第29話:水無雅彦は紹介したがる

 俺に会ってみたいと言う女の子がいる。雅彦の彼女である亜麻ちゃんと同じクラスの子らしい。

 それは嬉しいはずなのに、なぜか俺はまったく嬉しい気持ちになれなかった。付き合う女の子を紹介してもらうなんて気が乗らない。


「いや、俺はいいよ」

「まあそう言うなって。祐也がこの話をなかなか信じないのはわかるけど、アマンが『祐也君の見た目が好みだっていう女の子も、案外いると思うよ』って言ってたぞ」

「そ……そうなのか?」


 まさか。そんなことを言ってくれる女子が、この世に存在するなんてっ! いや、それは素直に嬉しいじゃないか。


 それは嬉しいんだけど。なぜだろう。その子を紹介してほしいという気分にならない。

 彼女を作りたいという気にならないんだ。なぜだかわからないけど。


「ああ。でも俺の方が圧倒的にイケメンだって、アマンは言ってたけどなー あはは」

「何があははだ。結局雅彦は、亜麻ちゃんとラブラブだって言いたいだけじゃないか」

「おう、それは否定しない。だけどお前に女の子を紹介したいってことは本当だ」

「雅彦が本気だってことはわかった。だけど俺は、やっぱ遠慮しとく」

「まあ待てよ、祐也。俺もまだそれが誰なのかは教えてもらってないんだけど、アマンいわく、めっちゃ可愛い子らしいんだ。このラッキーマンめっ!」


 めっちゃ可愛い?

 ううう……ちょっと会ってみたい気も起きてきた。


 ──あ、いやいや。


 自分が好きでもない女の子と付き合うなんて気は毛頭ないし、そんな気持ちでその子に会うのは失礼な話だ。


「いや、それでもいいよ。遠慮しとく」

「ええっ? なんで? もったいない……」


 雅彦は訝しげな目線を向けてきた。別に怒っているという感じではない。せっかくのいい話をなぜ俺が断わるのか、理解できないといった感じだ。


 俺だって自分で理解できてないんだから、雅彦が理解できないのも当然か。

 俺は別に、絶対に彼女なんて作りたくないってわけじゃない。可愛い女の子と言われると、心揺らぐものもある。


 そうなんだけと──


「なんでって……今はそんな気になれないからだよ」

「まさか祐也、お前……誰か好きな人がいるのか?」


 雅彦の『好きな人』という言葉を耳にした瞬間、なぜか日向の顔が思い浮かんだ。


 ──いやいやいや。なぜ日向の顔が思い浮かぶんだよ?


 確かにこの前、日向とは友達になった。だけどそれは男とか女とかではなくて、あくまでもただの友達だ。

 そして春野日向は多くの男子が憧れる、スーパー過ぎる美少女である。


 ──ということはつまり。


 春野日向は高嶺の花であり、芸能人みたいな存在なのだから、俺の恋愛対象に春野日向が入ることはない。


 人として好きかどうかと言われたら、もちろん俺は日向を好きだ。だけど雅彦の言う『好きな人』とは、恋愛のことを言っているのだから。


「いや、いないよ」

「なんだよ、今のは? ホントは好きな人がいるだろ? ヒューヒュー」


 雅彦のヤツ、なにがヒューヒューだよ。うーん、このままだとずっと追求されそうだな。ちょっと話を逸らせよう。


「えっと……ああ、ホントは好きな人ならいるな」

「やっぱりなぁー! 誰だよっ!?」


 雅彦は目をひん剥いている。今まで俺は、冗談でもそんなことを言ったことがない。だから驚くのも当たり前だ。


「それはお前だよ、雅彦。俺はお前が友達として大好きだ」

「はっ? そういう意味じゃねぇって! 恋とか愛とか、そういう意味での好きな人だよっ! おい祐也、お前わかってて言ってるだろっ!?」


 もちろんそんなことはわかって雅彦をからかっている。そして女の子を紹介するという話から、気を逸らせたいだけだ。



 しかし……実のところ、俺は恋とか愛とかいうものはよくわからない。なんとなくわかる気はするけど、俺は今まで本気で女の子を好きになったことがないからなぁ。


 だから恋とはどういうものなのかが、本当の意味ではわかっていないのかもしれない……と、時々不安になる。


「恋とか愛とか、そういう意味って言うけど雅彦。恋って、いったいなんなんだよ? 恋愛博士の雅彦なら、さぞかしよくわかってるんだろうなぁ」


 俺はわざとニヤッと笑って、雅彦にそう尋ねてみた。


「ふふふ祐也、そう来たか。なかなかいい質問だ!」


 俺はふざけて訊いたふりをして、結構真剣な気持ちで雅彦に訊いてみたのだった。


「ある辞書によるとだな。恋とは、『人を好きになって、会いたい、いつまでもそばにいたいと思う、満たされない気持ち』のことなんだって」

「おいおい、辞書の解説かよ! そんなんなら俺でもわかるさ」


 俺でもわかると偉そうに言ってはみたものの、辞書にはそう書いてあるんだと新鮮な驚きだ。


 なるほどなぁ。その解説は頭ではわかる。だけどそんな気持ちの実感は俺にはない。


「まあつまり、俺がアマンに思ってる気持ちも、アマンが俺に持っている気持ちも、それは恋だな。だって俺達は、いつもお互いに会いたいって思ってるんだから!」

「ああー、はいはい。ご馳走様。訊いた俺がバカだったよ」


 俺は肩をすくめて、わざと大げさに首を振った。


 ホントに雅彦ってやつは、バカだ。純粋で一途という名のバカだ。でもこんなに一途になれる相手がいるというのは、ある意味羨ましくもある。


 だけどやっぱり、今は女の子を紹介して欲しいという気持ちにはなれない。ホントに自分でもなぜだかわからないけれども。


 ここはやっぱり、はっきりと雅彦に断わりを入れておこう。そうじゃないと、俺の知らない間にその子との話を進められても困る。


「雅彦。女の子を紹介してくれるっていうのはありがたいお話だけど、今回は本当に遠慮しておくよ。今はそんな気になれないんだ。またいずれお願いするよ」

「あ……ああ。わかったよ」


 あまりに俺が真剣な顔で頑なに拒否するものだから、雅彦は何か言いたげなのを飲み込んで、女の子を紹介するという話をようやく引っ込めてくれた。


 うーむ、それにしても……

 恋ってやつをちゃんと理解するのは、案外面倒くさそうだなぁ……などと思ってしまう俺なのであった。

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