かべただやり過ごす。

これ人類の知恵。



「まぁいい。いきなりだが、戦闘をしてみたい。この世界の戦闘がどういう物かを経験しておきたい」

「なら、冒険者ギルドで武器を借りましょう、アイ。ギルドまでの誘導宜しく」

(わかりました。ギルドまでの道を表示します。あと、パーティを組むことをお勧めします。私の声もパーティ内に聞こえるようになりますので)

「了解。その前にパーティを組ませてください」



アイの指示に従い、僕はパーティを組む。

そういえば、このゲームは初めて数か月。


一度もパーティを組んだことが無い事に、今更ながら気が付いた。


「パーティが受理されました。これで私の声が聞こえますか?」

「ああ、聞こえるぞ、アイ君」

「私の声は皆さんにしか聞こえませんからね。注意してください」

「なるほど」

「ところで皆さんはどんな名前で呼べばいいのでしょうか?もう名前は決めましたか?」

「いや、まだだぞ」

「うん、サポートAIとやらとも喋ったことが無い」

「分かりました。ではここで決めましょう。呼び名が無いと不便ですからね」

「そうだな、対して珍しい名前でもないし、俺はアレクのままでいい」

「なら、私もミキでいいや。別にこんな名前ゴロゴロいるだろ?」

「すいません。名前が他のユーザと重複しているため、正式名称はアレックとミキミキで良いでしょうか?呼ぶときはそのままで大丈夫ですが、競売所などで表示されるときにこの名前が使用されます。勿論、後から変更も可能です」

「んー、呼ぶときに差し支えなければそれでいいぞ」

「ああ、私も構わない」

「では、私からお二人のサポートAIに伝え、登録しておきます」

「助かる」



……知ってる?

このやりとりの間、僕は一言も喋ってないんだぜ?


完全に蚊帳の外。

なんもすること無いじゃん。


あと、僕だけリリィとか完全なゲーム名で、なんかちょっと恥ずかしい……。



「では、案内をします。冒険者ギルドへ行きましょう!」



アイがそう言った途端、道の上に光の筋が出来る。

僕はただついていくだけ。


でも、それでいい。

僕は空気に徹することが出来るのなら喜んでその任務を遂行する。


ただ、一つ。

一つだけ願いを言わせてもらえれるのなら。


めんどくさいからログアウトさせてくんねぇかな。


それだけだった。





木漏れ日が揺ら揺らと地面を照らす森。

柔らかな地面、鳥の囀り、木の葉がこすれる音。


そんなマイナスイオン溢れる森の中を這いつくばって探索する親子がいる。

何故こんな事になったか。


冒険者ギルドへ寄り、武器を借り、討伐クエストを受注した。

そこまではよかった。


町から出て、森へ着いた途端、この親子はいきなり感嘆の声を上げ地面や森の観察を始めたのだ。

ハゲは斧を背負い、お嬢は弓を携えて。



「お!これ、ヒラタケだな。うわぁ!こんなに細かく再現されているのか、すげぇな!」



白髪のお嬢がサラサラとした髪を靡かせながら、嬉しそうにキノコを掲げる。


え?なんでキノコの種類分かるの?

てか、女子大生がそんなキノコに興味ある?

凄くない?


あと、見た目とのギャップが凄いよ?



「生き物の足跡もあるな。ここまでリアルなのか。罠をかければ引っ掛かるのか?」



ハゲは地面を触り、指を擦り合わせていた。


こっちはもう驚かないよ。

普通に強者だからね

サバイバル訓練とか普通に経験しているだろうからね。


見た目通りだよ。

蛮族と言われても違和感ないわ。



「お、あれがイノシシだな」



おっ!懐かしい。

遠くに草を食べているような仕草を見せる巨大猪がいる。


巨大猪の討伐。

僕が一番初めに受けたクエストの討伐対象であり、一撃で殺されたあの敵。


……フフ。

あれは決してレベル1で倒せる相手じゃない。

ソースは僕。


だが、忠告はしない。

残念だが、皆にも一度同じ目に合ってもらう。


ハゲが無様にやられる所が見れるはずだ。

それで、いくらか今までの溜飲も下がる。


それに、お嬢が怖がってゲーム辞めるなら尚良しだ。

ゲーム内での案内なんてめんどくさい任務が無かったことになる。


ふふ、どんな結果になっても旨味しかない。



「ミキ、打てるか?」

「分かった」



あー、お嬢の名前。

ミキだったね。

正確には、ミキミキだけど、あの見た目はミキミキって感じゃないんだよなぁ。


あれ?ミキちゃん、なんでそんな簡単に弓構えられるの?

これゲーム、武器の使い方とかアーツ使わない限り、リアルと変わらないよ?


凄く、様になってるけど……


ビンッ!

弦の弾ける音が響き、遠くの方でタンと音が鳴った。


……当たってるわ。

仕留められなかったけど、しっかり当たってるわ。


てか、なんであんな離れた距離で当てられるんの?

あんなん出来ないよ?

少なくても僕は無理よ。


そんな事を考えていると、ビンッ!ビンッ!と、弓の弦を弾く音が続いた。



「すげぇ……」



その全てが猪に当たり、猪は怒りながらこちらに駆けてくる。



「ミキよくやった。後は俺に任せる」

「アイ、アイ、サー!」

「ハハッ!ミキ、それは海軍の返事だな」



ハゲとお嬢が笑い合い、ハゲは斧を構える。


え?なにそれ?

今の何処に笑う要素があるのよ。


巨大な猪向かってきてるんだよ?

何知らない軍隊あるあるで笑い合ってんの?



「ブモッ―――!!!」



巨大猪が、ハゲに向かって突進する。


ハゲは動かない。

猪を見つめギリギリまで粘り、ぶつかる!と思ったその瞬間。

一歩横に足を踏み出し、斧を大きく振った。


ツィィーン!


鋼が振動する様な音が響き、大きな影が空に舞う。


その影は少しの間を置いて、ドスッ!と音を立てて地面に落ちる。

地面に落ちた影。


それは巨大猪の首だった。



「さ、解体だ。アイ君。猪にノミやダニなどは存在するのか?」

「ノミなどは存在します。リリィがピュリフィケーションを使えますので、それで不要な物は全て取り払えるかと」

「おお、なら下処理が省けるな。では、リリィ君頼む」

「え?」



一撃?

一撃で撃破なの?


まってまって、理解が追い付かない。

さも当然のように倒しただけでなく、ここで解体すんの?

このバカでかい猪を?


いやいや、僕も魚で経験あるけどさ。

あれほんとグロいよ?普通の人には無理だよ?



「あの!お嬢様にはそういうの……」

「親父、先に吊るそうぜ。血抜きに時間かかりそうだ」



え?出来んのかよ。

しかも、なに?吊るすって。


さも当然みたいに言ってるけど、普通は知らないよ?

小さい時お嬢は、父親に従って人でも解体してたのかな……



「そうだな。鮮度がどれくらい影響するのかも確認しなきゃならん。リリィ君、ピュリフィケーションはどれくらいかかる?」

「えっと準備に数分……」

「なら、先に吊るすから待っててくれ」

「あ、はい」



僕は奇跡を使わされ、その後、二人は簡単に巨大な猪を解体していった。



「おー、綺麗な肉だな」

「水とか魔法で出せるのか?AIに聞いておくか。水が現地で調達できるのは便利すぎるな」



予定ではね。

君ら一撃で倒されるはずだったのよ?


それで、君たちの動きはまだまだだ。とかさ……僕が先輩風を吹かすつもりだったのよ?


なのにさ、初見で僕の経験全て上回るとかずるいよね。

考えたら、僕はあの悪魔倒す作業しかしてないから、もう僕が教えること無いよ?


いや、真面目に僕がいる意味なくない?




「ほら、リリィ君も取っておけ、新鮮な肉だ!」

「あ、はい、ありがとうございます」



僕は肉を受け取り密かに誓う。

こいつらに先輩風吹かすのを辞めようと。


少なくともサバイバルという点では勝つ見込みすらないわ。



「よし、解体も終わったな。現実と比べ骨とか肉は柔らかく、内臓などの臓物もない簡易的な解体練習みたいな感じだな」

「だな。血抜きの必要も無かったし、普通はこんな短時間じゃ終わらない。もしかしたら、ピュリフィケーションの魔法で消えたのかもな」

「お二人ともよくお気づきで。このゲームは現実をもとに作られておりますが、実際に解体と同じ手順を踏めばそれだけで一日が終わってしまいます。その為、ゲームとのバランスを考え5分前後で出来る簡易的な解体システムを採用しています」

「なるほどな。確かに、これだけの巨大猪。普通に解体したら一日が終わってしまうな」

「はい、ですから興味を持って頂けるように、基本的な事以外は削ぎ落し構成されています。もちろん基礎から解体するメニューも存在してますが、専用のギルドで行う必要があります」



知らないよ?

そんな解体常識、普通知らないからね。


アイもそんな事教えてくれた事ないからね。

魚の解体でかなり時間食ったの覚えてる?



「よし!何はともあれ初戦は完勝だ!しかし、もっと強い敵と戦いたいな!アイ君強い敵がいるとこに案内してくれ」

「そうだな、色んな場所に行ってみたいな」

「承知しました。お任せを!」



うん。

もう着いて行こう。


この人たちに着いて行けば間違いないわ。

もう一切会話に加われてないけど、気にしない。


僕はそっと決意し、二人の後ろでただ黙って隠れるように着いて行く。


そういえば、森から先へ進むのは初めての経験だった。




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