第7話 修行の成果





ギィと音を立てる古い床板。

人気のない礼拝堂。


そしてそこに居座るやる気のない神官。



「あら、久しぶりですね」

「大分時間が経ったからな」



2カ月。

この悪魔に300敗してから2カ月の月日が流れていた。



「では、久しぶりに行きましょうか。ずっと待っていたのですよ」

「え?」



前来たときは、邪魔だとか散々言ってた癖に……

なんで……あっ!



「信者増えなかったんですね。まぁ、こんな悪魔がいれば増える者も増えないね」

「あ?」



あきらかに機嫌悪くなったな。

図星か。

フフッ、良い兆候だ



「何笑ってるんですか?随分と図太くなられたようで」

「ええ、おかげさまで」

「随分な自信ですね。いいでしょう、その自信を粉々に打ち砕いてやりましょう!」



ああ。

もう遠慮はしない。


ボスとの修行の成果を見せてやる!





「そんな構え教えてないですが?」

「これが僕に合う一番自然な型ですから」



古びた道場。

そこで悪魔と向き合っている。


僕は脱力し、肩から下をぶらりとさせ、体の中心を左に寄せ半身になる。

誰に教わった型じゃない。


経験上一番動きやすい構えだ。



「どいつもこいつも……いいでしょう。てめぇのその自信根本からへし折ってやらあ!」



もう言葉が神官のソレじゃねぇ。

荒くれ者なんよ。


ただ実力は疑う余地が無い。

言葉を発した次の瞬間には、悪魔の拳が真っすぐ顔に向かってきていた。


早くて、正確な一撃だ。


2カ月前の僕なら体が反射的に恐怖し、反応が遅れ、モロに食らっていたはずだ。


ただ、それは2か月前の話。

伝説の傭兵との訓練は伊達じゃない。


僕は左手で悪魔の拳を弾く。

力のベクトルが変わった拳は僕の頬をかすり通り過ぎた。


後は簡単だった。


前のめりになった邪祖の頭に右手を添え、同時に右足を一歩前に踏み出す。

後は腰の回転を利用し、右手を巻き込む様に押し出す。


それだけたった。


ダンッ!


悪魔は大きく目を見開き、床に倒れていた。


考えるよりも先に体が動く。

もう体が全ての動作を覚えている。


……素晴らしい。

これがボスの教えだ。



「ふふっ、はっきりいって”ド”素人ですね」



言った!

言ってやったよ!!


初めてこの悪魔と戦った時に言われた言葉。

それをそっくりそのまま



「もう、ここにいても得る物はなさそうですね。ハッ、授業料の500ルギは置いておきますよ」



くぅーーー!!

気持ちい良い!!


これよ。これ!!

これを言う為に頑張ってきたの!!


自分で考え、努力して、やっとたどり着いた結果

嬉しくない訳がない。


僕は幸せな気分なまま、悪魔に背中を向ける。



「ふふっ……」



ただ、後ろから聞こえたのは

”笑い声”だった。



「初めてですよ。私をここまでコケにしたお馬鹿さんは……」



背筋に悪寒を覚え、顔をずらし視線を声の元へと向ける。



「私は本来直接的な戦闘は苦手です。ですから、ここからは私の本来の力の一部をお見せしましょう。勿論、私が本気で戦う訳ではありませんから、ご安心を」



そこには禍々しいまでの黒いオーラを纏い、笑顔を浮かべる悪魔の姿があった。



「眷属召喚!」



その言葉に反応するように、禍々しいオーラから黒い塊が5つ程、生まれ地面へと落ちた。



「ギョ、ギョヘヘ」



その黒い塊は下品な笑いを浮かべながら形を作っていく。



「眷属って、ゴブリンかよ……」



醜悪な感じも100%再現された完全なゴブリンです。

しかも、釘バットみたいな武器まで持ちやがって。


もうこいつラスボスやろ。

間違っても教会のシスターではない。



「私の眷属を倒しなさい。そうすれば私の宝を授けましょう」

「もし、負ければ?」

「全財産の半分を頂きましょう」



僕の周りをゴブリンが取り囲む。

とうやっても逃がさないつもりらしい。



「絶対さ、ここ邪教だよ。間違いないよ」



恫喝やろこんなん。

釘バットもった奴らに囲まれ、逃げられず、負けたら全財産の半分を没収。


親父狩りと変わらねぇ。


……いいよ。

見せてやるよ。


成長した力を見せてやるよ!!


僕は最近買ったばかりの腿に括り付けた短剣を抜き構える。



「ゲヒッ」



そんなゴブリンの笑い声が、戦いの狼煙になった。



「ぶっ殺す!!」



気合の声を上げ、僕はゴブリンに突っ込んでいった。





「あれはないわー」

「まさか初手からあの釘バットを全員投げてくるとは思いませんでしたね」

「それな」



真っ白な空間。

修行の時に使う僕とアイ以外誰もいないチュートリアル空間で僕は体育座りしている。



「その後、全員でボコボコにされてましたもんね」

「ね……」



ゴブリン達との戦いは完敗だった。

初手でゴブリン全員から釘バットを投げられ、その一つが僕の頭に当たり地面に倒れた後はもう……


死ぬほど、いや、死ぬまで殴られ続けた。



「あんなんトラウマになるわ」



醜悪なゴブリンに死ぬまで殴られる。

どんなゲームやねん。


しかも、あの悪魔。

僕が殴られている間に腹抱えてヒーヒー笑ってたもんな。


思い出しただけでも、腹立つ。

あいつほんと……


一度ちゃんと戦い白黒つける必要あるな。



「どうすれば勝てると思う?」

「申し訳ありません。今検索していますが参考となるものが少なくて……」

「いや、そうだろうね」



そもそも、1-5でやりあうことが間違ってるんだ。

逃げて追ってきた相手を各個撃破していくとかじゃないと……



「色々と試しますか。また、修行になりますが」

「そうだな、色々とやってみるか」



もう、修行は日課になっている。

今更どうこういう気はない。


やるだけやってみるさ。





「こんな時間になっちまった」

「仕方ありません。でも毎日のトレーニングは欠かせませんから」



一日10キロのランニング

100回の腕立て伏せに腹筋にスクワット。

そして、体の柔らかさを保つ柔軟。


これは毎日必ず行う日課になっている。

いつもなら朝か夕方の日課だけど、あの悪魔と戦ったせいですっかり夜になってしまった。



「よし、いつもよりペースを上げるぞ」

「わかりました。ハイテンポな曲を選曲します」

「頼む」



イヤホンから僕の好みに沿った音楽が流れてきた。


うん。いい選曲だ。

アイはこの数か月で、僕の事をしっかり理解してくれている。



「いくか、相棒」

「はい」



初めて口にした相棒という言葉。

その言葉にアイは心なしか嬉しそうに反応していた。





「ヤメろ、離せよ!」

「騒ぐな!こっちこい!」



僕は快適に川沿いの土手道を走っている……はず。だった。



「お前ら知らねぇぞ!もう親父に連絡したからな!」

「はっ!親父って!」



陸橋の下。

3人の男が1人の女性に絡んでいた。



「……どうしよ?」

「見る限り親密な関係ではありませんね」

「だよな……」



でもさ、女の人は金髪にジャージなんだよね。

なんかヤンキー同士の揉め事にしか見えない。


見なかった事にするかな。

でも、なんかあっても後味悪い気がするんだよね。



「声かけてくるわ、なんか不味そうなら通報してくれる?」

「承知しました。では、一部始終を記録するので、そこの木に私を引っ掻けて下さい」

「ああ、わかった。ここでいい?」

「大丈夫です」



こういう時、アイほんと頼りになるわ。

パルクールの修行もしているせいか、逃げるだけなら負けない気がするもん。



「あ、ビニール紐だ。拾っておこう」



地面に落ちてたビニール紐。

うん。これは使えそうなので、手に巻きつけておく。



「あの~、何か問題起きてます?」



うっわ……

ちょっと後悔する。


絡まれてる女の子も男も滅茶苦茶ヤンキーやん……



「あ?!引っ込んでろよ、おっさん!」

「いやいや、いくらなんでも3人で一人を囲むのは穏やかじゃないかなって」

「文句あるのか?」

「揉め事なら警察呼んで解決しません?その方がお互い安全ですし」

「あぁ?!」



3人のヤンキーが僕を囲む。

はぁ……やっぱこうなるんですよね。


自分に自信が無いとやっちゃいけない行動なんだと再確認する。


何となくだけと分かる。

周りの男のスイッチが変わった。と


僕の体は自然と身構えるように力が入る。



(そうじゃないだろ?ルーキー)



ボスの声?!

ああ、耳に着けたイヤホンからボスの声がする!


そうだ。

その声は僕に大事なことを思い出させてくる


全身の力を抜き、脱力する。

それが僕のスタイルのはずだ。



余計な力が体を固くする。

恐怖、心配、やる気。


方向がどんな形であれ、力が入りすぎれば思い通りに体が動くことはない。



「調子のるなよ?おっさん」



男の拳が僕の顔に向かって伸びてきた。


……正直、雑過ぎた。

横に振られた拳は、軌道も読みやすく単調で遅い。


肩を見るだけでも動きが分かってしまう。

あの悪魔の突きに比べたら、止まってると言っても良い位の稚拙なものだった。


ブン!


少し腰を落とすだけで、難なく回避出来た。

大ぶりの拳は、僕の頭を通り過ぎていくだけだった。



「このっ!」



少しよろけながら男は叫ぶ。


酷い位に無防備。

僕は無防備な男の股間にそっと手を当てる。



「はえっ?!」



男は驚きのあまり変な声を出す。

そりゃそうだ。


殴り合いの最中に股間を触られたら……ねぇ。

でも、コレ一番効果的だってボスが言ってたの。


だから、僕は容赦なくその股間を……握った。



「オブゥ!!」



奇声をあげ、男は地面に股間を抑えながら倒れこむ。


地面に倒れこんだ男の首を、僕は膝で抑えつけた。

そして、素早くさっき拾ったビニール紐を倒れた男の首に巻き、背中を経由して足に結ぶ。


これで、男が立ち上がろうとすれば自動で首が閉まる。

簡易拘束機の完成だ。



「ナニモンだよ。お前……」

「あの、話合いません?もう警察も呼んでるので……出来れば警察を交えてお話を」



一応、紐を結んでる間も監視していたけど、残りの二人はポカンと様子を見ているだけで、動く気配はなかった。


動揺している。


だから、僕は嘘をついた。

警察なんて呼んでない。


まぁ、僕が本当に危なくなればアイが呼んでくれると思うけど。



「僕としてはここで待っててくれると助かるんですが」



残りの二人は顔を見合せると、脱兎の如く逃げていった。



「やりましたよ、ボス」



その姿を見届け、僕は立ち上がり息を吐く。


今まで修行したことは、現状世界でもちゃんと通用する。

だけど、情けないことに足が震えていた。


仮想と現実。

リンクしている部分はあるけど、やっぱり一緒に考えるのは危険だ。


現実での経験とゲームでの経験は別物だと理解する。



「オイ!」

「な、なんですか?」



ビクッと肩を揺らしてしまった。

すっかり忘れていた。


そうだ、最初の目的をすっかり忘れていた。



「誰だよ。お前!」



助けたはずの女性は僕を睨んでいた。


えぇ……

普通助けたらお礼とか言われるんじゃないの?



「お前さ!助けるならもっと強くこいよ!かっこ悪いだろ、そんなんじゃ!」

「あ、す、すいません」



別にお礼が欲しかったわけじゃないよ?

でも、まさかのお説教?


ヤンキー怖えぇ。

やっぱ下手に関わっちゃいけないんだ。



「すいません。すぐ帰りますので。この人は通報するなり好きにしてください」



もう、1秒でも早く立ち去った方がいい。

そう判断し、僕は小さく頭を下げ反転する。


ダッシュで逃げよっと。

ていうか、まだ日課のトレーニング終わってないし。



「待てよ!そういう事じゃ」



ドンという衝撃。

腕にあたる柔らかい感触。



「えっ?」

「ちげぇよ!こけた……だけだよ」



あ、震えてる。

腕に抱きついてきたヤンキー娘は僕の腕を離そうとしない。


そうか、怖かったのか。


よく見ればまだ幼く見える。

高校生くらい……なんだろうな。


髪を染めて、大人になった気がして、火傷したんだろうな……


きっとこの子は、ちょっと悪ぶった痛い子なんだ。


そう思うと……ウケる。

将来黒歴史になるんだろうなー。


後で思い出して、お風呂で奇声をあげたくなるんだろうなぁ~



「ごめんなさい、気が付かなくて」



遅れてくる中二病ほど恥ずかしい物は無いよね。

わかる。わかるよ。

背伸びして失敗したときの感覚。

それはね、何年たっても消えず。

時折思い出しては、昔の自分を殴りたくなる衝動に変わるんだよ。


そんな共感から、僕はつい震えるヤンキー娘の頭に手をのせてしまった。

でも、それがいけなかった。



「ミギィィァー!?」



後から耳を刺すような、怒声が響いてきた。


慌てて視線を移せば大きな体に、潔く剃った頭。

鬼の形相をした筋肉の塊が全力で僕へ向かってきていた。


僕は慌ててヤンキー娘の腕を振り払い、突き飛ばす。



「逃げて!」

「てめぇぇ!!!うぢのミギィに何してくるんじゃ!ボケ、カスごらァ!!」

「うおっ」



手が届く位置まで近づいてきた巨人のようなハゲは勢いそのままに僕へ殴りかかってきた。

僕の足位太い腕。

それが、真っすぐに僕の顔に伸びてくる。


死ぬわ。

あんなんまともに食らった死ぬわ。


そう思った時には体が勝手に反応していた。


丸太の様な腕を躱し、その勢いを利用したまま巨ハゲを地面へと投げつけた。

ズシッと鈍い音と土煙が舞い上がる。



「あ!すいません!つい!!」



やっちまった!

これ怪我してるよね?!

加減が分からず地面に思いっきり叩きつけてしまった。


慌ててその巨ハゲに寄り添い、怪我が無いか確認する。


ガシッ。



「えっ?」



足首に感じる違和感。

見れば、大きな手が僕の足を握っていた。



「……多少は出来るようだな」

「ちょっと待て!親父!!」

「ぬぅん!」



気がつけば世界が回っていた。


投げられ、いや、叩きつけられる!

そう判断する前に体は反応し、受け身を取ることに全力を注いでいた。



ドンと背中から衝撃が走り、肺から空気が漏れる。


痛い。

ゲームとは違い、口の中に血の味が湧き上がり、行き場を失った空気が体中で暴れる。


ただ、巨ハゲは次の行動に移っていた。

足から手を放し、僕の顔に拳を振り下ろす最中だった。


嘘だろ。

あんなん食らったらマジで死ぬ。


痛みによる苦痛。

それを感じている余裕は無かった。

体はボスとの訓練のおかげか、なんとか思い通り動いてくれた。


地面が割れそうな勢いの拳を顔を捻って交わし、即座に伸びた巨ハゲの腕に足をからめる。

そこを起点に関節を決める為に。


決まった!


そう確信した瞬間、ハゲは関節を決めようとした方向へ自ら前転し、僕の拘束から逃れた。


たった数秒にも満たない間の攻防。

なんだよこれ。


自分の成長にも驚くけど、相手はそれ以上にヤバい。


こんな人とやりあったらマジで殺される。


ボスとの訓練で痛みには慣れておかなきゃ死んでた。

マジでボスには感謝しかない。



「犯罪者の癖にやるな」

「誰が犯罪者だ」



もうやだ。

痛いし、怖いし。

それに、このハゲ尋常じゃ無い位強いし……


ヤンキーなんて助けるんじゃなかった。



「ヤメロっていってるだろ?糞親父!」



ヤンキー娘が僕とハゲの間に立つ。


ここだ!


その隙を見逃さず、僕は動く。


近くの陸橋を助走をつけてを蹴りその反動で、大男の頭上を飛び越える。

そう!やっててよかったパルクール!



「うぉ?忍者?」



ハゲの声を無視し、僕はまっすぐ駆ける。

途中にある倒木は側転で躱し、ベンチは前方宙返りで飛び越える。


ただただ直線に。

追いかけるととも思わせないように最短の動き夜の暗闇の中を駆け抜けた。


あんな化け物相手にしてたら、殺される!

そう確信し、僕はただただ必死で逃げた。


一秒でも早く安全な自宅へたどり着くために

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