第46話:小宮山純一郎は日向に声かける

「へぇ、春野さんってそんなに料理が上手なの?」


 俺と雅彦が昨日の調理実習での日向の料理について話をしていたら、突然横から男子が声をかけてきた。



「おう、小宮山。そういやお前、昨日休んでたな。風邪だっけ?」

「ああ。調理実習があるから、みんなにうつしちゃいけないってことで大事をとって休んだけど、もう大丈夫だ」

「そっか。さっきの話だけど、春野の料理は見た目がめちゃくちゃ旨そうだったぞ。クラスの中でもダントツだ。俺は食ってないけど」

「へぇー やっぱ春野さんって凄いねぇ。なんでもできるんだなぁ」


 そう言う小宮山は日向と成績トップを争う秀才で、背が高く切れ長の目をした知性派イケメン。

 父はなんでも国会議員らしくて、彼も将来は政治家を目指していると聞いたことがある。彼がサラブレッドと呼ばれる所以ゆえんだ。


 間違いなく学校イチのハイスペック男子で、当然のごとく女子からめちゃくちゃ人気がある。

 だけどそれを鼻にかけることはなく、気さくで誰とも親しく話をするナイスガイなヤツだったりする。

 つまり、俺とは対極の存在とも言えるだろう。


 小宮山は雅彦とそれだけ言葉を交わすと、すぐに立ち去っていった。


 ──と思ったら、なんと友達数人と一緒に雑談をしている日向の席まで歩いて、日向に声をかけた。


「春野さんの料理、昨日見れなくて残念だったよ。めちゃくちゃ上手なんだって?」


 日向と、その横に座ってる高城が、急に何事かと声の主を振り返った。

 きっと高城は『日向に気軽に話しかけるな』とか言い出すと思って、ひやっとする。


「ああ、小宮山君。そうだよー 日向、めちゃくちゃ料理が上手なんだ!」


 ところが。

 なんと。

 意外にも高城は、ニコニコして小宮山に答えている。


「そうだ、日向。今度小宮山君に、手料理を披露したら?」

「えっ……?」


 日向が驚いて、焦った顔をしている。


「ちょっと千夏……なんてことを言うのよ? そんなレベルじゃないんだから、やめてよ」

「高城さん。春野さんが困ってるみたいだから退散するよ。春野さんの料理があまりに絶賛されてたから、凄いねってひとこと言いたかっただけだから」


 それだけ言うと小宮山は爽やかな笑顔でさっと片手を挙げて、どこに行くのか、颯爽と教室の外に去っていった。

 その時たまたますぐ近くに立っていた別の男子が、日向と高城に向かって話しかけた。


「じゃあ春野さん、代わりに僕に手料理作ってよ」

「えっ? あ……いや……」


 日向が口籠っている横から、高城が小宮山の時とは打って変わってつっけんどんな声で言い返す。


「はいはい。そんなことはできません。帰った帰った」

「ええーっ?」


 その男子は残念そうな顔をして、とぼとぼとした足取りで離れていく。


「高城のヤツ……選別してやがるな」


 雅彦が苦々しい顔をしている。


「ん? 選別? ……何を?」

「イケメンだからなのか、サラブレッドだからなのかわからないけど……小宮山がいい男だから拒否するどころか、春野と仲良くさせるようなことを言ったんだよ、たぶん」

「そんなバカな。小宮山は単に高城の好みの男なんじゃないのか?」

「ああ、それもあるかもな。だけど俺の勘では、今までも高城の行動は、春野が接する男を選別してるような気がするんだよなぁ……」

「そんな……高城にいったいなんの権利があって?」

「そんなの俺も知らんよ」


 雅彦が言うことは事実とは思えないが、さっきの高城はそうとも捉えられる態度ではあった。

 日向が誰と仲良くして誰と仲良くしないなんて、もちろん日向自身が決めることであって、他人がとやかく言うことではない。


 ──とは言うものの……

 確かに小宮山は超ハイスペック男子で、我が校で唯一日向とバランスが取れる男だという気はする。


 日向自身はどう思っているのだろうか。

 やっぱ付き合うならあんな男子だよね、なんて思ってるのかな……


 ……なんて思いながら日向を見たら、高城に対して「そういうことはやめて」とか文句を言ってるようだった。


「そんなことより祐也」

「ん? 何?」

「来週から中間テストだな。どうだ調子は?」


 雅彦の言葉に、急に現実に引き戻された。調理実習のことで頭がいっぱいで、テストのことなんてすっかり後回しにしていたけど、もう5月も下旬なんだからそんな時期だ。


「あ、まあ……ぼちぼちかな」

「そっか。祐也は一年の時はそこそこ成績良かったからなぁ……俺も二年では頑張ろうと思ってる」


 一年生の時の俺の成績は、200名余りが在籍する学年で30位台だった。雅彦が言うようにそこそこ良い方だとは思う。

 だけどそれはかなり試験勉強をがんばった上での話で、正直言って二年生では成績が落ちるのではと不安に思っている。


 一方の雅彦は下から数えた方が早い順位なので確かに頑張らなきゃいけない。けれども一年の時の雅彦はそんなことを言ったことがなかったのでちょっと意外だ。


「へぇ。雅彦にしては珍しいことを言うな」

「あ、いや……アマンがさ。いい加減ちゃんとやれってうるさいんだ」

「ああそうか。亜麻ちゃんはベスト10に入るような成績だもんな。ちゃんといい成績を取らないと、お前捨てられちゃうぞ、あはは」


 冗談で言ったつもりなのに、雅彦は「そうなんだよなぁ……」と深刻な顔をしている。

 ──おいおい、本当にヤバいのか?


「まあ雅彦。お互いにがんばろうな」

「ああ、そうだな」


 俺も……学年トップの日向に呆れられないように、そこそこは良い成績を取らなきゃいけないな……

 あの小宮山は2位で日向とトップを争っているんだし……


 ──あ、いや。小宮山は何の関係もない。


 なのに、ふと小宮山のことが頭に思い浮かぶなんて……

 俺は俺のベストを尽くすことが大切なんだ。


 そんなことを思いながら、雅彦とお互いに苦笑いを交わす俺たちであった。



◆◇◆◇◆


 それから一日置いて、次の土曜日、つまり俺が料理教室の講師をするはずの日がやってきた。

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