第45話:春野日向は話題にのぼる
翌日。学校で昼休みになって、いつもの通り雅彦が俺の机の所にやってきた。弁当箱を袋から出しながら、昨日の調理実習を思い出したのか、こんなことを訊いてきた。
「祐也のグループのハンバーグはどうだった? 美味かったか?」
「ああ、美味かったよ」
「いいなぁ。せっかく俺の好物だったのに……」
「ん? どうしたんだ?」
「メイン調理担当のヤツがハンバーグを焼きすぎて、苦くて激マズだったんだよ……」
雅彦は眉間に皺を寄せて、はぁーっと大きなため息をついている。よっぽど残念だったんだろう。
「そうか。残念だったな……」
「いいなぁ祐也は美味いハンバーグが食えて。誰が作ったんだ?」
「佐倉だよ。彼女、料理が得意みたいでさ。かなり美味しかったよ」
「へぇ、佐倉か。いいなぁ……」
雅彦がもう一度大きくため息をついた所に、突然横から女子の声が聞こえた。
「私がなんだって?」
「えっ……?」
俺と雅彦が同時に横を向くと、ショートヘアのボーイッシュな女の子が立っていた。佐倉はだたま、机の横を通りがかろうとしていたようだ。なんという偶然。
「おう、佐倉。祐也がお前のハンバーグを絶賛してたぜ」
「えっ? ホント?」
「ああ。また食いてぇってさ」
「おい雅彦。それは言ってないだろ」
「いいよ秋月。なんならまた作ってあげよっかぁー?」
佐倉がニコッと笑って楽しげにそう言うから、少し焦る。
「あ、いや、悪いからいいよ。めちゃくちゃ美味しかったのは間違いないけど……」
「遠慮しなくてもいいんだよぉ秋月……ははは」
そう言いながらも、佐倉のまた作るって言葉はやっぱり冗談だったようで、笑いながら立ち去ってくれたからホッとした。
「なんだよ祐也。佐倉となんかいい感じじゃないか」
「おい雅彦。声がでかいって。そんなことないんだから……」
小声で雅彦に注意しながら、焦って日向の姿を目で追った。
彼女は友達に囲まれて雑談に夢中で、今のやり取りは聞かれていなかったようだ。聞かれなくて良かった……
──え? 良かった? 何が?
俺はなんで、今の会話を日向に聞かれたくないんだ?
佐倉の料理を俺が美味しかったと言ったことか?
そんなことを言うと日向が気分を悪くするから?
──いや、日向はそんな心の狭いヤツじゃない。
「おい祐也。何をボーッと見てるんだよ?」
「あ、いや……別に……」
「あれっ? お前、また春野を見てたのか?」
今度は雅彦は小声で話しているから日向に聞かれる心配はないけれども、俺が日向に気が向いていたのを雅彦に悟られるのはマズい。
「違うよ。お前が訳のわからないことを言うから、わざとそっぽ向いてただけだ」
「ふーん……まあ祐也が誰を見ようと勝手だけどさ。春野は高嶺の花過ぎる。俺だって春野とは緊張して、なかなか話しにくいんだ」
「えっ? まさか……雅彦が?」
コイツは彼女もいるし、女子とも普通に話しているから、その言葉はにわかには信じられない。
「ああ。やっぱりアイドルというか、美人過ぎて出てるオーラが違うからなぁ」
いや、待て。じゃあなんで俺は、最初から日向とそこそこ話せたんだろ?
思い当たることと言えば……料理教室で会ったから、講師としての立場で話ができたこと。
それに俺は日向に対して、はなから憧れとかいう感情を持っていなかったことくらいか。
あまりに世界が違いすぎて、自分が良く見られたいとか、全然思っていなかったもんなぁ……
雅彦は、はぁっとため息を一つ吐いて、話を続ける。
「それに春野にはいつも高城がくっついてて、近づく男子を追い払うような素振りをするからなぁ」
「ああ、そうだな」
高城はなぜか、日向に近づこうとする男子がいると遠ざけようとする。まるでアイドルの身辺を守ろうとするマネージャーみたいだ。
俺も以前、偶然日向にぶつかっただけで、日向に触ろうとしただろなんて怒られたし。
「つまり祐也。お前が話すらできない、そんな高嶺の花に憧れるのはやめとけ」
──いや、あの……日向と話ぐらいなら、既に山ほどしてるんですけど……
なんてことが頭に浮かんだけれど、もちろん雅彦には言えない。それどころかお互いに名前呼びをしていることなんて、口が裂けても言えない。殺されてしまいそうだ。
「だから憧れてなんかないって」
「それならいいけどな」
何がいいんだかよくわからないけれど、俺は「そうだよ」と答えておいた。
「だけどやっぱり春野って、料理もめっちゃ上手なんだなぁ」
「えっ、そうなのか?」
自分でも笑いそうになる白々しいリアクションをしてしまった。
「なんだ。見てなかったのか? 調理実習で春野が作った料理、超絶旨そうだったぜ!」
「へぇー……」
またもや白々しく、知らないふりをしてしまった。すると横から突然誰か男子の声が聞こえた。
「へぇ、春野さんってそんなに料理が上手なの?」
今日はなぜか雅彦との会話に他人がよく絡んでくる日だ……
なんて思いながら声の主を見上げた。
俺たちの席の横に立っていたのは、サラブレッドの異名を持つクラスメイト、
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