第3話 木村の憂鬱


 その男の悩みを聞いて、アドバイスしてやり、帰宅した俺は、ガレージの作業台へと向かった。

 狭いガレージには他に、オートバイと大きな工具箱が置いてある。

 丸ヤスリを片手に持ち、真鍮しんちゅうのナットの内側を研磨し始める。



 ひと月ほど前、鉄メッキのナットを優子さんに贈った。

 おケイが俺の背中を押してくれた時にくれたもので、てっきり優子さんの指のサイズだと思って渡したのだが、彼女の指には小さかった。

 事の顛末をおケイに話すと彼は驚いて言った。

「あらやだ、ナットリングって知らない?」

「ナットリング?」

「ナットを加工した指輪よ。そのままでは重くて内側の溝が痛いでしょう?」

 知らなかった。そんなものが流行っているのか。

「今度はちゃんと加工してからあげなさいよ。ルーターとか研磨出来るものがあれば簡単よ」

「どうやって作るんだ?」


「まず2つに輪切りするの。金工鋸で切ったら断面をヤスリがけ。内側の溝も研磨して無くしていくのよ。徐々に削って穴を大きくして指輪にしていくの」

「外側は?」

「外側も自由に削ってデザインすると良いわ。あのナットで優子にピッタリのサイズだと思う。もちろん、微調整は彼女の指にはめてみてやるのよ」

「おケイは作ったことあるの?」

「やぁねぇ。私は貰う方よ。元彼が作ってくれたの。もう錆びてしまったけれど、手作りの指輪ってロマンティックで格別よ」



 それで翌日から製作に取りかかったのだが、俺は真鍮のナットを選んだ。鉄よりは錆びにくいし、色の変化にも味がありそうだと思ったのだ。

 どうせなら想いを込めて手作業でやろうと思い、毎晩こつこつと磨いているのだが…。

「はあ…」

 丸ヤスリで磨きながら、ため息を付く。ひと月前、告白した時は良い雰囲気だったのだが、その後はいつもの優子さんと様子が変わらない。

 日が経つにつれ、俺のネガティブな想像がむくむくと成長した。即ちナットをはめてくれたのは、単なる仕事仲間への感謝の意、もしくは気まずくならない為の配慮だったのではないかという疑惑だ。

 何しろ彼女とは一回り以上も離れている。考えてみれば、おやっさんが俺との結婚を勧めた時には、きっぱりと断った過去もある。

 不安の理由は、彼女の気持ちを聞けていないところにあるのだが、尋ねる勇気がない。



 そう言えば、あの清掃員も悩んでいたな。彼には何てアドバイスしたんだっけ…。

「男ならウジウジするなよ。自分自身を信じろよ。そうだ、指輪を手作りするのはどうだ?俺は今作っているぞ」

 偉そうに言って作り方まで伝授してやったが、当の本人がこれだ。

 清掃員は、第一印象とは裏腹に礼儀正しい男だった。手持ちのグラインダーで作ってみると言っていたが、上手く出来るだろうか?

 彼の恋が実ると良いと思う。そうすればもうお柿ちゃんに付きまとわないだろうし、俺が会うこともないだろう。

「はあ~」

 不甲斐ない自分を払拭したくて、一心にヤスリをかける。


 その甲斐あってか、指輪はその日のうちに完成した。






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