【サイドストーリー】
SS:春野日向は祐也を知る①
あれは高校一年生の秋だった。
放課後。親友の
私は思わず立ち止まって、その様子を眺めた。
「ねえ
「えっ……? ああ、あれ。何してるのかな?」
二人の男子は向かい合って、喧嘩ではないけれど、何かを言い合ってる。片方のボサボサ頭の男子は、手に何か青い紐か布のような物を持って、相手に見せている。
相手の男子が、その青い紐を指差した。
「なぁ
「ダメだよ。誰かの落とし物だろ? このまま捨てたら、きっと汚れてボロボロになってしまう」
誰だろうと思って見たら、『捨てとけよ』と言ってるのは、同じクラスの
水無君と向かい合って、紐のようなを持ってるのは……
あ、あの子も同じクラスの男子だ。
えっと……誰だっけ?
「日向、あんな感じが好みなの?」
「えっ……? なんの話?」
「あれ。水無君。まあまあイケメンよね」
「なに言ってんの千夏。別に水無君に興味あるってわけじゃないよ」
イケメンに目がないのは千夏で、私は別にイケメンが好きとかじゃない。
「じゃあ、もう帰ろうよ。雨が降ってくるかもしれないよ」
「ちょっと待って」
確かに空はどんよりと曇ってて、いつ雨が降り出すかもしれない。だけど水無君に興味がある訳じゃないけど、あの二人が何を言い合ってるのか、ちょっと気になる。
それにもう一人の子、祐也って呼ばれてるけど誰だっけ?
同じクラスなのに名前が出てこないのは、ちょっと失礼だよね、私。
「なあ祐也。どうせそれ、誰かが捨てたんだろ?」
「いや、これ、新品じゃないけど、綺麗に洗濯してあるし、捨てたって感じじゃないよ」
その彼が水無君に見せてる紐……というか、ネクタイみたいなのは、鮮やかなブルーで確かに綺麗に見える。
「捨てたんじゃなけりゃ、なんでこんな所に落ちてんだよ?」
水無君は道路端に設置された、ジュースの自販機の下を指差してる。どうやら
「それは……想像でしかないけど……自販機でジュースを買おうとして、鞄から財布を取り出した時に、うっかり鞄の中からこれが落ちた……ってとこじゃないか?」
「まあそうかもしれない。……で、祐也。だからと言って、どうなんだ? さっさと元の所にそれ置いて帰ろうぜ」
「いや、ダメだよ。風に飛ばされるかもしれないし、雨が降るかもしれない。汚れてしまうよ」
水無君は大きく息を吐いて、呆れたよって感じに肩をすくめてる。でももう一人の彼は、真剣な顔のままで、そこを動こうとしない。
ボサボサ頭で顔はよくわからないけど……なんとなくやる気が無さそうな表情なのに、案外頑固なんだこの人。ちょっと意外な感じ。
「だったらどうすんだ? ここにずっと立って、持ち主が現れるのを待つつもりか?」
「いや、そういう訳にはいかないな……」
「そもそもそれ、なんだよ? 別にそんな大事な物じゃなさそうだろ?」
「いや、これはコックタイだな」
「コックタイ? なにそれ?」
──コックタイ? なにそれ?
「洋食の料理人の服装でさ、首に巻いてるネクタイみたいなヤツがあるだろ。あれだよ。鮮やかなブルーって珍しいよな」
「そうなのか? 祐也、よく知ってるな」
「えっ……? あ、いや、テレビで観たんだよ」
へぇ、あのネクタイみたいなの、コックタイって言うんだ。初めて聞いた。
でもなんだかあの子、あたふたしてる。どうしたんだろ?
「で、祐也。コックタイって言うのはわかったけど、そんなの別に貴重品でもないだろ。やっぱそこに置いて、もう帰ろうぜ」
「いや、貴重品かどうかわからないだろ。本人にとっては大事な物かもしれない」
「大事? なんで?」
「あ、いや。あくまで可能性の話だけど……例えば料理人を目指して田舎から出てきた人が、田舎のお母さんから『頑張ってこいよ』ってプレゼントされた物だとか……」
「ほぉ、なるほど。お前、なかなか想像力が豊かだな。……で、祐也。そうだという可能性はいかほどだ?」
「あ……1%ってとこかな」
「だろうな。じゃあそれは、ほっといて帰ろう」
「いや待てよ雅彦。せっかくだから、できることはしてから帰ろうよ」
「できることって……?」
「そうだな……あっ、そうだ。そこのコンビニでビニール袋を貰ってくるよ。それに入れてこの道路標識に縛っておけば、汚れたりどこかに飛んでいったりしないだろ」
「そこまでするか?」
水無君は口をあんぐり開けて、呆れてる。そりゃそうよね。普通はそこまでしない。
「まあ、料理人ってさ、きっと道具とかを大切にする人が多いんじゃないかな。お、俺もよくは知らないけど。……だから雅彦、悪いけどちょっとここで待っててくれ」
「祐也。お前って、相変わらず真面目だな」
「おう。真面目なだけが、俺の取り柄だ」
「いや、真面目で……誠実なとこな」
「そっか。ありがとな、雅彦」
彼は水無君にニコリと笑顔を向けてから、コンビニに向かって走って行った。
「へぇ。
──あっ、そうだ。秋月君だ。
千夏の呆れたような言葉で、ようやく彼の名前を思い出した。同じクラスなのに、ごめんね秋月君。
「普段はボーっとして、やる気が無さそうなのに……こんなことにはこだわるんだね」
「そ、そうだね。変わり者だね、秋月君」
「じゃあ日向。そろそろ帰ろうよ」
「あ、うん。そうだね……」
「あのさ日向。駅の近くに新しいジェラートのお店できたの知ってる?」
「え? 知らない」
「じゃあ食べに行かない?」
「ジェラートかぁ……いいね!」
「ほら、日向。もうよだれが垂れてるよ?」
「えっ……嘘っ!?」
まさか?……とは思ったけど、思わず手で口を拭った。
「あはは、嘘だよ。ホントに日向は食いしんぼなんだから!」
「ええっ? もうっ、千夏!」
まあ確かに、私が食いしんぼなのは間違いないけど。さすがに道端でよだれは垂らさない。
そんなバカを千夏と言い合ってたら、コンビニから出てきた秋月君が、ダッシュでこちらに戻ってくるのが見えた。
風で前髪が上がって見える顔は、真剣そのもの。彼の顔をこれだけはっきりと見るのは初めてだ。
真剣な表情をしてると、案外キリッとした顔で、でもその目はなんだかものすごく優しい感じ。
──へぇ、秋月君って、こんな顔なんだ。
いや、特にイケメンだとかカッコいいとか思った訳じゃないけど。でも芯が強そうなのに優しい目。そして見も知らない他人のことを思っての行動。
彼はきっと、いい人なんだろうなって……そんな気がした。
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