第17話 感謝する、マオ……

 「ふふ、夢が叶うぞ……夢が……」


 夕暮れが人々の影を長くする中、アキラとジンレイはそれぞれの夢に胸を躍らせていた。


 アキラはこの世の春が来たと言いたげな笑みを浮かべ、ウキウキ気分な足取り、ジンレイは相変わらずの無表情で、そんな様子を静かに眺めながら歩いていく。


 きっと人間と言うのは、夢のチャンスが近ければ近いほど、足取りに出る生き物なのかもしれない。

 だが、それと同時に、人の幸福は人のイライラを生む事だってある訳で。


 (ムカツク……。 ウキウキしてるの、なんかムカツク……)


 アキラの不幸を楽しむ第一人者であるマオは、この事態に不快感を露わにした。

 正直、このウキウキ気分のアキラを苦悩の表情へ変えるべく嫌がらせをしたいが、物理的な嫌がらせはジンレイに防がれてしまうだろう。


 かと言って言葉を使った嫌がらせは既に行なっているが、ウキウキ気分のアキラには「そうかそうか」と笑顔で返されるだけだった。


 そう、ジンレイと言う物理的な守り、ウキウキ気分という精神的な守りを手に入れたアキラは今や、マオでは太刀打ち出来ない程の人間となっていた。


 だから二人といると、不快感が蓄積されていく。

 ただ眺めるしか出来ることがないから……。


 「……ちょっとコンビニ行ってくる……、先帰っていて……」


 だから彼女は、その不快感から逃れる様に、コンビニへ入っていった。

 そして、とりあえずお菓子でも買おうか?と思い店内を物色し始めたその時。


 「に、人間め、やりおるな……。 魔王たる我を惑わせる、駄菓子なる甘いものを作りおって……」


 駄菓子コーナーにて、明らかに人間ではない羽の生えた女性が、彼女の目に飛び込んできた。


 「え? もしかして痛い人? それとも、何かのキャラになりきったコスプレイヤー?」


 だがあまりの衝撃は、本来隠すべき言葉を口に出させてしまった。

 そんな言葉を聞いたセラティアは。


 「む? 魔王たる我に何の様だ?」


 とキョトンとした目でそう尋ねたが、言葉は帰ってこず、代わりに沈黙が帰ってくるだけだった。

 だが、彼女が沈黙で返したのには理由がある。

 それは。


 (えぇぇぇぇ……、何かめんどくさそうな人に捕まっちゃった感じ~、これ……?)


 と思ったからだ。


 今の彼女の気持ちを分かりやすく言うなら《中二病に絡まれた》そんな気持ちである。


 そう思った相手だからこそ、彼女は沈黙と言う回答をしてしまった訳だが、それは失敗と言わざるを得なかった。


 「ほほう、つまり我が魔王たるカリスマに当てられて、つい話しかけてしまったと言う訳だな? わははははは!」

 「へ?」

 「よし人間! 気に入ったぞ、我の城に連れていってやろう!」

 「へ? へ? うわぁぁぁぁぁ! と、飛んでる!? へ? 本当に魔王!?」

 「魔王じゃと言ってるじゃろう……」


 残念ながら、マオはセラティアに両腕を掴まれると、夜の闇が広がる空へと連れさらわれる事になったのだから……。


 …………。


 「さぁ着いたぞ! 我が魔王城に!」

 「…………」


 それは、城というよりは、窓が二ヶ所だけある古びた木造の小屋としか見えない風貌で、中に入って更に驚いた事に。


 「さぁ座るがいい、我が城の客間に!」

 「座る場所ってどこ……」

 「わははははは、そこに座布団が置かれたスペースがあるではないか! そこに座るがいい!」

 「あ、うん……」


 座る場所どころか、膝下が埋まる位の量の駄菓子の袋が、床いっぱい散らばっているのだ。

 唯一、セラティアの言う通り中央の足元隠れたちゃぶ台の四方を囲むように、座布団が置かれたスペースがあるが、座布団の下にも何か白いものがある。

 そしてそこにマオは恐る恐る座る。


 (硬いし、丸っこいし、座布団が滑る……)


 それが座ったマオがお尻で感じた感触だった。

 少なくともそれは座り心地は言いとは言えない。

 だからマオは、遠回しにもう一つの座布団に座り始めたセラティアに文句を言う。


 「何、この座布団の下の固くて丸っこいの……? 何か座布団が微妙に滑って座り心地が悪いんだけど……」

 「あー、それは我の拾ってきたキングクックの割れた卵のカラじゃな! 座布団を置くと、椅子の代わりにピッタリなんじゃ!」

 「卵? もしかして巨大ニワトリの?」

 「巨大ニワトリ? あぁクックキングの事を言っておるのか? 我は奴等と手を組んでおるからのう……」

 「へぇ、巨大ニワトリってしか言わないから、そんな名前があるの、知らなかった……じゃなくて、クック何とかと交流があるの!? その、何て呼べばいい? あ、私マオ、よろしく!」

 「セラティアじゃ、我の名は」

 「ならセラちゃん、よろしく!」

 「わははははは、我と対等の立場で話すつもりか? 面白い、気に入ったぞマオ!」


 初めは小さな苦情から始まった事だったが、マオは今、予想外の収穫を得ようとしている。


 (ふっふっふ……これで私がニワトリの情報からヒヨコを狩ってレベル上げして、アキラを「低レベル低レベル」って煽れるわね!)


 そして彼女がその場所を尋ねるべく、セラティアに話を聞こうとした時だった。


 「……のうマオ、我の話を聞いてくれぬか?」


 セラティアの表情は真剣なモノに変わり、マオにそう告げ、マオは。


 「いいよ、話しなよ」


 と気軽に了承した。

 それは、気持ちよくニワトリの居場所を話してもらう為にした事だった。

 そんなマオの言葉に、真剣ながらも嬉しそうな表情を見せたセラティアは。


 「すまん……」


 そう、マオに礼を言うと、また真剣な表情で話を始めるのだった。


 「さて、我の目的を先に言っておこう。 我の目的は、この島に魔物の世界を作り、それを人間に認めてほしいと思っておる」

 「ん? どういう事?」

 「我はこの日本と言う国の中に魔物が住む場所を設けて欲しいと言ってるんじゃよ。 言ってみれば新たな県を、アメリカ風に言えば、新たな州を作らせてくれって感じじゃろうか?」

 「へぇ……。 それで、そのためにどんなことをやってるの?」

 「少し前までは役所でそのような訴えを毎日行っておったのじゃが……、これが上手くいかなくてのう……」

 「ん、どうして?」

 「最初の方はまぁ苦笑いしながらも話は聞いてくれたんじゃが、数日もしたら役所の連中『また頭のおかしいのが来た』『私あの頭おかしい子の相手、嫌ですよ』『その前に塩撒け塩!』と役所に来る度言うようになってのう……。 本気で泣きたくなった……うぅ……」

 「…………」


 マオは言えなかった。

 セラティアが泣きそうな目をしているのに。


 (毎日来たら、そりゃイライラして、そんなことも言いたくなるって……)


 等と本音を言えるわけがなかった。

 そして黙り混むマオにセラティアは続けて語り出す。


 「のうマオ、我々は主たちと違って一度の命なんじゃよ……。 それに考える力じゃて持っておる……」

 「…………」

 「じゃから、それを踏まえてクックキング達の事を考えてくれぬか? 自分の血を分けた子供が、レベル上げと言う目的のためだけに人間に殺されているのじゃよ……、奴らの気持ちになれば、辛いじゃろうて……」

 「…………」


 声を出さなかったが、マオはその通りだと思った。

 確かに知っている子供が殺されるなんて辛い気持ちなのは、何となくわかる。

 それはマオの身近にそんな人がいるから……。


 「マオ、今の主なら分かるじゃろう? 我らは生きている、たった一度の限りある命をな……。 じゃから、我らの平穏の為に手を貸してくれぬか? 頼む!」


 そして、ニワトリのために頭を下げるセラティアの姿を見たマオは決心する。


 「良いわよ! セラちゃんの気持ち分かるし、良いって言うしかないじゃない! ただ、私のアキラに対する嫌がらせにも手を貸してもらうわよ!」


 そんなマオの言葉にセラティアは笑みを浮かべて感謝の言葉を送るのであった。


 「感謝する、マオ……。 ん? ところでアキラって誰じゃ?」

 「んー、私のおもちゃ! 嫌がらせされるために存在してるといっても過言ではないわ!」

 「嫌がらせされるために存在してるって嫌な響きじゃな……」

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