第2話 どこまでもついていきまっせ



 私には推しがいる。


 それはウォルド様だっ。


 そこにいるだけで尋常ならざるオーラを発し、喋るだけで数多の女性をメロメロにする、あのウォルド様だっ!


 ウォルド様は、ヒロイック・プリンスというゲームに出てくる、私の推しキャラっ。


 そんなウォルド様のいる世界に、私は何の拍子かすってんころりん。


 うっかり異世界転移してしまった。


 てんやわんやのナンジャコリャになっていた私は、散々奇行を繰り返し、人様に迷惑をかけた後に投獄。あれよあれよという間に灰色の未来予想図が完成していた。


 しかし、天は私を見放さなかった!


 私がぶちこまれた牢屋には、何とあのウォルド様がいなさったのだ!






『イツハ達は、都の主要道路を外れて逃走している。けれど地理に疎いせいか、結局大通りに出てしまっていた。彼女達は、人並みにまぎれながら、追手を警戒している』


 そういうわけで、ヒロイック・プリンス第一章のシナリオ開始の進行で、仲良く投獄されてたウォルド様と一緒になったのち、脱・獄!


 見張りの目のかいくぐって、愛の逃避行かましてやったぜ。


 でも、やっぱり相手もプロで、たまにそこらの主要道路を慌ただしく走ってたりするけどねっ!


 今もそう。


「いたか!?」「いや、まだだ!」「あっちを探そう」とか言ってる。


 隠れた物陰から顔だけひょっこりだすと、おまわりさん的な人達が走り去っていくところだった。


ウォルド様「あいつら、これくらいで慌てるなんて、鍛えたりねーな」


 いえいえ、結構鍛えますよっ。

 ウォルド様が頭良すぎるだけですん。


 とりあえず、脳内賛美はほどほどにして。


 推しのご予定を尋ねるぞい!


私「それで、これからどうするんですかっ」

ウォルド様「そうだな……」


 思案気に目をふせる。

 逃げてる時ですら、気品あふれるウォルド様!


 私の推し、超格好良い!


 これぞ恰好良いウォルド様、略してかこルド様!


 なんて呟いてたら「雑魚っぽいな」と言われてしまった。不評だったようだ。


 あれま。口にでてたっぽい。


ウォルド様「無実の罪で投獄されたって言っても、あいつらが俺達の話を聞いてくれるわけがねぇ。なら、やる事は決まった。自力で真犯人を捕まえるしかねぇよな」

私「よおーしっ! なら、頑張りましょう!」

ウォルド様「お前はとにかく前向きだな」


 乙女ゲーム「ヒロイック・プリンス」の、ウォルド様ルート。序盤のストーリーは、脱獄。そして、真犯人を捕まえる事。

 だけど、それは失敗してしまうのだっ。


 容疑者死亡という最悪の形で!


 なんて、不憫な。


私「おーいおいおいおい」

ウォルド様「なんでいきなり泣き出したんだ」


 このウォルド様は、濡れ衣を着せられて連行されていく友達を助けるために、色々と無茶をやらかしている。

 その時に金持ち油デブ貴族の恨みを買って、濡れ衣をきせられてしまったのだ。


 一時は、真犯人を追い詰めるけれど、生死不明になってしまって、結局濡れ衣を着せられたままになってしまう。


 原作では、ウォルド様はずっと大罪人のままだったんだよね……。


 私は、そんな事にはしたくない。


 よーし、推しにひっついていくという目的に、ウォルド様を助けるというのも加えよう!


 せっかく、この世界に来たのだから、推しの力にならずしてファンを名乗れるものか。







 裏道 人気のない通り


『イツハはウォルドを助けるという目的を得たようだ。彼女は優しい人間なのだと思う。それは、彼女の魂にふれた時に理解していたことだけれど。けれど、そんな彼女を彼はどう思うだろうか』


 そんで私達。追手から逃げるため、どうにかして大通りを避けて小道へ逃げこんだぜい。


 そしてら、先導するように前を歩いていたウォルド様が「俺の事が怖くないのか。俺は罪人かもしれないんだぜ」と聞いてきた。


 おや、これはゲームのヒロインに言うセリフでは?

 うーん。

 けど、ゲームではヒロインのビジュアルがなかったからなぁ。

 分かるのは、過去の情報と巫女という立場の身。


 私がヒロインなの?

 でも、中身別物だし。混乱するね!


 そのイベントは誰でも代用可能みたいな? どっちだろぃ。


 目の前で、ウォルド様は私の返答を待っているようだ。


 怖くないかなんて、そんなものの答えは、もう決まっている。


「ヒロイック・プリンス」は何週もやってたので、ウォルド様が悪い人じゃないのなんて、当たり前のように知ってるんだから。


私「貴方は悪人なんかじゃありません」


 目には目を。

 歯には歯を。

 真面目には真面目を。


 できるだけ、真剣に話しかける。


 だって、こんな私好みのイケメンが悪人なわけがないんだから。


 もしこれで悪人だったら、世界の真理が間違ってる。


私「ウォルド様の目を見ればすべてわかります。こんな人類の至宝、いえ麗しい生命が罪人なわけありません」

ウォルド様「麗しいな生命って」


 ウォルド様は、頭をかかえて頭痛をこらえるような表情。


 おっと、呆れられちゃったかな?


 推し好き好きアピール、もうちょっと控えめにした方が良い?

 暑苦しい好意を押し付けられるの、好きではない?


 心配してたら、ウォルド様が「まっ、気にしてねぇならいいけど」さっぱり系の笑顔をみせてくれた。キラキラキラ。


 光の粒子が見えた。

 う、麗しい。


 なんて、眼福!

 スマホがあったら、秒で写メってたのに!


 異世界来た時にどうでもいいモブに絡んで騒いでる時に落としちゃったんだよねーえ。


 おっちゃん、もしあったら拾っといておくれよ!


 とりにくるのは、当分先になりそうだけどっ!






『イツハの言葉に、彼は警戒を解いたようだ。先ほどまで纏っていた拒絶の空気が霧散している。きっと私ではこうはいかないだろう』


ウォルド様「いまいち何考えてんだか分かんねぇ奴だけど、感情は分かりやすい奴だな。そういう奴は嫌いじゃねーぜ」


 嫌いじゃない?

 つまり好き!


 パンパカパーン!


 頭の中で効果音が鳴り響いちゃってます。

 はっ、これはあれですね。

 好感度上がっちゃった系ですね。


ウォルド様「俺についてくんなら、こいつを身につけとけ」


 と、ウォルド様が懐から何かをとりだして私の手にポン。


 こっ、これはっ。


 全世界のファンが羨む至宝。

 願い求める奇跡の品。


 推しからのプレゼント。


 なんて、ありがたい。


 ははぁ、ありがたやーありがたやー。


 神棚に飾って拝ませてもらいます!


ウぉルド様「おいおいおい、何やってんだ? ハンカチにくるんで丁寧にしまおうとすんな。使うんだよ。身につけるんだ」


 こんな人類の至宝をっ!?


 やっだなー。

 無理ですよぅ。


 でも、数分かけて説得されたので、結局身に着ける事になった。

 推しを心配させちった。


 私を危険な目にあわせないためなんですよね。

 ドライなように見えて、心優しく情に厚い。

 知ってます。


私「ウォルド様! ……好きです!」

ウォルド様「何だいきなり。今のそういう流れじゃなかっただろ」

私「結婚してください!」

ウォルド様「は?」


 おっと、私としたことがつい暴走しちゃった。


 すみません、いきなり言う事じゃないですよね。

 秘めた思いが溢れてしまいました。


 でも、本心です。

 前の世界にいた頃から好きでしたっ!


ウォルド様「いや、意味分かんねーよ」


 ですよねー。

 普通、異世界なんて信じられないですよね。


 信じてくれないかなー、チラチラ。


ウォルド「んな事、信じられるかってんだ。俺が驚いたのは、初対面の男に求婚するとこもなんだが」


 おっと、そうでしたか失礼。


 まあ、この世界では初対面ですし、ここがあの「ヒロイック・プリンス」と寸分たがわぬ世界かと言われると、まだ分かんないですしねっ!


ウォルド様「お前の友達、日常的に苦労してそうだな」


 えへへ、褒めても何もでませんってばー。


ウォルド様「褒めてねぇよ」


 すると、私の推しはちょっとだけ真面目な顔になった。

 そして、「あー」「うーん」とか言いながら、気まずそうにしてらっしゃる。


 おや、ウォルド様はすっぱり決断、さっくり行動するのが特徴なのに珍しい。


 何に悩んでいるんだろうね?


 はっ、もしかして私との交際をっ?


ウォルド様「あっ、告白はお断りな」


 おっと、付け入るスキありとみせかけてからの、玉砕だぁぁぁっ!


 私、地面に土下座!


ウォルド様「俺が悩んだのは、お前とどこかで会ったかって事。だっておかしいだろ? 普通に考えると、牢屋で一目ぼれとかって」


 確かに!

 まともな人間の思考とは思えませんね!


 私自身、ちょっと人とは変わってる自信がありますもん。


 すっごく怪しいっ!

 変人さん!


ウォルド様「なら、俺には理解できない思考の持ち主か、もしくは狂人かのどちらかになるって事だ」


 で、私の推しはそう言って、こっらに殺気をぶつけてきた。


 おおっ、これが他の登場人物を怯えさせた、ウォルド様オーラ!


 肌がビリビリしますよっ!


 わくわくわく。


 もっと、もっとやってくださいっ。

 なんて、貴重な体験をさせてもらっているのだっ!


 そんな私を見て、何を思ったのかウォルド様はため息。


ウォルド様「他にも可能性あったな。もしかして、ただどうしようもなく楽観的で馬鹿なだけとか」


 そんな疲れたような顔してどうしたんです?

 あ、肩とかもみますよ。







 それからもあれこれ言われたけど、私は「ついていきます」を連呼。


 だって、ウォルド様は推しですから。


 推しを応援しないファンなんてファンじゃない。


ウォルド様「さっきから、安全な所まで逃げたら置いてくっていってるんだけどな。そんでいいのかよあんた」

私「いいえウォルド様、この私めをどうかずっとお供にっ!」

ウォルド様「都合の悪い事は全然聞いてねーのな。あと、声は小さく頼む。目立つだろうが」

私「静かにしてほしかったら、お供にぃぃぃ!」

ウォルド様「引き下がる気が微塵もねぇな」


 それが私なんで。しつこいセールスの様に食い下がってやったぜ!


 結果?


 いわずもがなですよ、旦那っ!


ウォルド様「ったく、しゃーねぇな。自分の面倒ぐらい自分でみろよ?」

私「ひゃっほーい!」

ウォルド様「だからうるせぇって」


 乙女ゲーム「ヒロイック・プリンセス」の世界で押しに出会った私は、ウォルド様のお供になりましたっ!


 これからどんなたびになるんだろう!


 どきどきとわくわくと、後ときめきがとまらない!


 しばらく忘れていた感情だ。


 前の世界にいた時は、ゲームをプレイする時だけに味わえたもの。


 それが今、ここにある。


 私は、お守り代わりに持っていた五葉の髪飾りを、髪につける。

 大切なもの。

 あのゲーム機の次に。


 だから、この世界にも持ってこれて良かった。


私「私の名前は五葉。私の世界では、四つの葉がある植物は幸運の象徴なんです。だから、あふれる幸いを得る……そんな願いをこめて五葉なんです」

ウォルド様「へぇ、良い名前だな、よろしくなイツハ。俺の名前は、知ってんだろうけどウォルドだ」


『彼女達は都を出て、あてもなく旅に出る。心細くはないようだ。私が想像するよりはずっと。二人は牢獄を出た時よりも、ずっと前を向いて、希望を持っていた』


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