第59話:春野日向は餃子を絶賛する

「はい、どうぞ、次の方~」


 ようやく自分達の順番が来て、店員さんに呼び入れられた。店内はいくつかのテーブルと、カウンター席になっている。

 

 俺たちはカウンターに座るように言われ、日向と並んで着席する。

 ここは餃子専門店なので、焼き餃子の他に水餃子、スープ餃子、揚げ餃子など、ほとんどのメニューが餃子ばかりだ。


 俺たちは焼き餃子と水餃子を数人前ずつ注文した。焼き上がるのを待つ間に、テーブル上の秘伝の味噌ダレとお酢、醤油を混ぜてタレを作る。テーブルの上には、ポップのようなタレの作り方の説明書きが置いてあって面白い。


 しばらくして、餃子のお皿が次々に目の前のカウンターに運ばれてくる。


「うわー 美味しそう! いただきまーす」


 日向はいつものようにきちんと手を合わせてから、焼き餃子に箸をつける。ちょんちょんと味噌ダレを付けて、かぷりと餃子にかぶりついた。


「んーっ! なにこれー? 美味しい! お肉の味がしっかりしてるし、味噌ダレも濃厚で美味しい!」


 日向はこれまたいつものように目をギュッと閉じて、幸せ溢れる美味しい顔をした。日向のこの顔を見ると、なんだかこっちまで幸せな気分になる。


「な。そうだろ?」


 そう言って、俺も焼き餃子をひと口頬張った。コクがあって肉々しい味わいが、じゅわっと口の中に広がる。味噌ダレの芳醇な風味も相変わらず美味しい。


「うん、旨い!」

「ねー! 美味しいね」


 女の子と餃子はいかがなものかと思ったけど、ニコニコする日向を見て、ここに来て良かったと思った。


 一緒に居て楽しい女の子と旨い物を食べる。それって幸せなことなんだなぁ……

 日向の横顔を見ていると、ほんわかとした気分になる。


 ──あ、いや。ちょっと待て。

 日向に対してこんな気持ちを持っちゃダメだよな。


 俺は──どんどん日向を好きになっていってる気がする。

 だけどやっぱり俺と、学園のアイドルである日向は不釣り合いだ。

 俺と日向が付き合う日なんてのはやって来ない。だからあんまり真剣に日向を好きになっちゃダメなんだよ。


 そう考えて、俺は頭をブルブルと左右に振って、幸せな気分を頭から追い出した。


「どうしたの祐也君? 体調悪いの?」

「……あ、いや、大丈夫。餃子があまりに旨くて、衝撃を受けてた」

「あっ、そうなの? わかるよっ! これは衝撃的な美味しさだよね!」


 日向はニコッと笑った。その笑顔に、また少しほんわかした気持ちが蘇る。


 まあ深く考えるのはやめておこう。せっかく日向と一緒にK市まで来てるんだ。美味しいものを楽しむとするか。


 そう思い直して、今はとにかく目の前のことを楽しむことにした。




***


「あー美味しかったね!」

「おう。旨かったな!」

「いいお店に連れてきてくれてありがとう!」


 餃子専門店を出て、店で貰ったガムを噛みながら、お互いに笑顔を見合わせた。


「さて、これからどうしようか……」

「そうね……私は今日は、夕飯は家で食べるって言って出かけてきたから、6時くらいには家に帰らないと……」

「ああ、そっか」

「朝早く家を出てきたし、あんまり遅く帰ると、お母さんにどこに行ってたのかってしつこく訊かれそうだから……ごめんね、ゆっくりできなくて」

「いやいや。充分ゆっくりできているよ」

「うん。でもまだ3時間くらいは遊べるね。今からどうする?」

「えーっと……」


 どうするって言われても……今日の予定として考えていたコーヒー博物館と昼メシの中華街は既に終わったし、この後のことなんて何も考えていなかった。


 どうしたらいいんだ? 男同士だったらゲーセンとかカラオケ行こうぜってなるんだけど、女の子と一緒に行くところなんて思い浮かばない。


 ──いや、ホントは港で海を見るとか、K市観光の大定番、異人館に行くとか……思い浮かぶ所はある。

 だけれど、そんないかにもデートコースのような所に日向を誘うのはちょっと気が引ける。俺が日向とデートをしたがってるって──がっついてるって思われそうだもんな。


「ど……どうしようか? 日向はどこか行きたいところはある?」

「じゃあね、じゃあね……異人館街に行ってみたい!」

「い、異人館街!?」


 予想外の提案で、思わず声が裏返ってしまった。さすがに日向は訝しげな表情をしている。


「あれ? 祐也君、異人館はキライ?」

「あ、いや……」


 異人館に特に興味があるわけではないけれど、もちろん嫌いというわけでもない。

 異人館はあまりにお洒落スポット過ぎて、女の子と二人で行くなんてどう考えてもデートコースだ。そんなところに日向が一緒に行こうなんて、まさか言うとは思ってもみなかったから驚いた。

 もしかして……俺とデートをしたいってことか?


 ──いや、待て。


 デートコースみたいだと思うのは、単に俺がそう思うだけだ。きっと女の子にとっては、あんなお洒落な街に行ってみたいというのが普通なのだろう。


「日向は異人館が好きなのか?」

「好きって言うか、行ったことがないのよね。有名だし、一度行ってみたいんだ」


 ──あ、やっぱり。

 有名でお洒落な観光地に行ってみたい。ただそれだけだったのだ。

 俺は自分が早合点したことに、少し恥ずかしくなった。


「俺もちゃんと行ったことがないし、いいよ。じゃあ行こうか」

「やった! 行こう!」

「よし」


 異人館街観光に行くことになって、二人でその方向に向かって歩き出した。

 横を歩く日向が小声で何やらつぶやいた。よく聞き取れなかったけど「やった、祐也君と異人館だ……」って言ったようにも聞こえた。まあたぶん、聞き間違いなんだろうけども。

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