第78話:春野日向はすっとぼける★
ひと通り食べ終えたところで、向かい側の席から高城が日向に声をかけた。
「あんた達……いったいどういう関係?」
──とうとう来たか。
そりゃ俺と日向が名前で呼び合って、息ぴったりで調理をしていたんだ。誰だって不思議に思うよなぁ。
俺はそう思いながら、隣に座る日向がどう答えるのかを息を飲んで待った。
同じグループの三人は、さっきから何か言いたげな様子はあったけど、急いで調理をしていたこともあって、なんとなく言い出しにくそうにはしていた。
「どういう関係って……なにが?」
日向はすっとぼけた顔で淡々と答えた。
──おーい、日向!
そこをまだ引っ張るのか?
日向はニコニコして、このシチュエーションを楽しんでるのがありありだ。
「いや、だって……日向と秋月、お互いに名前呼びしてるし」
「ダメ?」
「いや、ダメとかいいとかじゃなくて……なんで?」
「あれ? 千夏に言ってなかったっけ?」
──言ってない、言ってない!
ぜぇーったいに言ってないだろ、日向!
「なにも聞いてないよ。なんなのよ日向?」
「あっ、そうだったっけ。私と祐也君、付き合ってるよ」
日向は至ってあっけらかんと。『それが何か?』的なノリで重大なる事実を突然カミングアウトした。日向のこのイタズラ心には誠に感心する。
「えっ……? ごめん日向。私、耳の調子がおかしいみたい。まるで日向が秋月と付き合ってるように聞こえたんだけど」
「大丈夫よ、千夏。私、そう言ったもの」
「あ、そうなの? 良かった。私の耳がおかしくなった訳じゃないんだね」
高城はそう言ったきり、呆然とした顔のままで固まってしまった。目がうつろだ。何が起きているのか、理解の範囲外にあるみたいだ。
「嘘だろー マジかーっ!? 祐也と春野さんが付き合ってるー!?」
ひと呼吸置いて、代わりに雅彦が急に素っ頓狂な声を上げた。雅彦はようやく事態が飲み込めた感じだ。
実習室の中は、「なんだなんだ?」とざわめき立つ。
俺もできるだけ何げない感じで雅彦に答えた。
「ああ。まあな」
「い……いつから?」
「正式には……一週間前だな、うん」
雅彦と俺のやり取りをぼんやり眺めていた高城が、我に返って日向に質問をした。
「日向。それって冗談よね? 私をからかってるよね?」
「ううん。ホントだよ」
「ほ、ホントに……ホントなのっ!?」
「うん、ホント」
日向は終始ニコニコしながら、楽しそうに高城の質問に答えている。
「えっ……? ええっ……? えええーっ!? そんなの日向のお母さんが知ったら、大反対されるよっ!」
高城は青ざめている。そう言えば高城は日向のお母さんと会ったことがあると、日向は言ってたっけ。
「うん、大丈夫だよ。もうお母さんには祐也君に会ってもらって、認めてくれたから」
「そうなのーっ?」
「うん」
「秋月って、あのお母さんが認めるような人なの!?」
「うん。そうみたい」
さらに信じられないといった顔つきで、高城はわなわなと唇を震わせながら俺の顔を見た。俺はどうすればいいのかわからなくて、とりあえずニコッと笑顔を返す。
「あ……いや……そ、それは良かったね、秋月」
高城は、もう何がなんだかわからなくなってるに違いない。引きつった顔のまま、とりあえず祝福してくれた。
「お、おう。ありがとう」
その時突然、周りが騒がしくなった。
「二人が付き合ってるって、やっぱりホントの話なのーっ?」
「今の話を聞いたら、ホントなんだよな!」
今まで周りのみんなは、本当の話なのかどうか、固唾を飲んで高城と俺たちのやり取りを見守っていたようだ。
俺たちの周りに、またわらわらと人が集まってきた。
「日向~っ! その話、マジ!?」
「うん、マジ」
「日向~! おめでとーっ!」
「うん、ありがとう」
日向は一人ひとりに律儀に答えている。こんなところが日向が誠実で優しくて、とても良いところだよな。
「おい秋月! マジかよ!」
「おう、マジだ」
「すげーな、秋月!」
「おお、ありがとう」
俺も日向を見習って、ちゃんと答えた。
日向と仲良くしたら、クラスの男子達に嫉妬で殺されるかもと心配していたけど、そんなことはなかった。みんな温かく祝福してくれている。
これはきっと、日向が凄すぎるばかりに、嫉妬するとかを超えているのだろうという気がする。
「秋月……ホントに日向ちゃんと付き合ってるの?」
珍しく俺に声を掛ける女子の声がしたから、振り返ってみて驚いた。それは佐倉だった。
「あ……ああ。そうだね。俺も信じられないけど」
「そっかぁ……お幸せにね」
佐倉は少し引きつって笑いながら、自分のグループの方に去って行く。立ち去り際に「うーん、残念……」という呟きが聞こえた。
──残念? そっか。佐倉は今回は違うグループだし、俺の料理を食べられないことを残念がってくれてるんだよな……?
「はい、はい、はーい、みなさーん! 調理が終わったグループは、試食と片づけをしなさいよーっ!」
先生がそう言いながら各グループの調理台を見て回るので、みんなは仕方なく実習に戻る。そのおかげでお祭り騒ぎのような実習室は、少し落ち着きを取り戻した。
そんなこんなで、日向の企てたサプライズ公表が大成功を収めた調理実習は、無事に終了したのだった。
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