第74話:春野日向は企てる
夏休みが明けた。
二学期初日の朝、登校すると雅彦が一番に声をかけてきた。
「おはよー! 久しぶりだなぁ祐也! 会いたかったぜぇー」
「おう雅彦。俺も会いたかったよ。……にしても焼けてるな」
雅彦の顔は真っ黒けだ。ニヤッと笑うと歯だけが白く浮いて見える。
「おうよ。アマンとプール3回に家族で海にも行ったぜー 祐也は……あんま焼けてないな」
「ああ。家族で一回海行っただけだ」
雅彦のヤツ、相変わらずのリア充っぷりで、高校生活を満喫してやがる……
──と考えた瞬間、心の中に『お前だってリア充だろ』と言う反論が聞こえた。もちろん反論したのは俺自身の心なんだけど。
そうだった。俺も……
「どうした祐也。楽しそうな顔して」
いかんいかん。知らず知らずのうちにニヤけていたみたいだ。ごまかさなきゃ。
「あ、いや。夏休み明けって、みんな楽しそうでいいなぁって思ってさ」
教室のあちこちで、「久しぶりー」とか「焼けたねー」とか、楽しそうな声が上がっている。
雅彦はぐるっと教室中を見回した。
「まあ確かにそうだよな」
俺も教室を見回すと、いつもどおり女友達に囲まれる日向が目に入った。日向はいつも輪の中心にいるけど、どちらかと言うと聞き役で、穏やかに笑っていることが多い。
けれども今日の日向は、物凄く楽しそうにニッコニコしている。いつも以上の満面の笑顔だ。その日向が、一瞬──ほんの一瞬だけ──横目でチラッと俺に視線を向けた。
たぶん他の誰も……隣で同じ方向を見ている雅彦でさえも、絶対に気づかないであろう微妙な動きだった。
だけど俺には、日向が『祐也君、おはよー!』と言ってるのがわかる。俺も心の中で『おはよう、日向』と返した。
日向とはそれ以上何も無いのだけれども、二人の間には明らかに変化した何かがある。
──そんなふうに感じた。
二日後には調理実習がある。日向が企てる、俺たちの関係のサプライズ公表。そのことを考えると、楽しみではあるけどドキドキが止まらなくなる。
そしてあっという間に二日が経ち──その日はやってきた。
◆◇◆◇◆
調理実習は前回同様3、4限目を使って行われる。2限目が終わると、調理実習室にみんなで大移動だ。
「祐也、行こうぜ」
「あ、俺、用事があるから先に行くよ」
「あっ、そうなのか?」
俺はそう言って先に教室を出た。向かう先は調理実習室なのだけれども、その近くのトイレに行くつもりだ。
──日向のプランはこうだ。
調理実習が始まる前に、俺はちゃんと髪型を整えてみんなを驚かせる。そして調理実習ではもちろん本気で料理の腕を見せる。
調理が済んで試食が始まったら、日向は俺のグループにやって来て料理の出来栄えを褒める。
そのセリフは『祐也君、凄く美味しそう!』だ。
もちろんクラスメイトは、俺を下の名前呼びする日向に驚く。そこで日向は『実は私たち付き合ってるんだ』と高城千夏に小声で言う。
すると高城のことだ。驚いて大声でそれを叫んでクラス中に広がる。
──うーん、なかなか大胆な計画だ。
でもそんなに難しいことはない。
唯一難しいのは、日向がちゃんと照れずに、高城に俺たち二人が付き合ってることを言えるかどうか。日向はとてもワクワクした感じでこのプランを語ってたから、たぶんそれも問題ないだろう。
そんなことを考えながら早足で歩いていたら、すぐに調理実習室がある校舎に着いた。廊下の向こうの方に調理実習室があるが、すぐ手前のトイレに目を向ける。
この中の洗面台で髪型を整えてこようと、制服ズボンのポケットに入れた整髪剤を握りしめた。その時、調理実習室の扉が開いて、中から家庭科の担当女性教諭が出てきた。
「あっ、秋月! いい所に来た。ちょっと手伝ってちょうだい」
「えっ……何を?」
「私ったら、実習の説明プリントを職員室に忘れて来たのよ。私の机の上に人数分のプリントがあるから、それ取ってきて」
「あ、いや、俺は……」
──今から髪を整えてないといけないんだよ。邪魔しないでくれ。
「早く! 授業が始まっちゃうから、大急ぎで取って来て! 駆け足でね!」
──え? いや、そんな無茶な!
と思ったけど、仕方がない。俺は職員室に向かって走り出した。
職員室からプリントを取って、大急ぎで走って戻る。プリントを見ると今日の実習メニューはパスタだ。ミートソーススパゲティ。付け合わせの茹で野菜もある。それとコンソメスープ。
まあ基本的なメニューだから問題はないけど、料理上手に見せるにはやっぱり見栄えの工夫だな…… ミートスパゲティなら料理教室でやったことがあるし、日向も問題ないだろう。
調理実習室の所まで戻って来て、髪型を整えるのはどうしようかと思い、トイレの入り口を見る。
俺がきちんと髪型を整えた姿をするのを、日向はとても楽しみにしていた。ちょっとくらい先生を待たせてもいいか。
そう思ってトイレに足を向けようとした瞬間、調理実習室の扉から教師が顔を覗かせた。
「あっ、秋月待ってたよ! 早く早く!」
早く来いって激しく手招きしている。
──ああ、くそっ。仕方ない。
結局髪型を整えられないまま、調理実習室に入るしかなかった。
プリントを持って実習室に入ると、もう既にクラスのみんなはエプロンを着けて、グループごとに各調理台に分かれている。
ふと前のホワイトボードに目を向けると、グループ分けの出席番号が、各調理台ごとに書いてあるのが目に入った。
それによると、なんと……
俺と日向は同じグループになっていた。
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