第42話:春野日向は語り始める
日向は、ようやく料理の楽しさがわかってきたと言った。その言葉は俺にとっても何よりも嬉しい。
「じゃあ次回からも来てくれるのかな?」
「うん。祐也君と由美子先生がよければ」
「もちろんいいよ!」
日向が継続してここに来てくれるのが嬉しくて、思わず上ずった声でそう答えた。
本当は日向がここに通い続けることで、変な噂にならないかという懸念は残っているけれど、そんなことにならないように気をつけるしかない。
「それとね祐也君」
「ん?」
まだ何かあるのだろうか?
「ここの楽しい雰囲気が、私は好き」
「そ……そうか? いつもドタバタしてるけどな。特に由美子先生が」
日向は「ふふふ」と楽しそうに笑って話を続ける。
「由美子先生ってホントにいい人だよね。祐也君を信頼してて、とても大切に想ってるのがよくわかる」
「そうか? お節介焼きだし、俺は信頼されてないだろ?」
「そんなことない。凄く祐也君を信頼してる。それって……羨ましい」
羨ましい?
……そう言えばゴールデンウィーク前に親の話になった時に、日向が言葉を濁したことがあった。
もしかしたら日向は親とうまくいってないのかもしれない。
「そうかなぁ……信頼ねぇ……」
「うん。祐也君って信頼できる人だよ。私も凄く信頼してる」
──え? マジで?
ニッコリ笑ってそんなことを言う日向の笑顔を、俺は信じられない思いで見た。学園のアイドルで高嶺の花の日向が、俺をそんなふうに見てくれているなんて。
「あ、いや、ありがとう」
背中がむず痒くて、それ以上何を言ったらいいのか言葉を失って、俺は目の前のケーキを口に運ぶ。日向もそれを見て、思い出したようにまたケーキを食べ始めた。
ひと時の沈黙が流れて、やがて二人ともケーキを食べ終わった。
何か話さないと気まずいな……
だけど何を話したらいいのか話題が見つからない。
でも以前よりも日向との繋がりが強くなった感じがするし、肩肘張らずに話したいことを話せばいいのかなという気もする。
「あのさ日向……」
「なに?」
「日向って料理もちゃんと努力して、あっという間に上手くなったし、ホントに凄いよな」
「そんなことないよ……まだまだ頑張らなきゃ」
うわ。まだ頑張りが足りないと思っているのか……どこまでこの子は頑張り屋さんなんだ。やっぱすげえな日向は。
「でも日向ってホントに何をしても凄いよな……」
「そんなことないって……でも自分なりには頑張ってはいるけどね」
照れ笑いを浮かべた日向の口から出た言葉は、ちょっと意外だった。
自分が頑張っているなんて、ある意味素直な気持ちを口にするのは、少しは俺に心を開いてくれているんだなって気がした。
「そっか。でもあんまり無理すんなよ。今でも充分日向は凄いんだから」
「えっ……?」
「少しくらい苦手なものがあったって、日向の価値は少しも下がらないと思う。だからもっと素の自分を出したらいいんじゃないかな」
俺の言葉に、日向は急に表情を曇らせた。
──あ、しまった。
何となく日向が素直な気持ちを話してくれている雰囲気から、俺も今まで感じていたことをうっかりと素直に口にしてしまった。
今のはまるで、日向を批判するように聞こえたのかもしれない。これはマズい。日向は気分を害したんじゃないだろうか。
──そんな心配をしたのだけれど、日向の口から飛び出したのは、思いもよらないセリフだった。
「自分でもそう思うことはあるんだけど、なかなかそういう訳にはいかないんだよね……」
──えっ? いったいどういうこと?
日向は俺から外した視線を宙に向けて、悲しげな顔をしている。眉をしかめ、口をキュッと真一文字に結んだ物憂げな顔。
そう言えば。
こんな表情の日向を、前にどこかで見たことがある……
──あ。そうだ。
初めて彼女がウチの料理教室に来たあの日。
橋の上で夕陽をぼんやりと眺めていた日向は、確かこんな表情を浮かべていた。
「私ね。小さな頃からお母さんに、『人に弱みを見せちゃダメだ』『なんでもできる人間になりなさい』って、ずっと言われてきたんだ……」
こちらから促す訳でもなく、日向はそんなことを話し始めた。
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