第77話:春野日向は絶賛される(勘違いだけど)
「さあ、食べましょう!」
日向が嬉しそうな声をみんなに掛けて、みんなが席に座った。
──さぁ、食うぞ!
と思ったら、後ろから女子の大きな声が響いた。
「なにコレー! すっごーい! めちゃくちゃ美味しそうじゃん! 日向、やっぱりすごいねぇー!!」
振り向くとその女子は、目を丸くして大絶賛している。その子の声に、実習室のあちこちから人がわらわらと寄ってくる。
「ねぇー見て見てー! 凄いでしょー!」
「ホントだ! 同じ材料でも、作る人によってはこんなになるんだねー」
「見た目もお洒落だしホント美味しそう! さすが日向っ!」
女子達が騒ぎ始めると、男子も寄ってきて口々に声を出す。
「なんじゃ、ありゃ!? 一流シェフのお仕事かよっ!?」
「うわすっげぇ! やっぱ春野さん、すっげぇよ!」
「ああ……春野さんと同じグループになりたかったぁ! 神は俺を見放した!」
──なんだか大げさなヤツもいるな。
「あの……みんな……これは私が作ったんじゃなくて、ほとんど秋月君が作ったの」
日向の言葉に「ええっ? 嘘でしょ」という声がどっと沸き上がる。日向の冗談だと思って、あちらこちらから笑い声も起きた。
「いや、ホントだよ……」
横から高城がそう呟いたものだから、一同からはまたドッと「マジかー!?」というような歓声が沸き上がった。
「ホントなの、秋月?」
その声に振り向くと、前回の調理実習で同じグループだったショートカットの女の子、
「えっ? ああ、まあね」
「そっかぁ。秋月、あれから料理を一生懸命練習したんだねー!」
佐倉は少し勘違いしているようだけど、説明するのも面倒だから「そうだね」と答えた。
「凄いよ秋月! 才能あるよ!」
そう言って佐倉が握手を求めてきたから、手を伸ばして握手に応えた。佐倉はなんだかキラキラした目で俺を見ている。
「はいはい、あなた達! そろそろ自分のグループに戻って! まだ作業の途中でしょ!」
突然先生の声が響いて、クラスメイト達は蜘蛛の子を散らすように自分達の調理台へと戻って行く。先生は俺たちの調理台を覗き込んで、「へぇーっ!」と感嘆の声を上げた。
「みんなが騒ぐのもわかるわね。長年家庭科教師をしてるけど、こんなの初めてよ! まさにプロ並みね」
「あ、ありがとうございます」
先生があまりに絶賛してくれるから嬉しくて照れ臭い気持ちと、まあ俺も一応料理講師だからこれくらいはなぁ……という気持ちが複雑に交差する。
「ちょっと味見していい?」
「どうぞ」
先生はミートソースとスパゲティを少量口に入れて、ゆっくりと口を動かして味を確かめている。
「うん! 味付けも歯応えもソースの舌触りも完璧ね!」
「ありがとうございます」
「ん……ちょっと待って。このミートソース、すごくコクがあるけど……秋月君、あなた何か裏技使った?」
「あ、いや……裏技ってほどじゃないけど、挽き肉を炒める時に、ほんのり焦げ目がつくように意識しました」
「へぇ、なるほど。だから少し香ばしくてコクが出てるのね。ものすごく美味しい!」
先生の言葉を聞いて、高城や佐藤、雅彦の三人はゴクリと唾を飲み込んだ。そして競い合うようにしてスパゲティにフォークを伸ばす。
「ホント! コクがあってめちゃくちゃ美味しい!」
高城が驚いた声を上げると、佐藤さんは「美味しくて幸せ~」とため息をつく。
「うっわ! すっげぇうめぇ! 祐也、お前凄いよ!」
雅彦は口いっぱいにスパゲティを頬張って、絶賛してくれた。
「雅彦。俺が作った豚の餌。お前の口に合って嬉しいよ」
「ああーっ、祐也。悪かったよ! もちろんあれは冗談だよ!」
「あはは、わかってるって」
──いや、なんか……
めちゃくちゃ楽しい雰囲気で良かった。
「じゃあ祐也君、私たちも食べましょうよ」
隣に座る日向も、とても嬉しそうに笑顔を浮かべている。
そしてさっとウィンクをしてくれた。
『さっすが、祐也くんっ!』っていう日向の心の声が聞こえそうな感じ。
先生に褒められるよりも、やっぱこっちの方が嬉しいな、あはは。
そして俺も日向にウィンクを返した。二人の心が通じ合ってる感じがなんとも心地いい。
「おう。そうだな。食べよう」
日向はミートスパゲティを頬張ると、いつものように目をキュッと閉じて、「美味しい~!」と声を出した。
日向のこの『美味しい顔』を見ると、俺も本当に幸せな気分になる。
「ところで日向……」
「ん? なに?」
ひと通り食べ終えたところで、向かい側の席から高城が日向に声をかけた。
「あんた達……いったいどういう関係?」
──とうとう来たか。
そりゃ俺と日向が名前で呼び合って、息ぴったりで調理をしていたんだ。誰だって不思議に思うよなぁ。
俺はそう思いながら、隣に座る日向がどう答えるのかを息を飲んで待った。
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