第28話:春野日向はいつもどおり
◆◇◆◇◆
次の月曜日。学校生活のまた新たな一週間が始まった。
この前の料理教室で、日向と俺は友達だと認め合って、日向はその日を友達記念日などと名づけた。そしてお互いに下の名前で呼び合うことになった。
だからと言って学校では、互いに関わりのないふりをしながら過ごすことは、相変わらず何の変更もない。
だから特別何かが変わるわけではないのはわかっていたし、何かを期待することもなかった。
しかしそれでも朝登校して、教室に入って日向の姿を目にしたときには、ドキリと鼓動が高まった。
春野日向の席にはいつもどおり、女友達が周りに群がっていて、かしましく雑談に興じている。
俺は自席に向かって日向の近くを通る時に、つい彼女にチラッとだけ視線を向けてしまった。
けれども日向は俺にまったく注意を払うこともなく、友達と雑談を楽しんでいる。
そう。予定通りだ。
何の期待もしてはいなかった。
──とは言うものの。
ほんのちょっぴり寂しい気もする。
もちろん俺も周りに気づかれないように、その後は今までどおり日向とはまったく関わりがないように振舞って、学校での一日を過ごした。
それから数日の間、俺も日向も同じような態度で、お互いにまったく関わることもなく学校での日々を送った。
そして明日からはゴールデンウィークに突入するという金曜日を迎えた。
その日の昼休み、いつものように雅彦と二人で弁当を食べ終わり、席に座ったまま雑談をしている時のことだった。
雅彦が突然、目ん玉がひっくり返るくらいびっくりするようなことを言ってきた。
「あのさ祐也」
「なに?」
「前からさ。祐也に彼女を作れよって言ってるじゃん?」
「ああ。俺はそんな気はないけどな。それがどうした?」
雅彦はいったい何を言いたいのだろうか?
「でさ。前からアマンに、祐也に紹介できる女の子がいないか、頼んでたんだよ」
「はあ? なんで勝手に?」
「まあ、そう嫌な顔をするな。お前のことを思ってのことだ」
確かに雅彦は、面白半分でこんなことを言い出すヤツではない。それにいつも俺のことは本気で心配してくれている。だからこの言葉にも嘘はないだろうとは思う。
だからと言って、勝手に俺に紹介する女の子を探すなんてのはいただけない。俺が嫌だというのもあるが、それよりも俺なんかを紹介される女の子の方が気の毒だ。
女の子だって同じ紹介してもらうなら、イケメンで話し上手な男子を紹介してほしいよな。
「俺のことを思ってくれるのはありがたいけど、そんな女の子なんていないだろ」
「いや実はさ。アマンの同じクラスの女の子が、一度祐也に会ってもいいよって言ってるらしいんだ」
「はぁっ……? ま……マジか? それって雅彦。俺をからかってるんだよな? ドッキリカメラか?」
「ドッキリカメラ?」
雅彦はきょとんとしている。なかなかの役者だなコイツ。
「ああ。文化祭の出し物か何かで、今のうちから撮影を始めてるとか」
「いやぁ、そんなのないない」
「いや、きっとそうだろ。俺が会いに行ったら、相撲部の男子あたりが女装して待ってるってオチだろ」
「お前、なかなか面白い発想するな。よし、マジで文化祭で、それやってみようか!」
「ちょっと待て。……ってことは、その話はドッキリカメラじゃないってことか?」
「ああ違うよ」
うーむ。ドッキリカメラじゃないとしたら、いったい何の話なのか本当にわからない。
「なんで?」
「なんでって、だからお前に彼女ができるようにだなぁ……」
「いや、そうじゃなくて、なんでその子は俺なんかに会ってもいいって言ってるわけ? あり得ないだろ。単なる興味本位か?」
「興味本位かどうかはわからない。だけど俺こそ祐也に、なんでって聞きたいよ。なんであり得ないんだ?」
「だって俺なんて冴えないし、面白いことを言えるわけじゃないし、社交的じゃないし……」
「まあ祐也の見た目が冴えないのは認めよう」
そこは素直に認めるなよっ!
まあ俺が冴えないのは事実だし、俺の方から言ったことではある。
けれども自分で言うのはいいけれど、他人に言われると腹が立つ。人間なんて勝手なもんだ。
「だけど祐也。お前は真面目だし誠実だし、お前が実はめちゃくちゃ優しくていいヤツだってことも俺は知ってる」
「あ、いや……」
雅彦のヤツ、嬉しいこと言ってくれる。気心の知れた友達でも、そんなことを真顔で言われるのはめったにないから、照れて絶句してしまった。
「そのことは前からアマンに言ってあるし、それなら会いたいって言ってるんだってよ。だから単なる興味本位じゃないと思うぞ」
マジか?
だとすると俺もまんざらじゃないってことか?
それならば嬉しい。
いよいよこの俺にも春がやってくるのか。
──だけど。
嬉しいはずなのに、なぜか俺はまったく嬉しいという気持ちになれなかった。
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