第76話:春野日向は采配をする★

 整えた俺の髪型は思いのほか好評のようだけど、高城は真顔でジーっと俺を見つめている。


「あの……変かな?」


 俺が尋ねると、急に我に返ったのか、高城は焦った顔になった。


「あ、いや……別に変じゃないよ。ま、まあ……いいんじゃない?」


 何か難癖を付けられるのかとドキドキしたけれど、そうではなさそうでホッとした。

 いったいなぜ、じーっと見られてたのかはよくわからないけど。


「じゃあ、そろそろ始めましょうか。時間も過ぎてるし」


 調理台の向こう側から日向が手招きをしながらそう言うので、俺は日向の隣に移動した。

 周りの他のグループを見回すと、みんなは既に作業が結構進んでいる。


 日向の隣に立って、目の前の調理台に置かれた食材を見渡した。そして『さあ、どうする?』という視線を日向に向けた。


「えっと……まずはミートソースから作りましょう」

「そうだね」

「じゃあ秋月君。私はひき肉とトマトソースを準備するから、玉ねぎと人参のみじん切りをしてくれる?」

「あ、うん。了解」


 俺が玉ねぎと人参を取り出して、みじん切りの準備をし始めると、スープ作りの下ごしらえ作業をしていた高城が顔を上げた。明らかに怪訝な顔をしている。


「ちょっと日向。みじん切りなんて秋月にさせたらダメだよ。ただでさえウチのグループは遅れてるから手早くやらないといけないんだから。秋月がみじん切りなんかしたら、放課後までかかっちゃう」


 ──いや、さすがにそんなに時間はかかりませんけど?


 例えド素人であっても、みじん切りに何時間もかかるやつなんていないから!

 ……と心の中で高城にツッコミを入れておいた。


「それに何より、細かく綺麗に切らないと美味しくならないでしょ。せっかく日向の作った料理が不味いなんてなっちゃったら困るでしょ?」

「いいから千夏。役割分担は私に任せるって言ったでしょ?」

「そうだけど……いくらなんでもそれは……」


 高城がああだこうだ言っている間に、玉ねぎの皮を剥いてまな板の上に置いた。そして包丁を握りしめる。


「大丈夫だって千夏」

「何を言ってんのよ日向。大丈夫なはずが……」


 俺は玉ねぎのみじん切りを始めた。ストトトトトトと、小気味の良い包丁音が鳴り響く。


「へっ……?」


 それを見た高城が、間抜けな声を漏らして動きが固まった。

 既に時間をロスしてるのだから、俺は気にせずに、どんどんみじん切りを進める。


「は……速い……それに、綺麗……」


 高城は何か信じられないものを見たような顔で、ポカンと口を開いている。

 雅彦と佐藤さんも手を止めて、唖然とした顔つきで立ちすくんでいる。


「よし、玉ねぎは終わり。次は人参もみじん切りだな」


 隣では日向が挽き肉の準備を終え、深めのフライパンを温めて、オリーブオイルを引いてくれている。

 俺はあっという間に人参も切り終えて、ソース材料の野菜を日向に渡した。日向はそれをフライパンに投入する。


「日向はしばらくフライパンを見ててくれ。俺は付け合わせの野菜を下ごしらえする」

「うん、わかった。ミートソースの最後の仕上げは、祐也君にお願いするね」

「おう、任せとけ」


 日向も俺も、調理に集中し出すと料理教室でのモードになってしまうのだろうか。二人とも知らず知らずのうちに、話し方がいつものようになっていた。


 それにしても、日向とこうやって並んで料理をするのはすこぶる楽しい。日向も嬉しそうで、嬉々として作業をしている。

 他の三人は、あまりに訳がわからないのだろう。三人とも、頭の上にはてなマークが飛び交っているような呆然とした表情のまま、まったく動かない。


「ほら、千夏。スープを作らなきゃ」

「えっ……? あ、ああ、そうだね。間に合わなくなるね」


 日向に促されて我に返った高城は、とっても何か言いたげだ。だけどとにかく作業をしないといけないと思ったのか、雅彦と佐藤に声をかけて、調理の続きをやり始めた。



 それから俺と日向はテキパキとミートソースを仕上げ、付け合わせの茹で野菜を作り、スパゲティを茹でた。


「祐也君。スパゲティはこんなもんでいいかな?」

「うん、ちょっと待って」


 俺は茹でている最中のスパゲティを一本、すくい上げた。端を指で割り、断面を目と指と、そして歯触りで確認する。

 針の先ほどの芯が残っている状態で、程よくアルデンテに仕上がっている。アルデンテというのは麺に少し芯が残り、コシがあって美味しいといわれている固さだ。


「うん、これでいいよ日向。バッチリだ」

「了解っ! ありがとう祐也君」


 これで後は盛り付ければ完了だ。他のグループを見ると、みんなまだまだ手間取りながら調理を続けている。


 10分のロスタイムは充分取り返せたようで、余裕を持って完成できる。

 日向も本当に料理が上手になったよな。手間取ることなくスムーズに作業をしている。それがなんだか自分のことのように嬉しい。


「じゃあ盛り付けは祐也君、お願いね」

「おう。わかった」


 スパゲティは普通に広げて皿に入れるのではなく、中央に寄せてこんもりと山のように盛る。ソースはその山頂に三分の一くらい掛けて、残りは山の裾をぐるっと取り囲むように入れる。


 付け合わせ野菜は短冊に切って面取りをした人参と、細く切ったピーマン。

 これらを麺から少し離して、白いお皿とのコントラストが映えるように、幾何学模様のように綺麗に並べる。


「よし、できた! 日向。配膳してくれ」

「うん、わかった! 任せて、祐也君!」


 日向は他の三人の前に、完成したパスタのお皿を配る。俺は自分と日向の分を自分達の目の前に置いた。


 三人は目を白黒させて、俺と日向が作ったパスタの皿を眺めている。


「す……凄い……美味しそう」

「ほ、ホントね……お洒落……」


 高城と佐藤さんはお皿を見つめて、「はぁーっ」とため息をついた。

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