第6話 修行するぞ 



「起きてください」



機械的な声が響く。

アイの声だ。


薄目を開けて時計を見る。

……まだ朝6時じゃねぇか。


糞早いだろ。

2度寝安定やな。



「起きて!」



無視だよ。

なんで何も予定ないのに朝早くから起きなきゃいけないの

アイに起こせと指示した記憶も無い。


どんな事言われても絶対起きないからな。



「早く起きろよ。糞ニート」

「やめろや、悪口やろ!それ!」



思わず起きてしまった。

くそっ!なんで朝から悪口言われなきゃいけないんだよ。



「起きましたね。さ、走りにいきますよ」

「やー。寝癖が酷いのー」



僕は布団を被り直す。

外は寒いの、出ちゃだめなの。



「誰も見てないから大丈夫ですよ」

「わからないじゃん?運命的な出会いを寝癖で壊したらどうするの?」

「その時は、私が責任をとりますよ。はい、起きて」

「無理だろうが……」



適当なこと言いやがって。

だんだんアイも性格悪くなってきたな…



「うるさいですね。早く起きないとその姿動画にしてさっきの気持ち悪い言動と一緒にネットに晒しますよ?」

「うぅーん、控えめに言ってクソAIだな」



なんだろうね。

AIってほんと口悪くね?


何度でも言うけど、口悪くね?


もう、なんか寝る気分でも無くなってしまった。

ため息をつきながら、ゆっくり布団から出る。



「では、これからの運動メニューですが、朝食の前に走り込みを行い、筋トレと体幹を鍛えましょう。計2時間のメニューです」

「きっついなぁ……」

「ニートなんだからそれくらいしないとダメですよ?社会復帰出来なくなりますよ?」

「やめてくれる?その口撃凄く効くから」



的確に心えぐるのやめて?

それほんと効くの。



「わかったら、いきますよ」

「はいはい」



結局寝癖も治せないまま、ジャージに着替え僕は外へと連れ出された。


行きたくもない散歩に連れて行かれる犬はこんな気分なんだろうな。と思いながら。





ヒュー……ヒュー…


これ何の音だと思う?

呼吸音だぜ?信じられないだろ



「はぁ……運動不足にも程がありますよねー。今までがぬる過ぎましたね」



うるせぇな、お前一歩も走ってないだろうが!



「息が整ったらストレッチですよー。明日に疲れが残らないようにー」



ムカつく……でも、正論だ。


悔しいけど、従うしかない。

全てはあの悪魔を屠る為に!



「お腹すいた……」

「きっと美味しく食べられますよ」



ストレッチしてる最中もお腹が鳴る。

うし、早く帰ってごはんにしよ!


適当にストレッチしてーさっと家に……



「ストレッチを疎かにしては駄目ですよ?」

「はいはい」



チッ!

こう監視の目が厳しいとサボることもままならないのね。



「それに、ストレッチ後は筋トレですよ」

「は?嘘だろ……先にご飯は?」

「ダメです」

「ご飯……」

「ダメ」



このあと無茶苦茶筋トレした。

おかげてお腹の空き具合とイライラは過去最高レベルにまで達する事になった。





「レモンと塩を混ぜて、少量のオリーブオイルに野菜を混ぜてください」



…うるせえ。

シャワーを浴びて、プルプルと震える手足で作る朝食。



「鶏ムネ肉は、ネギを入れたお湯に浸して、そのまま放置してください。ご飯、パンは不要です」



限界ギリギリで頑張ってる横でごちゃごちゃいわれる。


……とても。

とてもイライラする。


無心になろう。

奇跡を使った時の様にただただ無心に。


腕を動かし、包丁を使い、火にかける。

それをただただ繰り返す。


その結果。



「完成で「いただきます!」」



うらぁ!!

完成?そんなもん知るか。


アイの言葉に被せ、僕は台所で出来立ての食事にかぶりつく。

皿に移す暇すらも勿体ない。


もう、マナーも糞もない。

ただ、ゾンビの様に出来た飯にくいついていた



「うまっ!うまっ!」



舌で踊るレモン酸味と塩気。

それに、歯を楽しませるシャキシャキの野菜。


こんなに旨い物は無い!!



「当たり前です。私が作ったのですから」



あ?おめえ、作ってねえだろ!?

そう思ったけど、無視や!


だって、だって、ご飯が……滅茶苦茶旨い!!



「これから毎日このメニューをこなしていただきますからね。残った物はお昼に利用しましょう」

「ごちそうさまでした」



ふっ、残すわけ無いだろ?

完食だ。



「え?全部食べたのですか?」

「命は残さず頂く主義なので」

「まぁ、問題ない範囲ですね。次回からメニューも調整します」



ふぅ、思考が紳士のそれになった。

人間アレですね。


貧すれば鈍す。というやつですね。

お腹が満たされればアイの言葉も笑顔で聞き流せる。

全てを無かった事にしてあげられる。


ただ、朝の起こし方とか、色々と匙加減について今度みっちり教えてやるけど。



「まぁ、これで今日の筋トレのメニューは終わりだな?」

「ええ、完了です」



これは僕が決めたこと。

厳しいトレーニングも食事制限もそのすべては、ボスとの約束だから



「なら……」



そう。すべてはあの悪魔に復讐するために!!



「「いきますか」」


これから行く所?

そんなの一つしかない。


僕はマッサージチェアに飛び乗り、異世界へダイブした。





ボスとの訓練。

僕はそこで地面に寝そべり何もない白い空間を眺めていた。


一体今までに何回殴られ、宙を舞っただろうか



「いいか。体の中心を意識して立ち回るんだ。慣れないうちは両手で攻撃を受けろ。血管が多い腕の内側を見せてる内は片手で受けようとは思わないことだ」



何回地面に打ち付けられ、悔しい思いをしただろうか



「常に敵の身になって考えウラをかけ。頭の善し悪しではない。常に頭をフル回転させて、考えろ。頭を使って行動するんだ」



なんでこんな思いをしてまでゲームしてるんだ?

そんな思いがフッと湧き上がる。



「どうした?立たないのか?辞めるも続けるもお前次第だ」



……思い出せ。

今まで経験したあの辛い出来事を。


そう、空いた時間でゲームにログインし、回復薬を売りに行った時。



「なぁ、お前だろ?回復薬高く売ってんの。もっと安く寄越せよ」

「無理ですねー。競売から購入くださいー」

「は?言ってる事わかんねぇの?お前さ初心者から、金巻き上げて楽しいのか?」

「うん!!とっても楽しい!!」



そのやり取りをネットに晒され、アイに喜々として嘲笑されたことを。

それだけじゃない。


現実世界での心と体の強化。

その地獄の様なトレーニングに何度心が折れそうになった事か



「毎日同じ食事でヤダ!ハンバーガー食べたい!」

「ダメよ。うちにはそんな余裕ありません。卵の白身でも食べてなさい」

「やだやだー!ハンバーガー!!てか、白身だけって……え?マジでそれだけ?」

「何言ってるの?白身があれば他はいらないでしょ?」

「いや、いるだろ。馬鹿か?」



そんなアイとの茶番劇。

何度辛い思いを凌いだことか。


ここで諦めたら、その全てが。

辛かった全てが無になってしまう!!



「やりますよ。ここで諦めたら何も残らない!!」



気合を込めた僕は立ち上がる。

そうだ。僕には目標がある。


こんな所で立ち止まっている暇はない!



「とりあえず、休憩にしませんか?お腹もすいたので」

「は~い」



そうだ。

やっぱりやめて腹ごしらえをしたら、再開だ!!





シャワーが全てを洗い流していく。

朝の日課のトレーニングでかいた汗。


筋トレでついてしまった汚れ。


その全てを小さな飛沫達が優しくなでてくれる。



「ふぅ……」



蛇口を捻り、キュキュと鳴き声を上げシャワーは止まる。


僕は滴る水を乱暴に拭き、一糸まとわぬ姿のまま鏡を見る。


そこには理想の体があった。



「どうでしょう?結果にコミットしたと思いませんか?」

「ああ……理想とした体だ」



無駄な脂肪は無く、腹筋は6つに割れている。


それだけじゃない。欠かさずに行ったストレッチで両足や腕も地面にペタリと付くほど柔らかくなった。


見た目だけじゃない。

しなやかで柔軟な理想の体。


そう。これが、今まで努力の結果。

ずっと目指してきたゴー……



「ちげぇよ!体鍛える事が目的じゃねぇだろ!!!」

「あれ?そうでしたっけ?」



なんだこれ!

目的が全然違うじゃねぇか!!



「目的はあの悪魔を殴る事だろ!!」

「まぁ、冗談ですよ。まぁ、頃合いでしょう。動きはこれ以上ない位に洗練されています。後は……」

「後は……?」

「ゲームにログインしましょうか。そこで伝えます」

「今言えよ!」

「ふふ、ゲームの方が良いんですよ。特に貴方にはね」



そういってアイはスリープモードに移行する。

基本的に、AIは話聞かない。


出した結論が絶対だと疑わないんだ。



「めんどくせぇな」



ただ、その面倒くささが意外にも好きになり始めている自分がいた。

それがちょっと意外だった。





「いっつー!」

「痛みのレベルを下げるか?現実世界と変わらない痛みを感じているはずだ」



白い空間が全てを占めるチュートリアル空間。

ここは、僕とボス(アイ)だけしか存在しない現実とゲームの中間世界。


ここはどんな街並みも調整も再現できる特別な世界。

いつしか僕はこの世界で痛みを感じる”痛覚レベル”を最大まで上げていた。


痛みに慣れる。という目的で。



「いえ、ボスの言葉のとおりです。痛みが無いと覚えない。痛みは必要です」

「そうだ。痛みは敵じゃない。危険を教えてくれる大事な味方だ。いたずらに怖がる必要はないが無視をしてもいけない」



ボスはシガーを咥え、火をつける。

その一連の動作だけでもカッコいい。



「それにこの場所は素晴らしい。ダメージや疲労が蓄積する事はない。何回でも訓練できる」

「ええ、その通りです」



僕はすぐに立ち上がり。

また構えなおす。


武術の型ではない。

心を落ち着かせ、全身の力を抜き、脱力する。

素早く動作に移る。その為に。


驚き、恐怖、怒り、その様々な感情は、体を固くし行動を遅らせる。

だから、無駄な力は全て排除する。



「そうだ。それでいい」



ボスのシガーが地面へ落ちる。


その瞬間、しなやかな肩の動きから見えない速度で右拳が僕に向かってくる。

それをなんとか両腕で弾き、その勢いのまま肘打ちボスに向ける。


ただ、それはボスには届かなかった。


むしろ勢いを利用され、気が付いた時には僕は地面へと倒れていた。



「何が起こったの……?」



自分の身に何が起きたのかすらわからなかった。



「誘われた攻撃に乗るからだ。相手の虚を突く速さや反撃が出来ないのであれば無暗に反撃すべきじゃない。相手が自分より強いなら猶更だ」



負けた。

完膚なきまでに負けた。



「ただ、脱力からの肘打ちは見事だった。いいセンスだ」



はぁぁぁ!!

嬉しい!!



戦いの最中脱力する。

そんなの普通は無理だ。

だから、こうやって場数を踏んで慣れるしかない。


それが、いままでいくらやっても出来なかった事が。

初めて出来た。


そしてボスにも認められた。

こんなにうれしいことは無い!


僕は地面に寝転がったまま、グッと拳を突き上げた。

すると目の前のボスがジジッと音を立ててブレた。



「ええ、やはり私が予見した通りです」

「は?」



そのブレが収まった時、もうボスはいなかった。

その代わりに青髪の悪魔を模したアイがいた。



「いえ、これからは少し遊び心を入れましょう。感覚は掴みました。根を詰めるより、リラックスしながら訓練すべきです」



アイは指をパチンと鳴らす。

すると、周りの世界が変わり、街並み出来上がっていく。


アイは何か考えがあるんだろう。

でもなぁ……容姿がなぁ……


悪魔の姿だと、なんか素直に受け入れられないんだよなぁ。

そういうとこあれだよね、アイは。



「これからは、パルクールも修行に加えましょう。リリィの体が柔軟に、そして堅実に育ったからこそ可能な修行ですよ」

「パルクール?」



なんだそれ?

聞いたこともないぞ?



「街中を側転や宙返りで駆けていく遊びです。これは中々体の感覚を鍛えるのに適しているんですよ。極めればこういう事が出来ます」



ブンッと音を立てて、僕の前に動画が表れる。

そこに写っていたのは、ただの人だった。


でも、動画に映った人は、壁を蹴っての屋根への飛び上がり、壁を走り、側転や宙返りを駆使し、狭いエリアの高速移動するいい意味でヤバい奴。


やばい……めっちゃ楽しそう!



「お気に召しましたか?これは現実世界の映像です。という事は?」

「もちろんゲームでも再現可能!」

「という事です」



CQCにパルクール。

これは習得しがいがある。


それから、僕はゲームをプレイしているのに、プレイしていない。

そんな不思議な日々が始まった。


楽しい!!楽しい!!


でも、いったいどこを目指しているのか。

それはわからないけど……


毎日すごく楽しくて。

とっても面白かったです!


またやりたいと思いました!まる!








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