第9話 リベンジマッチ



「気が乗らない」



クソ寒い中、僕は首を亀の様にすくめながら歩く。

その足は亀と同じくとてつもなく遅い。



「でも行った方がいいと思いますよ?行かないとまた部屋に来ますよ」

「だよなぁー、絶対来るもん。なんかそんな予感するもん」



だから、行かなきゃいけない。

昨日言われた通りあのハゲの家に



「あ、そこ右です」

「りょー」



家までの道案内はアイが全部してくれる。

こういう所はやっぱ凄いと素直に思う。


でもね。

そういう能力は僕の負担を未然に防ぐことに使ってくれると助かるの。

少なくても僕の負担は増やしている内は評価してあげない。



「ここであってるよな?」

「ここですね。間違いありません」

「デカい一軒家だな。無駄に庭が広い」



まず、家の扉にたどり着く前に胸位の高さの門がある。

それに外からでも分かる西洋芝が敷き詰められた広い庭。


金持ちだな。

そんな事を想いつつ門の外にある呼び鈴を鳴らす。



「お!来たな!」

「ああ、どうも」



出迎えてくれたのは、ヤンキー娘だった。

手を振り駆け足で迎えに来てくれる。



「親父が待ってるぞ、入れよ」



門を開け、笑顔で接してくれた。


微笑ましいなぁ。

出来ればあの子はあのハゲの血が繋がらない義理の娘であってほしい。



「何考えている」

「うわっ!」



いつの間にか背後にハゲが立っていた。


怖いよ。

気配消して後ろに立つなよ。



「まぁいい、入れ。早速始めよう」



ハゲはそのまま庭に向かっていく。

家じゃなくて、庭の方に。



「え?家じゃなくて?」

「いいから来い」



文句すらいえないまま、僕は庭へと連行される。

はぁ~~憂鬱だ。


僕は今から何をされるんだろうか……。





「さて、私は今から君と勝負をする。別に戦うわけじゃない。投げ、格闘は禁止。急所である首に触れたら勝ちという簡単な勝負だ」



庭の芝生でハゲと向かい合う。

僕の隣には、呼び出されたヤンキー娘も立たされている。



「そんな条件でいいんですか?」



そこで告げられた罰ゲームは想像していたよりも簡単で安心できるものだった。



「さらに条件を追加しよう、私の娘もそっち側につける。私は娘には何もしない。娘が私の首に触れてもキミの勝ちだ」



僕にかなり有利じゃない?。

あのヤンキー娘に何もしないなら、盾にだって使えるじゃないか。


ていうか盾にしよ。

動かなくても良いから壁にしとけば、こっちが攻撃されることはない!


これ勝ったわ

楽勝だわ。



「ちなみに娘に僅かでも怪我させた場合は、全てのルールは無視だ。その時点からどちらかが死ぬまで終わらない殺し合いに変わる」



前言撤回。

これダメなルールだわ。


娘さんには、下がっててもらうしかない。

それ以外にない。



「それでいいかな?」

「わかりました」



どうせ拒否権ないんでしょ?

知ってるよ。

昨日のドア破壊で学んだもの。


拒否したらきっと色々と破壊されるの。

だから諦めるしかないの。



「では、いくぞ」



そうハゲが声を上げたと同時に、”カチリ”と音がした。


なんだ?未知の音だ。

僕は腰を落とし警戒する。


するとハゲはニヤリと笑い、手を体の前でクロスする。

その瞬間、世界が真っ白になった。



「は?」



反射的に体が反応し、目を瞑る。

慌てて首を振り、目を開くけど何も見えない。


白い世界が続くだけ。


このままじゃ負ける。

そう思うけど、何も出来ない。


だって娘さんに攻撃が当たるかもしれないじゃない。

もし娘さんに攻撃が当たったら?


考えるだけで恐ろしい事になる。

そんな事を考えているうちに、トンと首に何かが触れた。



「これで終了だ。すまないな。失明の恐れもあるから光量は抑えてあるが、これでも多用は出来ない。何されたか分かるな?」



そこで初めて分かった。

目に強烈な光が当てられたのだと。


時間と共に、ゆっくりと視界が戻ってくる。



「特殊なLEDライトだ」

「こんなのゲームに無い」

「そういう事を教えたいんじゃない。何故君は動かなかった?」

「下手に動けば、娘さんに攻撃があたるから」

「そうだ。その通りだ。仲間がいると下手には動けない。それは有利か不利か?」

「……不利ですね」



まだ目がしっかりと見えない。

でも、言おうとしたことは分かった。



「ハ……んんっ!わかりました。僕のアドバンテージは周りの全員が敵だという事ですね」

「うん?なんか気になるが、正解だ」



あっぶねぇ!

ハゲって言いそうになった。


ダメだ。

心に思っていることは気を抜けば口に出る!



「アイ君はいるかな?」

「はい。今の動作全て記録しておりました」

「この状態で昨日の動画をもう一度見よう。そこに勝利への光明があるはずだよ」

「かしこまりました。テレビへの接続許可を頂ければすぐにでも」

「いいね。君は優秀だ」

「存じております」

「ははっ、ジョークも一流だ!」



アイとハゲが笑い合う。


なんだこいつら。

息ピッタリじゃないか。


何が面白んだよ。ほんと。


もうさ、アイを置いていくので僕だけ先に帰ってもいいですかね?

でも、それを口にすると色々とダメな気がするので、僕はただ空気になることに専念する。


無駄とは分かりつつも、早く時間が過ぎる事を祈りながら。






「ほら、お茶だ」

「ありがとうございます」

「ついでに飯も食ってけよ、今作ってるから。昨日の鍋のお礼だ」



……ヤンキー娘は優しく笑ってキッチンへ戻っていった。

ヤンキー。いや、ミキちゃん。

君はほんといい子や。


ごめんね、勘違いしてたよ。



「惚れたら殺すからな」



殺意ある声と視線。

目の前に座るハゲから一直線に僕に向けられている。


……ほっこりした気分が台無しだよ。


でも、なんも言えない。

まじで怖いだもん。


ハゲに凄まれるとヤ〇ザの事務所にいる気分になるからやめてくれないですかね?



「分かってるな?!」



たぶんだけど、冗談じゃないよ。コレ。

真顔だし血走った目がね……”下手なことすれば本当に殺す。”

そんな事を告げてくるの。



「大丈夫ですよ。ニートの自分には誰と付き合う余裕なんてないし。向こうも嫌でしょ」

「ん。ならいい」



僕の回答に満足したのか、ハゲは元の表情に戻り、テレビに向き直す。

僕とハゲとアイは今のテレビの前に座っていた。


僕らの目の前にあるテレビには、あの悪魔の眷属。

ゴブリン達と僕が戦った動画が映されていた。



「話を始めるが、初手に何をすればいいかわかるか?」

「ええ、まずは煙幕での目くらましでもいい。相手から目視されない方法を取ればいい」

「正解だ。具体的な方法は後で検討すればいい、では次にいこう。アイ君再生してくれ」

「わかりました」



アイの言葉通り、動画が再生されていく。



「細かい点は飛ばさせて貰う。娘のご飯は出来立てで食べたい。おっと、次はここだ」



理由が糞。

人を呼びつけておいてこの仕打ち。


まぁ、いいか。

その方が早く帰れるし



「このゴブリンの行動、ここに勝機がある」



そういってハゲが示したのは、ゴブリンが味方ごと僕を攻撃したシーンだった。



「まぁ、個人的にはどうかと思いますけど、僕を倒すのなら理にかなった行動に見えますけど……」



何人やられても、僕さえ倒せればいい。

例え仲間を巻き込んでも、確実に僕を倒す。

その観点だけで見れば、効率的だと思う。



「そうか?さっきの試合を思い出してみろ。目が見えない状況の中好き勝手に攻撃すればどうなるか。周りも誰からの攻撃か分からないのだから反撃するしかない。すぐに仲間同士で殺し合う混沌の戦場になるぞ?」

「それは確かに」

「ゴブリンは味方に躊躇なく攻撃する。一度混乱した状況を作り出してしまえば。後はゴブリン達の同士討ち。何もしなくても勝ちが転がり込んでくるぞ」

「な、なるほど」



その通りだ。

相手が5人で勝てる訳が無いと思ってたけど、考え方によっては僕が有利に変わる。



「流石……アレフ小尉ですね」

「アレク大尉だ」



ハゲハゲ呼んでたから名前間違えちゃったよ。


でも、やっぱり軍人さんなんだな。

考え方も的確で頭も切れる。


ちょっと見直さないといけないかな。



「おい!出来たぞー!」

「すぐいくー!お父さんすぐいくー!!」



娘の呼び声に秒で反応し、嬉しそうな声を上げる大男……か

うん。

やっぱハゲでいいや。



「さて、講義はここまでだ。後は煙幕の代わりだがこの世界にある食べ物は、ゲームの中でもかなり再現されているのだろう?」

「え?はい」



え?いきなり食べ物の話?

そりゃ存在すると思うけど……



「なら安価ですぐに使用できるものがある」

「どういうことです?」

「フラワーだよ」

「……花?」



何言ってんだ、こいつ。

その説明を求める前に、ハゲは席立って急いで娘さんの所へ向かっていった。


僕も席を立ち、ハゲの後に続く。

もういい。

飯を食べて早く帰ろう。


あと、関係ないけど凄く娘さんの料理は旨かった。





「来ましたね!カモ!」



こいつ……

もう言葉隠さなくなってるじゃねぇか。


あのハゲの家から帰りすぐにゲームにログインし、準備を整え、いつもの汚い教会に来たら早速このセリフ。


ほんとブレないわ。

この悪魔。


まぁいい。

今日は全てを赦してやろう。

貴様の眷属とやらを屠る記念日になるのだから!



「悪魔め。今日こそ貴様から全てを奪いさってやる!」

「ククッ。何度蘇ろうと、財布のはらわたをくいやぶってくれるわ!!」

「あれ、機嫌よくない?」

「まぁ、あれだけ貢いでくれれば」

「俺しかいないですからね、この邪教の信者」

「いることにはいるんですけどねー……」



悪魔は明らかに凹んでいた。

まぁこんな糞みたいな宗教に入信する物好きはいないですよ。


ね、ほんと何で僕はここにいるんだろ。



「で、どうすんの?今日もやってく?」

「当たり前。その為に来た」

「うひょー、これでまた酒が飲める!(わかりました。熱心な信徒で感心です)」

「おい、たぶん逆になってんぞ」



気の抜けたやり取りのせいで事前に入れてきた気合が完全に抜かれた。

でも、それくらいが丁度いい。


何事も気負い過ぎてはダメ。

自然体でいるのが一番だと、僕は既にボスから教わっているのだから。





「ゲヒッギヒッ」



周りから嫌でも聞こえてくる汚ねぇ声。

もう、それは聞き飽きた!



「無策だと思うな!!ここからが本番だ!!」

「ゲヒッ?!」



僕は予め腰に下げていた袋を手に取り、短剣で切れ目を入れ上空へ投げつけた。

その袋からは大量の小麦粉があふれ出してくる。


”フラワー”

それは、ハゲ。

いや、アレク大尉が言った言葉。


そう、小麦粉の事を英語でフラワーと呼ぶことを僕はすっかり忘れていた。



「チェンジレフトウェポン”小麦粉袋”」



そして、アイからも戦闘中に装備を変える方法を教わった。

それは単純。


変えたい部位と装備名を言えば良い。

それだけだった。

ちなみに対応している言語なら何でも問題ないらしい。

なら、パラメータの確認とかも全部そうしろや!


そんな事を考えている間に、僕の左手には小麦粉袋が握られていた。



「一個じゃ足りないからな!」



僕は手にした小麦粉を同じ様にして空中へぶちまける。



「さあ、何個でもやってやるぞ。小麦粉は安いんだ」



どんどん小麦粉の入った袋呼び出し、放り投げ、叩きつけ、ぶちまけていく。

おかげで辺りは真っ白。


部屋はもちろん、僕の服も髪も全てが白一色だ。



「ギッギギィ?!」



ゴブリン達は明らかに今までと違う言葉を発していた。

間違いない。


ゴブリン達は足を止め、動揺している。


チャンスだ。

僕は近くの薄い影に向かって短剣を突き刺し、そしてすぐに逃げる。



「ギィ!」



それはたいしたことない一撃だった。

ただ、効果は絶対。


刺されたゴブリンは荒げた声を上げ、武器を振り回し始めた。

もはや、味方、敵の概念すらない。



(想定通り!)



そう確信した僕はその場から離れ、別の影に近づく。

そして同じように効果の薄い一撃をゴブリンに与え、離れる。


それだけで十分だった。



「ゲヒッ!ゴヒュッ!」



案の定、ゴブリン達は仲間割れを始めた。

視界の定まらない状況で武器をふりまわせばそうなる


もはや、叫び声なのか、仲間を呼ぶ声なのか分からない。


そのうち、仲間に攻撃が当たらない様にするためのなのか、武器を振り回さないゴブリンが出てきた。


そのゴブリンに僕は忍び寄り、ボスから教わった技で地面へと叩き付け拘束。

抵抗する体を押さえつけ、ナイフで首を何度も刺す。


一度刺しただけでは、ゴブリンは死なない。

だから、僕は繰り返し何度もナイフを突き刺す。


6回。

ゴブリンの首にナイフを突き刺した回数。


それでやっとゴブリンは動かなくなった。



「6回クリティカルを入れないと死なないのか、普通にやったら無理ゲーだな」

「ゲゲッ!」



そんな僕の声を聞きつけてなのか、二つの影が近寄ってくる。



「……カモだ」



俺は動かなくなったゴブリンを盾にして、その影に近づいていく。



「ゲッ!」

「ゲゲッ」



二人のゴブリンは声を掛け合い、俺の方に向かってくる。

そして迷いなく、釘バットを振り下ろす。


グチゃという音が響き、ゴブリンが歓声をあげた。


残念だったな。

それは仲間の死体だ。


喜んでいる一匹のゴブリンに僕は死んだゴブリンから取り上げた釘バットを叩きこむ!



「ゲブッ!」



一つのゴブリンの影が地面に転がる。



「ゲヒャ?!」



驚いた声を上げる残りのゴブリン。

影だけでも分かる。


隙だらけだ。

そのゴブリンの顔にも、釘バットを叩きこむ。



「ゲゲッ!」



ゴブリン達は流石に僕の一撃では死ななかった。

ただ、疑心暗鬼になっているのか、暇さえあれば釘バットをブンブンと振り回す。


あいつらは放置していい。

冷静になるのに時間がかかるはずだ。


そう思った瞬間だった。

無作為に振り回すゴブリン二人の釘バットがぶつかり合い叩き火花を散らした。



「!!!!!!」



その瞬間、目の前が真っ白になるほど眩く光り、少し遅れて耳を破壊するような音と衝撃が僕を襲った。



「ゲフッ」



気が付けば体が吹き飛び、壁にめり込んでいた。


ああ、そっか。

僕はそこで初めて気が付いた。


爆発したと。


原因は粉塵爆発。

まさか……そんな所まで再現してるとは……


周りのゴブリンは消し炭となり、あの悪魔も服が破れ髪も縮れている。


ただ、僕は唯一会得したアーツ”執念”で生き残る事が出来た。



「え?えぇ~……?」



本当は対策をしてゴブリンに実力で打ち勝って、勝つ流れ……だったはずだ。

こんな予想もしない形で、ゴブリン達から勝ちをもぎ取るなんて。


なんか……なんとも言えない感情に挟まれる。


4回の挑戦。

おかげで、稼いだはずの所持金はもうほとんど残っていなかった。


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