第8話 強制捜査


「痛っー、小石とか刺さってんじゃん」



ハゲに襲われてから速攻で帰宅し、シャワーを浴びた。


結論から言って最悪だった

背中は傷だらけで、シャワーが染みる染みる。

鏡で背中を見たら大きめの石が刺さってやがんの。


どんだけの力で人を投げたんかあのハゲ!



「災難だったなよな、アイ」



あれ?

返答がない。


戦闘中……なわけじゃない。

てか、ゲームしてないけど。



「あっ!」



忘れてた!

スマートウォッチ、あの木にくくりつけたままだ!

しかも、耳に着けてたBluetoothのイヤホンも無い!


だー!多分、あの投げられた時だ!

外れて地面に落ちたんだ。


どうしよ、全部忘れてきちゃった。

高かったのに……。


そんな凹んでいる僕の元に、ピーッ、ピーッという音が飛び込んくる。



「ん?ゲーム器からか」



その音源は、ゲーム機型マッサージチェアだった。

何故、そして、誰がその鳴らしてるのか、想像がつく。



「……怒ってるだろうな」



ハゲすげえ強かったから余裕なくて……

いや、夜は怖くて。


違うな。

今日、塾のテストあるんで。


そんな言い訳を考えながら、僕はログインした。





「相棒とはなんでしょうね?」

「いつもは馬が合わないけど、ここぞという時に協力し合うのが相棒なのかなぁ」

「なるほど、窮地に見捨てて置いていくのが相棒ですね」

「これは手厳しい」



ログインした途端コレです。

でもまぁ、アイさんそんなに怒ってない感じで安心しましたよ。



「まあ、いいです。今からそちらに向かってますし」

「は?アイ歩けたの?」

「スマートウォッチが一人で勝手に歩くのですか?凄いですね。頭の中ハッピーセットですか?」



前言撤回。

やっぱクソ怒ってんな。こいつ。



「私は先ほどの親子に拾われ、事情を説明しこの家に向かっております」

「は?なにしてんの?何素性の知れない人に自宅教えてんの!?」

「素性はしっかりしてますよ、ドワイド・D・アレク陸軍大尉、アメリカ軍で特殊部隊に在籍経験のあるエリートです」

「そういう事じゃねえよ!!しかも軍属って!!」



こういう所!

こういうとこが、AIはダメなの!!



「いいから、早くログアウトしてください、もう着きますよ」

「あーもう!あとで覚えてろよ!アイ!!」

「問題ありません。全ての記録はアーカイブし保存しております」

「クソが!!」



意味がちげぇ!!

AIの能力を確認してるんじゃねぇんだよ!!


もしかして、仕返しか?ふとそんな考えが頭を過った。

でも、今はそれどころじゃないので急いでログアウトした。





「あー、わざわざありがとうございます」

「いやいや、娘を助けて頂いたのに私も手を出してしまって申し訳ない」



家の前。

そこに見上げてしまう位巨大なハゲとヤンキー娘がいた。


怖い。

もうね、普通に怖い。


ハゲとヤンキー娘は親子だったんだね。

そうか、よかったね。


ていうか、ハゲは外人だからヤンキー娘はハーフなのか?

だとすると普通に金髪なだけか。


でも、ヤンキー娘で問題ないな。

態度がヤンキーだし半分アメリカ人だしね。


色んな意味でヤンキーだ。

じゃあ、さようなら。



「いえいえ、こうして時計を届けて頂いただけで十分です、ではおやすみなさいー」



ガッ


スマートウオッチとイヤホンを受け取り、僕はドアを閉めようとした……

だけど、閉めようとした扉をハゲの足が割り込んでくる。



「いやー、このままでは、私の気がすまないので」

「もう、十分です。夜も遅いですし。ね!」

「いやいやいや」



力いっぱいドアを引っ張るけど、ビクともしないの。


あっ、ドアがミシミシいうとる。

嫌、ダメ……これ以上したら壊れちゃう……



「お、お気になさらず、あっ!」



嘘でしょ?

ドアの取っ手が取れた……



「おう、寒いから早く入れろよ」



壊れたドアをグイっと開き、ヤンキー娘が勝手に僕の家に上がり込んで行った。



「おじゃまします、ねっ!」



ねっ!

じゃねえよ、このハゲ!

可愛くねえんだよ!

ぶちこ〇す……のは無理だからネットで中傷するぞ?!



「あっ……」



気が付けば、ハゲもさっさと僕の家の中に入っていっちゃった。



「アイ、警察呼べる?」

「ダメです。まずは話を聞いてください」



味方無し。

ふふっ。


もうどうにでもなーれ。





「ほほう、これがあの噂の」

「フルダイブ型のゲームって味感じるのか?」

「第一次生産は完売し、第二次生産ロットもほぼ予約されております。その為、幻のゲームとも呼ばれており、世界初のフルダイブ型のゲームとしてだけではなく、電気信号による味覚まで再現したゲームとなっております」



アイさんとても、饒舌だね。


こっちはひたすらにテンション下がりまくりだよ?

まだご飯食べてないって言えば、帰ってくれるかなっーておもったらさ。


笑顔で”私達もです!”って。


知らねえよ。帰れよ。

なんで、お前らの分の飯まで用意しなきゃならなぇんだよ。



「そろそろ良いでしょう。リリィ昆布を抜き強火にして下さい」

「はい、すいません」



お前は何様だ。


僕は飯使いですかね?

あー、泣きそ。

すぐ泣くぞ、ほら泣くぞ。



「なんかすまねえな、飯まで用意させちまって」

「ははっ、後悔の嵐だよ」



どこで間違ったか?

全部だよ、全部。


ちょっとCQCを齧ったからって、調子乗ったツケだよ。

さっさと警察に電話して逃げればよかったと心から思う。



「なんかわりぃし、後は任せろよ」



ヤンキー娘は髪の毛を後ろで縛り、手を洗う。

あ、いい子。

よく見れば凄く美人さんだね。



「美しいだろ?でも、やらんぞ?」

「……いらんわ、はよ帰ってくれ」



ハゲがいつのまにか背後にいた。

もうさ、正直に心からの気持ちを伝えるね。


はよ帰れ……


これが僕の一番の願いだよ。





「あー、旨かった」

「うむ、高タンパク、低カロリーな食材なのもポイント高い」



くっそ。

2日分の材料全部食われた。


もうやだ。

怪我するし、食糧奪われるし、ドア壊されるし。


人助けした結果がこれだよ?

もう、絶対人助けなんかしねぇからな。



「じゃあ、お帰りに」

「さて、本題に入ろうか」



まだ居座るの?


もう、許してよ。

ごめんなさいするから、許してよ。



「私の名は、アレク。アメリカ陸軍に所属している。階級は大尉だ」



あ、そういえば自己紹介すらしてなかったね。

そんな状況でよく人の家の飯を食ったね。


まじでヤンキーだ。

いや、ヤンキーより怖いわ。



「で、こっちがミキ。私の可愛い娘だ」



ええ、知ってます。

わかったから、もうお帰り願えませんかね?



「まず、娘を助けてくれた事礼を言う。襲ってきた奴には、地獄すら生ぬるい現実を見せてやった。暫くは口を利くことすら出来ないだろう。あと逃げた取り巻きも今素性を洗ってる。暫くすれば住所が分かるだろう。必ず同じ目に合わせてやるさ」



なんか冗談に聞こえないのが怖いよね。

本当にやりかねないから笑えないんだよね。



「またまた」


少しでも場を和らげるために愛想笑いしたけど……



「なにか可笑しい所があったかね?」



ハゲは少しも笑ってねぇ。


……え?冗談だよね?

えっ?真顔じゃん。


冗談だ。とか言わないの?

ほんと冗談だと言ってよ。


え?なにしたのよ。

軍属がガチでやる事って何よ!

恐怖しか感じないわ……



「そして恩人に殴りかかってしまった事、これは言い訳しょうがない。本当に申し訳ない」



僕の心配をよそに、アレクと名乗った大男はめっちゃ頭を下げてくる。


あー凄いな、このテカリ。

これは完全に剃ってますね。



「もう、大丈夫ですよ。気にしてないですから、もうかえ」

「だが、一つ聞きたい」



帰ってください。

その言葉が言えなかった。



「君は何者だ?あのクローズドコンバットにあの忍者の様な身のこなし。訓練のない人間にできる動きじゃない。君も軍属か?」

「違います」



やめて。

私は一般人。

いや、ただのニートだよ?


一般人を地獄に突き落と軍属と一緒にしないでください。



「なら、何をしている?ただ会社員とは言わせないぞ?プロの格闘家か何かか?」

「いいたくないです……」



なんで初めて会った奴に、私はニートです。と言わなきゃいかんのさ。

辞めてよ、隣に年頃の娘さんもいるんだよ?

こんなん処刑じゃないか!!


絶対言わないからな。

ニートだって口が裂けても言わないからな。



「はっきり言おう、君はどこかの潜入捜査員ではないか?だとすれば、残念だが私は君を野放しには出来ない。然るべき所に連絡して」

「ニートです」

「は?」

「僕はニートです」



これは、無理でしょ。

軍属からスパイに疑われるとか有り得ないから。


意地を張るところじゃないね。

この人ガチで怖いから。



「数ヵ月前に仕事を辞めて引きこもってるニートです」

「……本当……なのか?」

「おい親父、もうヤメロよ」



ヤンキー娘が止めてくれた。


優しいね。

でもね、その優しさがおじさんの心を殺すんだよ?



「なら、君はあのクローズドコンバットをどこで教わったのかね?」

「CQCの事ですか?……それならゲームで」

「ゲーム?あのフルダイブのゲームか?」

「嘘ではありません。私が保証します」



アイが助け船を出してくれる。

でもなぁ、お前がこいつらを連れてこなきゃこんな事にはなってねぇんだよ!!


このバーカ!

空気読めないバーカ!!



「信じられないな、悪いが見せてくれないだろうか」

「えっ?」



何言ってんの?と思ったけど

当然、僕には拒否権なんてなくて。



「でなければ君の言葉を信じる事が出来ない。頼む」



ああ、軍は嫌だ。

こうやって断れない願いを強要され、一般市民は争いに巻き込まれていくんだ。



「一応聞きますけど」

「なんだ?」

「拒否権は?」

「ない」



はい、終了。

なんだよ、もうほんと。


人を助けた結果がコレ。

もう人助けなんて絶対!二度としないからな!





(プレイ画面をテレビに映しております。また、音声によるゲームと現実間の会話も私を介してなら可能です)



ねぇ。

何でこんな目に会わなきゃいけないの。


泣きそうっていうか、泣いたからね。

現在進行中で泣いてるからね。



(うおー!すげえなこれゲームなのか)

(確かに五指も自由に動くのか素晴らしいな)

(このゲームでは現実の肉体をそのままゲームに反映し、運動能力に直結しております)



あーもう、このワチャワチャが頭に直接響いてくる。

お願いだから違う所でやってくれませんかね?



(ほう!だからここまで丁寧に鍛えているのか!)

(親父!なにめくってんだよ!ちょ、下はダメだろ!!やめとけよ!!!)



え?ねえ、まじで何してるの?

本当に辞めてよ。


もうおじさんのライフはゼロよ。



「あら、また来たのですか?カモ……うぅん!我が信徒よ」



僕はゲーム内のいつもの場所にやってきた。

廃墟という名の教会。

そして、そこに巣着くただの悪魔。


ほんとこいつブレねぇな。

ある意味すげえと思うよ。



「本心を言えば、今日は戦いたく無いんですがね、仕方ないです」

「へ?我が眷属と戦うのですよね?」

「はい」



あの悪魔ですら不思議そうにしてる。

そうですよね。


戦うのもただじゃない。

負けたら全財産の半分が取られるんだ。


だれが好き好んで財産の半分を捨てに来なきゃいけないんですかね。

おかげで今僕は節約生活の最中で、武器だって短剣一本しか買ってないんだよ?


そんな貧乏人から総資産の半分を奪ってくんだよ?

そのへん分かってらっしゃるのかしら?



(皆さん、ここからはこちらの声が届かなくなります。リリィはこの敵を倒すためだけに、体を鍛え、cqcを学習しているのです。見ていてください)

(楽しみだな)

(頑張れよ)



CQCを齧った事で調子に乗り、人助けなんかする。

その報いをこれでもかという程味わっていた。





「ゲヒヒィ」



相変わらずの醜悪なゴブリン。

僕は唯一の武器である短剣を握りしめ、様子を伺う。


ゴフ共は、前回とは違い武器を投げる事は無く、隙を伺うようにグルグルと僕の周りを回っていた。


これじゃ動けない。

こちらから動けば死角のゴブリンが釘バットを投げてくる可能性がある。


どうする?待つか、それとも前に出るか……

そう考えている間にも、ゴブリン達はゆっくりと僕との距離を詰めていた。


このままじゃ、同時に引っ付かれてやられる。

なら!


僕は地面に蹴り目前のゴブリンに襲いかかる。

ゴブリンはその動きに反応するように、釘バットを大きく振り上げた。


大丈夫!


そう自分に言い聞かせゴブリンの懐に飛び込む。

防御なんて考えない捨て身の行動。


それが敵の意表を突いたらしい。

釘バットが頭に触れる直前に、なんとかゴブリンに飛び付く事が出来た。

釘バットは空を切り、最小限の動きで繰り出した僕の掌底がゴブリンの鼻先に当たる。



「ゲヒュ」



ゴブリンが一瞬怯んだその隙に、短剣をゴブリンへの首へと突き刺す。


ダンッ!という音と衝撃が僕の腕に走る。

相手の急所を突いた攻撃。クリティカルだ!


相手に考える隙すら与えず、全ての動作を一連で行うのがCQCの強さだ。

そして、間髪いれずに僕は地面に飛ぶ込みように転がる。


その直後に、ブンッ!という鈍い音が響いた。

さっきまで僕がいた場所に釘バット2本が突き刺さっていた。


しかも、一本は味方のゴブリンに突き刺さるという容赦の無さ。

さすがあの悪魔の眷属。



ギリギリだった。

でも、これでいい。

1体はやれた……は……ず



「ゲヒ、ゲヒヒィ」



首を刺さされ、味方の釘バットを食らったゴブリン。

そのゴブリンはゆっくりと立ち上がり、2本の足で自身を支えていた。



「こいつ……」



間違いなく致命傷だったはず。

どうして……と、思うがすぐに納得する。


そうだ。これはゲームなんだ。


現実とは違う。

致命的だと思われるダメージを食らってもHPさえあれば生き残る。


理不尽かもしれないが、これはゲームなんだ。

でも、普通こういうのは逆だろ!


プレイヤーがHPの恩恵を受けて、敵がその理不尽さを味わうんだろ!

なんでプレイヤーがHPの理不尽さを味わう羽目になるんだよ。



「難易度調整下手過ぎるだろ」



これ、クリア出来る奴いるのか?とすら思う。

まぁ、僕はまだレベル1だ。


そんな簡単にクリア出来るイベントじゃないんだろう。



(……なんだか、悪寒がする)



ふと、嫌な気配を感じ、視線を横にずらす。

あの悪魔が手を叩いて喜んでいた。


ああ……そうだ。

あいつだけは、許さない


僕はその光景をしっかりと心に刻む。



「絶対てめえの大事なもを奪ってやるわ!」



僕は雄叫びをあげ、残りのゴブリン共に向かってかけていく。

ゴフどもはチャンスとばかりに釘バットを投げてきた。



「当たるか!」



全てを避ける為に動く。

パルクール訓練のおかげか、釘バットを避ける事は難しくなかった。


ただ、その時フッと影が視界に入った。

それは致命傷を負ったはずのゴブだった。


そのゴブは宙を舞い、捨て身で僕に組み付こうとしたのだ。




「しまった!!」



本当に一瞬だった。

ゴブリン達から視線をずらしたその一瞬。


その刹那にゴブリン達が我先にと飛び掛かってきていた。

致命傷を負ったゴブは避けたけど、二人目は無理だった。


最初の一匹には服の端を。

2匹目には腕を。

3匹目には足を


そして最後には、地面に引きずり倒され、文字通り死ぬまで殴られた。

もう、抵抗なんてできなかった。


そうして、2回目のリベンジは終わった。

完全なる敗北で。




「……嘘だろ」



ゲームからログアウトしてみた光景。

それは地獄だった。


服がはだけ、ハゲに体を弄ばれていた。



「親父!いい加減やめろよ!もう起きてるだろ!」



起きてなきゃいいみたいな言い方やめてよね



「うん?いや、数ヵ月で出来た体にしてはよく出来てるからな、ついな」



舌を出して、ウインクしてんじゃねーよ。

何度もやりやがって。

そのクソ顔ネットに晒してやるぞ。


ゲームではゴブにくみつかれ、 リアルではおっさんに弄くり回される。

最低な日だ。



「どうでしたか?何か打開策はありますか?」



アイは何聞いてんだ。

みんなゲーム素人だぞ?


そんなんあるわけ無いだろ



「そうだな、打開策になるか分からないが、改善点ならあるな」

「なんでしょうか?」



あるんかいっ!



「まず初手から博打というのが気に入らない。確かに捨て身が有効な場合もあるが、それは打てる手を全て打ってからの話だ」

「では、どうすれば良かったと?」



うーん、僕が一言もしゃべる暇さえない。

アイが完全に当人のポジションなのもおかしいのよね。



「準備不足なのは私達の責任かもしれない。しかし、自分のアドバンテージを捨てるのは理解出来ない」

「どういうことでしょうか?」

「まぁ、軍属でないことは今の戦いでよく理解した。君まだ素人だからな。明日私の家に来なさい、お詫びに戦い方を教えてあげよう。今日はもう遅い。娘の肌が心配だ」



家に招待されてしまった。

なんかよくわからないけど、スパイの疑いは晴れたみたいだ。


じゃあ、もう遠慮はいらない。

正直な気持ちをゆっくりと伝えればいい。



「お帰りください」



どうでもいいから早く帰れ。

それが僕の心からの気持ちだった。





「わかった、娘を襲った奴らの住所は送っておいてくれ」

「イエッサー、あと大尉。依頼されたもの調べておきましたよ」

「すまないな。報告を頼む」



パソコンの明かりが部屋を灯す。

その部屋で一人の男が携帯片手に真剣な表情で画面を見つめていた。



「送付したデータの通り、年齢は28歳。つい先日まで、大手会社に勤務。両親は既に死別。思想は平均的。偏るような行動などは一切なし。会社ではそれなりに将来を有望視されたエリートだったようですね」

「そうか。では、格闘技、もしくは、それに準ずるスポーツ経験は?」

「一切の記録無しですね。部活レベルも含めて無しです。喧嘩などによる補導歴も一切ありません」

「退職後の履歴は?」

「不明です。カード履歴では遠出した様子もないです。これ完全に一般人ですよ。調べてどうするんです?」



男は画面から目を離し、ため息を吐きながら目頭をゆっくりと摘まむ。



「……なぁ、信じられるか?」

「何がです?」

「今まで格闘技はおろか、喧嘩すらしたことない人間が私との殴り合いで対等に渡り合うなんて」

「まさか、死神と渡りあえる素人がいたら、すぐにスカウトにいきますよ」



電話の先から笑い声が上がっていた。



「そうだな。だが、事実だ」

「は?まさかこの冴えない奴が?」

「そうだ、私とクローズドコンバットでまともり渡り合った」

「嘘でしょ?」

「本当だ。最初は油断をしていたが、途中からは本気だった」



響いていた笑い声がピタリと止まり、雰囲気が変わる。



「何者です?」

「わからん、それを確かめる必要はありそうだ。ただ一つ聞いていいか?」

「Geegle社から、フルダイブ型のゲームが出ていたな。あれで戦闘訓練を寝る暇を惜しんでやれば、数か月で私と同じレベルまでクローズドコンバットを極める事は可能か?」

「数か月では無理かと、しかし、机上の空論かもしれませんが、現実の肉体が整っているという条件であれば、時間さえかければ可能だと思います。勿論本人に類い稀なる才能がある事が大前提ですがね」



信じられない。

電話口の相手はそんな感じで考えながら発言していた。



「彼は体を鍛えていた。履歴はあるか?」

「……ちょっとお待ちを。ありますね。数か月前からカードの購入履歴が全て鶏肉や鯖などたんぱく質中心なものに置き換わっています。」

「まさか、本当にゲームで?」

「わからん、ただ、もしそれが事実なら、これは軍隊の訓練そのものを変えるかもしれんな」



男は改めてパソコンに表示されたデータを見る。

そのデータには平凡な青年の写真が写っていた。



「てすね。過酷な訓練でしか得られない経験値を、一般人が簡単に得ることが出来る……いろんな意味で恐怖しか感じませんね」

「そうだな。しかし、戦場での恐怖・悲しみ・理不尽さはゲームでは味わえん。それを経験せずに戦いの技術、経験値だけを簡単に得る。そうなれば、世界の軍隊が変わるぞ……しかし、それも時代かもしれんな。おっさんにはついていけん」

「引退します?私も連れて行ってもらえると助かりますが」

「馬鹿いえ、お前にはもっと苦労してもらわんと困る」



男は初めて小さく笑った。

ただ、その綻んだ顔はすぐに真剣な物へと戻る。



「私は彼ともう少し接触を図る。お前は上層部にレポートを纏めGeegle社にデータ開示を依頼しろ。後2台ほどフルダイブ型のゲーム機を入手し、私の家に届けてほしい。軍での導入をほのめかしてもいい」

「イエッサー!」



男はそれだけ告げ、携帯を切りパソコンを落とす。

部屋は真っ黒に変わり、男は部屋を後にする。



「彼には自分を守るだけの力が必要になるな。借りもある。手助け位はしてやるか」



部屋にパタンという音が響き、静寂が訪れていた。


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