第5話 現実世界でも一緒

「あー、疲れた」



結局、あの後2時間位回復薬精製を繰り返していた。



「やるだけ儲かる感じだけど、なんていうか集中力が続かない」



問題はシータ波とよばれる状態になることだ。


あれ、結構疲れるの。

瞑想状態って、言うほど楽じゃ無いわ。



(確かに疲れが見られます。一度、ログアウトしてお休みしては如何でしょうか?)

「そうだね。残りは競売に入れて休憩しようか。あっ!」

(どうしました?)

「どうやってログアウトするの?」

(私に命じて頂ければ可能となります。フィールド上では30秒間攻撃などのアクションに晒されない事が条件となり、街中の場合は即座にログアウト可能です)


ほぇー、ならここは街中だからすぐにログアウトできるな。


「じゃあ、ログアウトしてくれる?」

(畏まりました)



そして、少し間を経て僕は初めてのログアウトを経験した。





「あー、やっぱり体が凝ってるな」



立ち上がり、体を伸ばす。

伸びる筋肉が凄く心地いい。



「多少のサポートはしておりますが、やはり完全ではありません。その為にプレイ時間制限が設けられています。それに行き過ぎた尿意や体の異常を感じた場合も即強制ログアウトが実行されます」

「ほーん、なるほどねー。って、なんで?!」



え?これ現実だよね?

なんでアイの声がするの?



「ここです。スマートウォッチです」

「へ?どういう事?」



アイの声はベットに備え付けられたスマートウオッチから響いていた。



「いったはずですリリィ。私は貴方専用のAIだと。このスマートウォッチは、ゲームと連動しいつ如何なる時でもサポートが可能です。購入時の注意にあったはずですが、お聞きにならなかったのですか?」

「そんな事も言われた気がする……」



購入時になんか言われた気がするけど、あの時は後からの殺気が怖かったからね……

よく覚えてないのよ。



「安心しました。すでに合意済みという事であれば問題ありませんね」



合意した覚えもないんだけどね。

今更文句をいうつもりもないからいいのだけど。



「まぁ、ご飯作るか……」



お腹すいたし。

5時間近くゲームしてたし当然かもしれないけど。



「あ、どこ行くのですか?」

「え?」

「ちゃんと身に着け頂かないと困ります。私は貴方専用のサポートAIなのですから」

「あ、すいません……」



なんかAIから怒られる事多い気がする。

AIは遠慮なくはっきり物を言うからね。

仕方ないかもしれないね。



「Bluetoothのイヤホンでも構いませんので、室内にいる間は着けていてくださいね」



え?やだ。

監視されるの?


すげー嫌なんですけど。



「いや、家にいる間は居間に固定するよ。外にいく時はつれていくけどさ」

「迷惑ですか?」

「うん。常に一緒の行動を強制されるのは嫌だし、迷惑」

「……承知しました。学習しておきます」



よかった。

流石に言えばわかるんだ。


たぶんこの辺の匙加減がAIは下手くそなんだろうな。





「随分偏った食生活ですね。これでは体型が理想と異なるのも理解出来ます」

「悪かったね、偏ってて。でも、旨いから仕方ないでしょ」



カップ焼きそばにマヨネーズ。

これ凄く旨いの。


体に悪いことは分かるけど、凄く美味しいの。

だから仕方ないの



「一つ提案なのですが、食事メニューの提案をしてもよろしいでしょうか?」

「ん?いいけど何かメリットあるの?」



おん?意外な提案だな。

ゲーム以外でもアイはサポートしてくれるのか。



「はい、ゲームでは現在の体型がそのまま引き継がれますので、食事による体の改善で俊敏性、筋力等が向上します」

「まじで?そうなん?」

「ええ、補正はありますが、ゲームは現実の体型や筋力を引き継ぎます。例えレベルが上がったとしてもそれは変化しません」



なんそれ。

リアルの筋トレがまさかのレベル上げじゃないか!


でも、考えようによっては何時間も画面に齧りついてレベル上げするより健康的じゃないだろうか。

ゲームだけでなく、現実でもレベルも上がるって思えば良い訳だ。


うん。面白い!



「やってみるか!」

「必要な食材は既に宅配可能なネットスーパで検索済です……1週間分の食事となりますのが購入手続きをしても宜しいでしょうか?」

「はえぇな!ちょっと値段とか商品も見せて!」



滅茶苦茶高い奴とか、プロテイン10キロとか頼んでないだろうな?



「あ、高くないな」



購入品は意外とフツー。

ただ、鶏肉と鯖缶とかが多い気がするな。



「ええ、この付近の小売店の価格を比較し、平均値以下で購入可能な食材で構成しております、もっと安くするのであれば、直接お店に行くことをお勧めしますが」

「いや、いいよ。これ料理するメニューも考えられてるの?」

「はい、問題ありません」



ほへー、普通に優秀じゃない?

いいじゃない?



「んじゃ、購入するかな。サポートお願いね」

「畏まりました。決済情報を入れてください。今後リリィの声紋を記録し、許可が得られない限りは、購入手続き等は出来ませんのでご安心を」



僕は言われるままカード決済の手続きをアイに登録した。

変な所もあるけど、やっぱりアイは基本的に滅茶苦茶優秀な気がする。


僕はアイと暫く雑談し、今後の予定などを決め、ゲームに戻った。





「はぁ……何度来ても同じですよ?いい加減迷惑だと自覚してくださいね」



ぼろぼろの神殿。

そこに明かに嫌な顔を浮かべた青髪の女性。


そいつが吐いたセリフがこれだ……

人に恐喝まがいの事をして邪教へ入信させておいて、このセリフ。


まさに悪魔。


その言葉がこれ以上似合う奴もいない。



「でも、言われた通りお金は沢山用意してきましたよ?」

「えっ?いくらくらい?」

「数万はありますけど?」

「お待ちしておりましたよ。我が信徒。」



この変わりよう。

もうね、コイツ逆にすげえわ。


僕は金を貯め、またこの悪魔の元へ戻ってきた。

コイツを一発殴るために。



「では早速始めましょうか?」

「是非」



ただ、しっかり金を取られたことは言うまでもない事だった。





「ふふっ、はっきりいってド素人ですね」



天井の染みが一つ~、二つ~。

気が付けば僕は地面に倒れていた。


一撃。

たった一撃で、地面に寝かされていた。


お互い構えた所までは覚えている。

その後、いきなり拳が大きくなって……


次にみた光景は染みの多い天井だった。



「まずは型を教えます。それを何度も繰り返してください。それまでは私を戦う事はおあずけです」

「えっ?」

「急がば回れというやつですよ」



むむぅ……確かに正論だ。

言葉の通り僕は喧嘩すらしたことない素人。


向こうが正しいのは分かる。

でも……でも!!


アイツの。

あの悪魔のいう事に従いたくない!!



「それとも、逃げだしますか?ププッ!」

「やるよっ!!やってやるよ!!」



我慢だ。

ここは最大限の我慢だ!

こいつを殴る事さえ出来るのなら、今は全てを我慢する時だ!



「では教えますよ。いいですね」



悪魔によるゲーム内の格闘技修行。

その初めの一歩が始まった。




「違います、腕をもっと上げて」



ただ、構えから拳を突き出すだけ。

この動作を何度も何度も繰り返させられている。



「体重の移動を意識して、一つ一つの動きに意味があると知りなさい」



でも、ゲームだから体力が減らない。

ただ、動きに集中すればいい。


僕は思考を停止させ、ただ頭に描いた理想の姿をトレースする。



(良くなりましたね、動画で確認しますか?)

「ああ、頼む。すいません。少し休憩を」



ゲーム内では体力の消費がないから、現実世界での用が無い限りは休憩はいらない。



「いいでしょう。少し休憩をとりましょう。私も少し外します」



悪魔もそう言って訓練場から離れていった。

なんか微妙に常識人ぽく振舞う所が余計にヤバい奴だと思うわ。



(動きがスムーズになっていると思いますが、初めの動きと最後の動きを比較します?)

「ああ、うん。お願い」



気にしてる場合じゃない。


アイが表示してくれた動画を見つめる。

僕の動きを重ねて表示してくれていた。



「でも、やっぱ下手くそだな。動きがなんか素人っぽい」



僕の動き。

そりゃーはじめより、良くはなってると思うけど……やっぱ素人だよ。



(では、有段者の動画を見てみますか?)

「ああ、いいね」



参考になるならなんでもいい。

今は何でも身に着ける必要がある。



「こうか?」

(まだ固い気がしますね、重ねてみると肩の位置や腰をもっと深く落とす」

「うーん、このくらいか?うわっ!結構きつい態勢だな」

(そうですね、ずれは少なくなりました)

「うし、繋げて動いてみるか」



動いては確認。

その繰り返しを行い、徐々に動きを近づけていく。


腕の角度、脚の位置、構え。

その一つ一つを確認しながら。


集中していたのか、気が付けばかなりの時間が経っていた。



「随分とよくなりましたね」

「え?」



いつのまにか悪魔が後にいた。



「これを毎日繰り返し、体に染み込ませてください」

「ああ、わかってるよ」



言われなくても、と思ったけど一応頷いておく



「では、今日は最後に組み手をしましょうか」

「お願いします」



チャンスだ。

今日の努力を見せるチャンス!!


お互いに構え合う。


いい感じだ。

さっきまでの自分とは違う


凄く落ち着いてる。

自信みたいなのが湧き出てくる。


よし!!



「え?!」




気合をいれた瞬間だった。

僕の目の前に映ったのは、靴の裏。


飛び蹴り……だった。

構えた瞬間やってきたのは、今日の訓練の全てを無視した飛び蹴り。


僕は何も出来ずただ床に叩きつけられる。

そして、考える間もなく服を引っ張られ、空中へぶん投げられた。


その後はお決まりのクソゲー。

空中でボコボコにされ、文字通り死ぬまでサンドバックにされた。


なんで訓練なのに殺すん?

ていうか、型とかもう関係ないじゃん。

そんな疑問を感じながら、目の前は真っ白に染まっていった。





初めての敗戦。

それから1月の時が、流れていた。



「くふっ……記念ですよ0勝300敗。毎度ありー♪」



悪魔と戦う度、毎回殺される。


僕は結局一度も冒険していない。

他のプレイヤーがフレンドを作り、盛り上がり、仲間やリンクと呼ばれる集団を作る中、僕はただお金を稼ぎ、悪魔の神殿にやってきては殺される。


フレンド?そんなものいない。

ただ、悪魔を殴る。

その目的をかなえるために、ひたすらこの苦行を繰り返していた。



「はい、また次回いらしてくださいねー♪」



徐々に真っ白になっていく視界で、あの悪魔が嬉しそうに手を振っていた。


………

……



「くっそがぁ!!!」



慣れる事が無いこの悔しさ。


毎日毎日、狩りにも行かず、ただ回復薬を作り。

訓練をして、悪魔に挑む。


それだけしてるにも関わらず、いつもいつも瞬殺される。


どーすればいいのよ、ほんと。



「はぁ……」



ため息をつく。

誰もいない白い空間で、僕はただ膝を抱えるしか出来なかった。



「アンタも懲りないのねぇー。あと、新しいアーツを取得したわ」

「え?」



なんだそのしゃべり方?

まぁいいや、アイの奇行はよくある事だし。



「どういう事?何もしてないのになんで新しいアーツが手に入るの?」

「自分で確認したら?」

「あ、はい。"show"アーツ」



-----------------------------------------


アーツ

  ピュリフィケーション(奇跡)

  執念(P) ←new


-----------------------------------------


 

「なにこれ?」

「一定期間の間に、同じ相手から300回殺されることで取得出来るアーツみたいね」

「あー……なるほど」

「効果はHPが50%以上の時、一撃死するダメージを受けてもHPが1残るって感じかしら。Pはパッシブの意味。つまり自動で発動するアーツ。わかる?」

「おぉ?!当りじゃん?」

「なら、取得条件と効果を公開したら?」



うーん……、どうしようかな。

冷静に考えたらこのアーツ中々取れないよな。


普通ならデスペナルティがある訳だから、そんな簡単に死ねない。

しかも、一定の期間の間に、同じ相手から300回殺されるなんてそうそうない。


普通にプレイしていて取れる物じゃない。

これ、公開したら一気にみんな取得するよな。



「はい、公開しません。絶対にしませんー」

「はいはい、言うと思った」



だってさ、後の人が楽してこのアーツ取ったらさ……

悔しいじゃない?

このクッッソムカつく思いを共有できないじゃない?


だから、却下。

取りたきゃ同じ苦しみを味わえ。



「でも、このままでは勝つ見込みが無いわ」

「はっきりいうな」

「話を最後まで聞いて。努力の方向を変えるの」



何この彼女面。

アイから最近いろんな方法でからかわれるようになったからその一環だと思うんだけどね。


やっぱりさ、このゲームのAI達歪んでるわ。



「もう型にはまった格闘技の訓練は辞める。だって数か月努力したところで、10年以上格闘技をやっている有段者に勝てるの?勝てないでしょ?!」



正論だけど、言い方ちょいちょいイライラするんだよなぁ



「だから、これからは目的に沿った筋トレと食事、そして柔軟をメインに変えるの。トレーニングも体のバランスを目指したメニューでは無くて、よりしなやかで汎用性が高い筋肉を目指すの!」

「いいけどさ。なんなのその喋り方、凄いイライラするんだけど」

「あら、お気に召しませんでした?リリィのパソコン履歴を参照し、視聴回数が多いお気に入りの動画からヒントを得たのですが」



やめてくれる?

それ個人情報だから。


確かに家の中の家電にアクセスする権利与えたけどね。

人のプライバシーは見ちゃだめだよ?


本当にやめてね。

おちおち変なサイトも見れないんだけど。



「うん、人の閲覧履歴を覗くのやめてって言ってるよね?あと、間違っても外でお気に入りの動画とか言わないでね」

「むぅ、もう馬鹿!!」

「私はね。機械に罵倒されて喜ぶほど拗らせてはいないからね、その辺わきまえてね」

「はぁ、つれないですねー。さて、食事メニューは決まりました。スマートウォッチの購入決定のボタンか声紋での許可を下さい」

「はいよ。でも目的って何さ?」



ポチリと購入ボタンを押す。

トレーニングメニューを変えるのは理解したけど、変える目的って何さ?



「ふふっ。それはですね……いえ、直接見て頂きましょうか」

「おぉ?!」



目の前が突然ブレた。

そのブレが収まると、一人の女性が立っていた。



「初めましてと言いましょうか?」

「え?実体化できるの?」



その姿は忘れもしない。

あの、廃墟神殿の長。


悪魔としか呼べない青髪の神官。


ミラとか名乗ったゴミ野郎だ。



「このチュートリアル空間だけですね。この姿も貴方が悪魔と呼ぶキャラクターの姿を元に再構成した物に過ぎません」



へぇ、この白い空間はチュートリアル空間っていうのか。


でも、そんなこと良いから殴らせて?

幻影でいいから、一度殴らせてくれません?


いや、違う。

僕が本当に殴りたいのは幻影じゃない。本体だ!



「でも、なんでいきなり実体化を?」

「それはですね。リリィ、貴方への好感度が一定を超えたため、私はこの機能を手にしました。貴方の望むことを叶える為に」

「どういうこと?」



何言ってんのか、まるでわかんない。

いきなり語り出したけど中二病でも発症したのかね?



「修行ですよ。その為に必要な知識、経験は得てきました。もはやゲームにログインする必要もありません。このチュートリアル空間だけあれば問題ありません」



まじかよ。

じゃあ、これからログインすらしないでこの白い空間だけで訓練か?


流石にそれは辛くないか?

僕はそこまで修行マニアでは無いよ?



「いや、辛くない?飽きちゃうよ?」

「ふふっ、私は貴方のパートナーです。貴方の好みに沿い、貴方のプレイしてきた数々のゲームは勿論、お気に入りの動画に購入したアダルトな動画まで全てを網羅し、分析した結果。モチベーションを上げ、尚且つ貴方の希望を叶える術を会得しました!」



おい。ついにアダルトな動画とか言ったな?


だから、個人情報をしれっと暴くのやめろってんじゃん。

そういうのほんとやめろ。


見ても知らないフリしとけって。

あと間違っても外で言うなよ?マジで。



「さぁ、刮目してください!」



なんかテンション上げながら、目の前でアイがブレる。

こっちは、アイの言動でテンションだだ下がりなのに。


そして、姿を変え、僕の前に表れたのは……



「待たせたな!」

「!!」



伝説の傭兵。

あの蛇だった。


声までそっくりな蛇の幻影。


そうか……。

電話や動画の音声は本人が喋ってるわけじゃない。

機械が喋った本人の声を真似し再現したものが、僕らの耳に聞こえてくる訳だ。


という事は、機械が誰かの声を真似る事なんて容易じゃないか!



「ここは夢と現実の狭間。訓練には最高の環境だ」

「そうか……なら、この場所で学ぶのは」



わかる。

ここで学ぶことは、一つ。



「「CQC」」



うひょー!

ただただ、テンションが上がる。


だって、伝説の傭兵から直接指導受けるんだよ?


上がらないわけがない!



「まずは構えてみろ。基本を体に叩き込んでやる」



うほー!!

ボスに投げられるなんて感激であります!


僕は喜び勇んで構え、そして投げられた。


僕は生まれて初めて投げられて……嬉しいと思った。



………

……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る