第4話 幸せってなんだっけ?

「ミルクの国?」

『実際は街ですが大き過ぎるので、国と呼称してます。』

「まぁ街もあれば国もあるよね、どうせまた物騒なヤツがいるんだろ?」

『いえ、それがミルクの国に住むドリンク達は争いを好まず、別の事柄に重きを置いているようです』

穏やかなドリンクの集まりで

〝ミルクの国〟とは恐れ入る。宗教団体の名称としてもおかしくは無い。

「腕にいなくていいの?」

『戦いが無いなら問題ありません。』

「無いとも言い切れないと思うな」

◾️●▲◾️

「ジャージーさん婚約したって」

「そう..。」

レンガ造りの家の窓から、寂しそうな目で雪の降る外を眺めている。

「大丈夫よ、きっと」「そうね..」

女だらけのこの国では、男不足に悩まされていた。いやしい男が寄ってきそうなものだが不思議と住人の雰囲気がそれを寄せ付けないようだ。

「争いが無いのは好ましい事だけど、それが無くとも問題は山積みなのね」


「んー雪降ってるじゃん。」

『舐めると甘いと聞いた事があります

 一舐めしてみては如何ですか?』

甘い時点で雪では無い何かだと解るが〝細菌まみれの雪〟というオリジナルの悪いイメージがあるため舐める気にならなかった。

「一旦ここで休もう、争い無いなら有難すぎるから」

ミルクの国は皆五感が鋭く、部外者が入り込むと直ぐにわかるという。

「来た..」「え?」

「ブラウン、またボーッとしてたの?

お客さんだよ!男の人かもよ?」


「いいよ、私は..」

「何言ってんの、早いもの勝ちだよ?

みんな取りにいっちゃうんだから!」

婚約をする事が、この国では優位である証明になる。女達は皆穏やかだが、少ない希望に掛け、立ち入った男にはこぞって求婚を迫るのだ。

「ほら、行こ!何が嫌なのよ?」

「男の人を取り合うって変だよ..」

「..ブラウン、これはチャンスなの。

あなたは幸せになっていいのよ?」

「うん..そうだね。」

後ろめたい事は無い、しかし国の在り方に常に疑問を感じていた。だがいつも彼女の言う事は掻き消され...。


「...ん?」『始まりましたよ』

「始まったって何が?」『争いです』

積もる雪の地を砂埃のように払い除け大量の女が華を持って駆け寄り目を血走らせている。

「いきなり戦闘かよ!

聞いてたのと違うじゃんか!」

『あくまでも〝彼女なりの〟という意味です、赤い華は求婚の合図ですよ』

「求婚!?

こういうものなの、嘘怖っ!」

大量の何かに襲われ、武器を使えないときは決まって隠れてやり過ごすとい方法を取るしかない。

▲◾️▲

「フェオレも行っちゃった..。

はーぁ、皆で攻めたら怖いだろうな」


「お邪魔します!」「えっ⁉︎」

『すみません、少しかくまっていただけますか?』

「あ..どうぞ。」

男どころかフェオレ以外の誰かが訪ねて来たことが一度も無いので慌て方すらわからない。取り敢えずと台所へ向かい作業をして誤魔化してみる。

「行ったか、何アレ。

炭酸ヒーローよりもこわいです」

『落ち着くのは早いですよ?

 此処もしっかり女の部屋です』

「あ、そうか。中入っちゃてるよ。」

勝手に押し入った癖をして住人をバケモノ扱いとは、愚者の極みである。

「どうぞ...飲めますか?」

「え、あ..ありがとう、ございます」

湯気の立つ、暖かいミルク

久し振りにコーラ以外の飲料を見た。


「いただきます..。」

正直、このカラダで飲めるかは不安があった。ただでさえコーラを飲んでおり、聞くところによれば自分自身がコーラらしい。

「美味い、暖か。」難なく飲めた。

寧ろ疲れた箇所に凄くよく効いてる。

「良かった。

そのミルク、少しですけど治癒効果があるんですよ?」

「へぇ..そうなんだ。」

「肩凝りや疲労に効くんです」

「温泉みたいだな..。」

『良かったですね』「美味いよこれ」

『ポンプに隙間があったら消滅してましたよ?』

「...間一髪じゃんかよ。」

ミルクの味には嘘は無さそうだが、詐欺師ほど手際が良い。

「同級生のアイツもそうだったし..」

手芸部の女子の本性を知ったとき、幻想や理想が崩れた。

「外は大変でしたか?」「え?」

「いや、皆で追っかけてたから..。」

「大丈夫です..今は。」「え?」

「あーいや、すいません。

いきなりその..押し掛けて...」

「いえいえ、あんな風に攻められたら逃げたくなりますよ。」


「ですよね」

「はい

ですから気にしないで下さい。」

男が追われ、血相をかいていることの異常さを理解している。しかもそれを家に入れ、暖かいミルクをくれる。

「あの..」「...はい?」

まさかここで言うとは思わなかった。


「好きです。」「...えぇ⁉︎」

別に飢えていた訳では無い。だが雪の国で、穏やかな美女にそれを言うほど優れてはいない。

「えーっと..いやごめんなさい。」

「……」『本気ですよ?』 「おい」

ツレのお調子者みたいなアシストを始めるハズレガールに言える事も特に無く、小さい声でただ「おい」と言う。

「……!」

●▲◾️

「どこにいった?」

「あっちにはいなかった。」

「男性は逃しませんわ!」

謙虚とはどういう意味だったか、もう一度調べ直したいものだ。


「この国では、婚約というものが大きな意味を持つんです。」

「はい、体現しております」

『同じく。』

「穏やかなのは単純な気質、ですが婚約に掛ける執念はそれとは別の部分。正には人が変わるというやつです」

「鬼の形相でした。」

『般若の面のようでしたよ』

ミルクをごくり、カラダの何処かを治癒させながら話を続ける。

「昔から見ている光景ですが、ずっと疑問がありまして。何でそこまで結婚したいのかなと!」

「はぁ、わかりませんな。」

「なので、お願いがあります」

「はい?」


「私と、婚約をして下さい。」

「...なんですと?」

突然の求婚は辻褄が合わない。あれ程結婚に否定的であったのに、何故か今求められている。

「見定めたいんです、どういうものか

 結婚生活とか、そういう事。」

実験的な結婚に付き合わされるという事か。この娘なりのアプローチか?

「単純な気質とは別の部分

もしかして今出ていますか?」

「...出ているかもしれませんが少なくとも、鬼の形相ではありません。」

不思議なものだ、この辺りが男が馬鹿だと言われる由縁。


「結婚します。」

「...有り難う御座います!」

気付いたら言っていた。言わされたのでは無く、己で言ったのだ。

「..ミルク、入れ直しますね」

限りなくオウンゴールに近いゴールイン、だれも歓声を上げない。

『良かったんですか?

 了承して』

「良くは無いんじゃないかなぁ..。」

事が進み過ぎている。

頭が追いついていないのに、カラダが凄く動いてる。壊れたブリキ人形か、修理は何処でやっている?

部品が足りない、手が足りない。

お金が足りない人が足りない。そもそもなんにも一つも持ってはいない。


「はいミルクです」ミルクが来た。

飲んでみるけど頭に効かない、疲労はしてないという事だ。他の場所にはぐんぐん響く、足腰、背中、首筋にまで

だけど頭に届かない。節々ここまで痛いのに、頭だけが優れてる。

「ご馳走様..。」

「もう飲んだんですか?」「はい。」

味は凄く美味い、しかし即座に飲み干したのは、動くものを止める為。

尚も止まらず動いてる、頭が回って動いてる。止める方法が分からない。

「すみません

眠れる場所はありますか?」

「寝室に..ベッドが二つあるのでおひとつどうぞ。」

「ごめんなさい、少し眠ります。」

『申し訳ありません。』

「いえいえそんな、ごゆっくり。」

部屋に入って片方のベッド、使用感を見て恐らくこっちであろうと安全な方を選び、横になる。

(あぁ..安らぐ。ウトウトってこんな

 んだったなそういえば。)

ずっと走ってきた、ここにきて眠った事が一度も無かったからそれが頭の回転を逆に促進させたのか。


「そんな事あるのか?」

(まぁいいや、眠ろう。)

そんな訳が無い、ドリンクには食欲も眠気も無い。何かに原因が確実にある

『何をしたんですか?』

「..気付いてましたか。」

『一応警戒をと思いまして、観察を施していました』

悪意の検知を見越しての洞察、しかし悪意は見られなかった。怪しげな行動だけで。

「ミルクの本当の効果です、度合いを増やせば治癒の頻度を上げられる。それを使って、一度完全に眠らせたんですよ。」

『一体、何のために?』

「きちんと匿う為です、ミルクの人達は五感が鋭くて。室内に居ても時間を掛ければ余所者がいるとわかります」

協力な力を悪用しようとせず、正確に保護の為利用する。臨機応変の本当の意味を知っているようだ。

「女って嘘つきですよね」

『..そうでしょうか?』

悲しげに、真意を問いかける。


「男が嘘を付くって良くいうけどそれは、女が元々嘘つきだから。防御の形として出来上がった事だと思います」

『…かも、知れませんね。』

「確かに自発的に嘘を付く男性もいますけど、それも多分嘘を付く女性を良く見てるから。」

女が少しずつ嘘を付いて卑怯を知り、いい使い方をすれば冗談に変わる。

「私も嘘を付いてます。

アナタもそうですよね、前からそんなに丁寧な口調でしたか?」


『....初めは手探りで、明るく振る舞う事が多かったかもしれません。』

自販機で偶々選ばれて、そのままの振る舞いをし続けた。しかし本来は余りふざける事はなく、静かで真面目。

いわゆる今のスタイルが自分。

「明日、国に婚約を発表します」

『そうですか。』

「する事が決まりになってるんです、目立つのは好きじゃないんですけど」

結婚を指標に暮らす者達にとって人の婚約は嫉妬ではなく憧れ、婚約発表をした状態の彼女達は、元々の気質と、そうではない部分が混同した中途半端な存在。

『結婚が幸福な事..ですか。』

ハズレガールにはピンと来ない常識、

そもそも幸福の価値が理解出来ない。

「無ければならないものなのか..』

明日の朝、今よりも国は荒れ賑わう。何でもない余所者のお陰で。

フェオレ何て言うかな..。」

親友のフェオレなら婚約発表は自身タップリに行うだろうがブラウンにとってのそれは実験結果を報告するような感覚だ、まず憧れを抱かない。

『おやすみなさい』

眠りもしないが言ってみた。

◾️◾️◾️

「私、ブラウンは!

ここに婚約をお伝えします。」

湧く住人、実際知り合いはフェオレのみだが婚約という事実を祝福してしている、それよりも人気なのが。


「あの人街に居た人よ。」

「何処かへいったと思ったらあの子の家にいたのね」

「惜しかった、もうあと一歩。」

横にいる赤い男。街の雪が良く馴染む

「あと一歩遅かったらどうなってたんだろ..。」

『運が転じて何よりです』

こういう瞬間に、友達や知り合いが少ないととても楽だ。色眼鏡で見られる事が余り無い。国と呼ばれる街でおきた、褒めるべき出来事だと、評価が上手く変わるのだ。

「さて、家に帰りましょう。」

婚約発表を終えた後の国の床は、大積雪に見舞われるという。癒し体質のミルクが集まり優しさを与えると、雪が極端な変異を起こし、積もらせる。

「アレってなんなんだろ?」

「溶けたシュガーミルクですよ」

国が降られているのでは無く、国から出ているものだ。つまり住人が全て自然からつくりあげ降らせているもの。


「後悔してますか?

私に好きと言ったこと。」

試すような質問、含みを持たせた聞き方に感じるが男はそれに気付かない。

「自然と出ちゃったしなぁ..。

後悔はしてないけど、戻れないなぁ」

「走るのが好きなんですね。」

「好きというか、ねぇ?」

昨日と変わり、外に警戒を強いらずに済むという安堵な部分がより一層感覚を緩ませ、和みを生む。

「実験に付き合わされるだけの話、と思ってますか?」

「えっと..そうだな。」

「そこに愛などは無くただ過程や結果が存在してそれに付き合わされる及び巻き込まれるだけの実験台なのではないかとどこかで思ってますか?」

いきなりこわくなった。

追いかけまわされた威圧感と同じように、違う部分が出ているのかも知れない。

「実際は..どうなんですか?」

素直に聞く事にした。

決まった事に疑問を持つより、疑心を確信に変えた方がいい。

「無きにしも有らずです」微妙な答え

〝行けたらいく〟程の便利さを誇る。


「ですが少なくとも、只の実験台だとは思えそうにありません。」

「え?」

「その..〝好きだ〟と言われてしまっ

 たので...!」

「あ..そ、あぁ...!」

しっかり響いていた。勢いが先行し口から出た言葉をしっかり受け止めてくれていたのだ。

「よろしくお願いします..」「はい」

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