第15話:春野日向はイケてると答える
母が春野に、俺のことをまあまあイケてるんじゃないかなんて、恥ずかしくてたまらない質問を投げかけた。
「こらこらこら! 母さん、何を言い出すんだよ! 春野が答えにくい質問をするなよ!」
「母さんじゃなくて、由美子先生でしょ!」
「他の生徒さんは帰ったし、もうどうでもいいだろ?」
「良くないっ! 春野さんもいるし、由美子先生と呼べ! ──じゃなきゃ、小遣い減らすぞ!」
いったいなんのこだわりだよ?
よくわからない。
「わかったよ、由美子先生。春野を困らせるな」
「困ることないよ、春野さん。祐也がイケてないなら、正直に言ったらいいから」
「そんなこと言われても、正直に言えるヤツなんていないだろ!」
「ええーっ? 私なら正直に言えるけどなぁ」
「由美子先生は特別なんだよ! 同級生に対して、しかも母親が目の前にいる状況で、あなたはイケてないなんて言えるヤツなんて、由美子先生以外にはいない! どんだけ強心臓なんだよっ!?」
俺と母がアホみたいな掛け合いをしていると、横で春野がまた口を押さえて、プッと吹き出した。
「あの……秋月君。気を使ってくれてありがとう。でも大丈夫。秋月君はイケてるから」
「でしょーっ! アキラさんには負けるけど、祐也もまあまあでしょーっ!」
「はい」
母の言うことに、呆れるしかない。春野がこの場で本音を言う訳がないだろ。このバカ母め。ホントにバカバカしい。
「だから由美子先生。春野はそう答えるしかないだろ。なに喜んでるんだよバカ。あ、春野。ちなみにアキラさんって、うちの父親な」
「そうなんだ。秋月君ちって、お父さんとお母さん、ホントに仲がいいんだね。いいなぁ」
「ああ、まあな。バカだけど」
「こらっ、祐也! 誰が大バカ丸出しよ!」
「そこまで言っとらんわっ!? てか、バカ以外の何者でもないだろ?」
「で、春野さん。正式にウチの教室に申し込みをしてくれるかな?」
コイツ……急に真面目な顔で春野に話を振りやがった。
「こらこら、急に話題を変えるな!」
「急にって、元々この話題だったでしょ?」
「あ……まあそうだけど」
俺が返す言葉を失うと、母はにやりと勝ち誇ったような笑顔を浮かべた。
「だけど由美子先生。いくら商売だからって、俺の同級生を無理やり勧誘しないでくれよ」
「はぁっ? ちょっと待って祐也。私を見くびらないで。商売で言ってるんじゃないから」
「商売じゃないなら、なんなんだよ?」
「あんたの同級生から儲けようなんて、全然思っていないわ。ねえ春野さん……」
「は、はいっ!?」
「代金は取らない。タダでいいから、毎週一回ウチに通っておいでよ」
「えっ? タダって……なぜですか?」
「祐也が言うみたいにさ、春野さんに料理が嫌いにならないで欲しいのよ。──って言うか、好きになってもらいたい。そして得意になってもらいたいの」
「あ……」
春野はぽかんと口を開けたまま固まった。
それにしても──なんだかんだ言っても親子だ。母が俺とおんなじことを考えてくれてるなんて。
──っていうか、そう言えば料理の楽しさを教えてくれたのは母親だったな。おんなじ考えというのも当たり前か。
「まあ春野さんが、祐也と一緒にいるのが嫌なら、強制はしないけどね」
「だぁ、かぁ、らぁ、由美子先生! そんな答えにくい言い方をするなって!」
「いえ、大丈夫よ秋月君。ちゃんと答えられるから」
「えっ?」
「先生、そう言っていただいて、ありがとうございます。私、秋月君と一緒にいるの、全然嫌じゃないから、ここに通わせていただきます」
「そう。よかった。じゃあ再来週からよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
えっ? ……マジか?
ちゃんと答えられるなんて言うから、俺のことが嫌だってはっきり言われたらどうしようかと、思わずドキドキしてしまったけど……そうじゃなくて良かった。
だけど春野は本音では、ここに通うのは嫌だと思っているはずだ。
「春野、無理するな。無理して通わなくていいから」
「無理なんかしてないよ秋月君。先生の、私を思ってくれるお気持ちに感動したの。だからもっと料理を習いたい、もっと上手くなりたいって思った」
春野は静かに笑みを浮かべて、けれども真剣な眼差しで俺と母を交互に見ながらそう言った。本気の言葉だってことが、ひしひしと伝わってくる。
「それに先生と秋月君のやり取りを見てたら……凄く楽しくて、もっとここに居たいと思ったの」
「そうなのー? おほほー ありがとうね、春野さーん! あなた、何から何までホントに可愛いお嬢さんだわー あ、でも春野さんの親御さんの許可を取らなきゃね」
「ああ、それは大丈夫です。元はといえば、料理教室に通うように言い出したのは母ですから。それがいきなりは自信がないからって、私が体験教室に申し込んだんです。だから母は、私が毎週通うことにしたって言ったら喜びます」
「あっ、そうなのね。よかったわぁー」
ここにいて楽しい──か。
まあ確かに、母のキャラクターは明るくて、細かいことなんてどうでもいいと思わせる雰囲気を持っている。
だけど春野はこれからもここに通うことに、本当に抵抗はないのだろうか。
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