第3話
平日の昼下がり、精神クリニックでセラピーを受ける。
白い部屋の中、上手に黒いソファーと対になっている黒いチェアが対極に置かれているだけの簡素な部屋。
向かい合わせに先生と私が座る。
今回のセラピーは3回目。
このセラピーは心の奥にある子供の頃の自分を呼び起こしごめんなさいとありがとうを言うワークだ。
心の病は自分自身の愛情不足から起こる。
自分自身が満たされなかった心を過去から遡り、未来から来たテイで愛を過去の自分に注ぐ。
それが、治療。
1回目は失敗して、2回目から子供の頃の自分に会えるようになった。
「では、始めましょうか」
私はゆっくりまぶたを閉じた。
「あなたは今どこにいますか?」
「診察室です」
「では、頭の中でここから出て自宅に帰りましょう」
「はい」
頭の中で診療室から出て、電車に乗り自宅に着いた。
「着きました」
「では、家に入ってみましょう。どこかに子供の頃のあなたがいます。どこにいますか?」
「リビングにいました」
「どんな様子ですか?」
リビングにいる私の周りには破られたテストの答案用紙。
赤ペンの字が100点や95点の紙片がパラリと床に落ちた。
先生の声がした。
「いま、子供のあなたはどんな気持ちでいるでしょうか?聞いてみてください」
——どうしたの?
「わたし、勉強がんばったよ?でも算数だけ95点だったの」
——それで?
「努力が足りないって怒られた」
——どんな気持ち?
「……悲しい。お母さんが褒めてくれると思ってたのに」
先生の声がする。
「お母さんに言いたいことあるよね。お母さんを出してみよう」
鬼のような形相の母親が仁王立ちしている。
——あんたね、人間は完璧じゃないんだよ!5点取れなかったからって、ひっぱたくことないじゃないか!がんばったことを認められないのか?欠点探しばっかりしていびってんじゃねーよ!ふざけんな!
先生の声が聞こえる。
「泣いている子供のあなたを抱きしめてあげてください」
私は優しく頭を撫でたあと、震えている小さな体を恐る恐る抱きしめた。
——ごめんね。あなたは悪くないよ。ただあなたはめちゃくちゃ頑張ってたよね。それは私が認める。だから自分自身を責めないで。あなたのこと、私は大好きよ。誰が敵であっても、私はあなたの味方よ。
先生の声が響く。
「子供の頃のあなたにちゃんと伝えてあげて」
『あなたがどんな生き方をしても、私はあなたを愛してる。生まれてきてくれて、ありがとう』
子供の時の私がフワッと笑った。
パチンと両手を叩く音がした。
「目を開けてください」
いつのまにか、両目から涙が流れていた。
「いま、どんな気持ちですか?」
「温かい気持ちです」
「何か変化は有りましたか?」
「子供の時、本当に辛い時があったら優しい光が体を包んでくれることがありました」
「いい兆候です。このまま続けましょう」
料金を払い、今度は本当にクリニックから出ていった。
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