第43話:春野日向はからかう?★
「私ね。小さな頃からお母さんに、『人に弱みを見せちゃダメだ』『なんでもできる人間になりなさい』って、ずっと言われてきたんだ……」
驚いた。こちらから促す訳でもなく、日向は少し悲しげな表情で、そんなことを俺に話し始めた。
「お母さんは女手ひとつで私を育ててくれたんだけど、特に経済的な苦労とか色々あったから……私に苦労させないように、そんな教育をしたんだと思う」
「そうなんだ……」
俺はどう返事したらいいのかわからなくて、口籠ってしまった。
「だけどね。高校生になってからは、ホントにそれでいいのか考えることもよくあるんだ……」
何でも完璧に見える日向がそんな葛藤を抱えていたなんて。彼女の口ぶりから感じるに、それが重荷になっているように見える。
「あ、ごめんね。こんな暗い話をしちゃって」
「あ、いや……全然大丈夫だ」
俺はそれだけ答えて、ニコリと笑顔で返すのが精一杯だった。
「こんな話、誰にも……仲良しの千夏にもしたことないのに。なんか祐也君にだったら、話してもいいかと思っちゃった。ごめんね。迷惑でしょ?」
「いやいや、全然迷惑なんかじゃないよ。悩みがあるなら、いつでも言ってくれ。俺なんか何の役にも立たないけど……」
「ありがとう。あ、でもそんなに深刻に悩んでる訳じゃないよ! 重く捉えないでね」
日向の顔にはいつもの笑顔が戻っている。確かにそんなに深刻な悩みではないような感じではある。
だけど日向が俺にこんな個人的な話をしてくれたのは、少しは信頼されていると考えていいんだろうか……仲良しの高城にさえも話していないことだなんて言ってるし。
そう考えていたら、急に日向がギクリとすることを言ってきた。
「祐也君も料理が上手なのに、なぜそれを学校で隠してるの?」
確かにその疑問はわかる。『素の自分を出したらいい』なんて偉そうに言う俺が、素を出していないのだから。
「あ、えっと……」
日向が自分の事情を隠さず俺にだけ言ってくれたのだから、俺も言わないわけにはいかないよな。
「いや、日向の話に比べたら、全然大した理由じゃないんだけど……」
本当に大した理由じゃないから、言うのは少し恥ずかしい。
だけど日向は穏やかに微笑んで俺の言葉の続きを待っている。
だから仕方なく、俺は正直に話をした。
「小学生の時に友達と特技の話になって、俺が料理だって答えたんだ。そしたらみんなから『料理が得意だなんてお母さんみたいだ』って言われて……それからしばらく『お母さん』ってあだ名で呼ばれた」
「お……お母さん?」
「うん。子供心にそれが凄く嫌でさ。それ以来絶対に料理が得意だって言わないようにしてる。それどころか料理のことは、何にも知らないふりをするようになった」
「そうなんだ……でももう高校生なんだし、料理上手をカミングアウトしても大丈夫なんじゃないかな?」
俺のバカみたいな理由にも日向は呆れる様子も見せずに、真剣に答えてくれている。
「そうかなぁ……なんかいいカッコしてるって思われるのが嫌だし、料理なんて全然苦手って見せといた方が気楽なんだよ」
「もう小学生じゃないんだし、それは祐也君の考えすぎだと思うな。実際に料理が得意なんだし、もっと素の自分を出したらいいんじゃない?」
「あれ? さっき聞いたようなセリフ……だよな」
俺がそう言うと、日向は一瞬きょとんとしてから、プッと吹き出した。
「ホントだ。祐也君と私って、実は似た者同士ってことかな?」
「いやいや。日向は何でもできるようになるために頑張り屋さんだけど、俺なんか適当に楽したいからできないように見られたいって、真逆だよ」
「でも、ホントの自分を見せるのが苦手って、二人とも根っこは同じだと思う」
「あ……そ、そうかな……」
俺と日向が似た者同士なんて、そんな畏れ多いことは考えられない。やっぱり俺の性根は面倒臭がり屋で、日向は頑張り屋なんだし。
「祐也君が素の自分を学校で出すって言うなら、私もそうするようにがんばろうかな……」
「え? だって俺が素の自分を出すなんて、誰にもなんのメリットもないぞ」
「そんなことないよ。祐也君のカッコいいとこを、学校のみんなに見てもらいたいって気もする」
日向はニッと笑って俺を見ている。
俺のカッコいいところ?
そんな、元々無いものを見せるなんて無理でしょ。
これは……俺をからかって遊んでいるな。
「お……俺のカッコいいとこは無い」
「ええっ? あるよー! 料理するところとか、講師してるときのスタイルもカッコいいよ」
「え……? あ、いや……か、からかわないでくれよ」
「からかってなんかないよ」
日向は目を細めて「ふふっ」と笑みを漏らした。
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