第3話 野良ドリンク

「いってらっしゃい!」

「なんか優しくなってるし。」

準々決勝も同じ会場、画面でいえば1


「なんでこんな僕の試合見てくれんの

こうやって勘違いしてくんだろう皆」

己の人気ではなく大会の人気、あくまでもそう思う事で自制している。元々つけ上がるタイプでは無いので調子に乗り過ぎる事は無いとは思うが、元の世界へ還ったときに少しでも名残があれば自分に酔う可能性は0じゃない。


「アンタがウチの相手?

なんかスーゴイよわそー!」

「..うん、なんか待ってる間貶されてたから何も感じないわ」

「へぇ〜、思ったより強いかも。

ウチはミカン、オレンジサイダーだ」

ブドウの次はミカン、相手は農家か?

「炭酸とか関係あるのかね。」

観客の中には「ミカンちゃん」と名を呼ぶものの声もちらほらと聞こえる。どうやらそういった客もいるみたいだ

「大丈夫、変な細工しないよ?

ウチは正々堂々バチバチいくから!」

はいた息がオレンジの液体になり、腕を包む。


「どう、可愛いでしょ?」

斬ったオレンジを模したような、デザインに富んだナックル型の刃物が両手を覆っている。

「うん、可愛い」「えっ..?」

素直にそう思ってしまった。勿論スタイリッシュな刃物にだが。頬を赤らめた女の意味は余りわからない。

「よかった、何とか節約できそうだ。多いと疲れるのよ」

選んだ武器はマイフェイバリットウェポン、握りの良い剣。振りなれている分扱いやすい。

「いくよっ!」「はいよ。」

先程とは打って変わり、他に足をつけたスタンダードな戦闘。その相手が華奢な女子だとは思わなかったが、漸くザコを斬りまくった経験が活きてくるだろう。

「スタイルはボクシングだと思ってるでしょ、残念猫パンチよ!」

「猫パンチスタイルって何?

聞いた事ないけど。」

「近付いて殴りながら斬るって事!」

振りかぶった拳を刃で受ける。


「なかなかやるじゃん。」

「それってきっとボクシングだよね」

オレンジを敢えてミカンと呼ぶのがカッコいいという奴のセンスだ。ボクシングを猫パンチといってもおかしくは無い。

「ニャー!」

「鳴いたよ、猫を強くして来た。」

後で猫を足してきた、やっぱり不安だったんだ。ボクシングと言われるのが凄くこわかったのだ。

「直線的な動きだけだと思わないで」

飛び上がり上から斬りつけ、それを防がれれば体制低く、斬り上げ攻撃。

「終わり?」

「なんで傷つかないのよ!」

「街の外でおんなじ事されたのよ、凄い数のよくわかんない奴に。」

小人やびしょびしょの細い奴等がこれより雑な遣り口でしつこく絡んできた


「だからごめん

君との試合結構こっちが有利かも!」

漸く一太刀、女を斬るのは忍びないが

情けを掛けるとまた煩そうな奴なので問題は無さそうだ。

「あれ?」「馬鹿にしないで。」

オレンジの剣は、突き立てる刃をものともせず平然としている。

「よく斬れるだけじゃないのよ!」

「そういう事か、わかった。」

剣はより重みのある形へ変わる。

「よっ!」

女の武器は表面からバッキリとひび割れ、しなやかな素手を露わにする。

「嘘..!何よそのオノ〜!」

「これも実は外でちょっとね。」

「外に何があんのよ!」

「好きでやったんじゃないよ、向こうから寄ってくんの。」

「もう怒った、本気出してやるわ!」

「今まで結構本気じゃなかった?」

「奥の手って事よ!!」

息を限界まで深く吸い、大いに吐く。

吐かれた息は先程同様液体になり、形を作っていく。

「でかっ!」「どう、驚くでしょ?」

身長を大きく上回る大剣を型取り、腕のみでは支えきれず肩をつかって持ち上げる。

「これで叩かれたら大変ね!

もう終わりよアンタ、結局負けよ!」

「大きさかぁ..限界どこまでかな?」

ポンプのコーラが上へ上へ延びていく


「はっ!

惜しかったわね、もうちょっとで...ちょっと、何よそれぇ!?」

「結構いったね、もうちょい縮めようか。これじゃあ会場壊れちゃうしね」

ムチは素材の消費が無い分、大きさの限度は余り無い。

「こんなのアリなの..。」

「生きてるー?」

鞭を液体に戻し、ポンプへ仕舞うとフィールドに何も無く、オレンジの液が少しだけ滲んでいた。

「またいない..そういう仕様なのか」

歓声が怒号へ変わる、突然の変貌。

「え、何⁉︎」

どうやらミカンを倒した事で熱狂的なファンが怒り狂っているようだ。

「痛っ、何コレ缶じゃん!」

飲み終えた空き缶を飛び道具として使ってきた。

「もー、そこにまで敵がいんの?」

そそくさとワープホールに戻る事で被害をその程度に留めたが、敵が増えたもし今後ミカンファンの残党が席を押さえていたとしたら勝手に多対一の構図が生まれ敵が大幅に増えてしまう。

「本当にいつか帰れるのコレ?」

やりたくない事をやらされ、嫌々参加した試合大会でブーイングを食らう。これが役割なのであれば、この世界は絶対に向いてない。

「普通の日だったんだけどなぁ。」

喉が乾いてこそいたが何気なく自販機を見つけジュースを買っただけだ。

それ程辛い日々を送ってた訳じゃない


「ただいま」

「お疲れさまですー!

運良くクソザコでしたね!」

「口悪っ、誰かれ構わずなの?」

思えば受付の女はアイドル紛いの相手とソリが合わなそうだ。というより余り好きでは無さそうに見える。

「アイドル好き?」

「は、ぶん殴りますよ。」「ごめん」

「次準決勝なんで、頑張って」

「投げやりやめてよ、ごめんって。」

「何が?」「え?」

「いいから、早く行けば。」

「はい。」「さっさと、秒で」

忘れていた。

アイドル以前にまず、自分自身が強く嫌われているという事を。

「コーラの補充忘れずにね」「うん」

「なんで最後優しいんだろうな。」

部屋を出る直前に憎めなくなる、皮肉にも遣り口はアイドルのそれと同じ。

▲▲▲

「もうこの景色も慣れてきたな。」

「お前が相手のドリンクか!」

「この突発的な感じも。」

運良くマナーの悪い客はいないようで

空き缶を投げられる心配も無い。

「さぁ手合わせしようか。言っておくけどな、オレはつよいぜ!」


「……。」「お、お前はっ!?」

「やっぱりか、聞いた事ある声だと思ったんだよね」

活気に満ちた態度に大きな声、いつか会ったレモンスカッシュが見得を切っている。

「また会うもんだね、そうか。

そういえば炭酸だねレモスカって」

「略すな!

まさか参加してるとは、しかも準決」

そこそこ実力を誇り再度現れた事がうまくいえないが少し腹が立つ。

「もう一度勝負だコーラ!

以前ようにはいかんからなっ!」

「そんな勝ちたい?

リベンジする程のヤツじゃないって」

「黙れ!

この日の為にな、新しい武器を調達したんだ。」

「気合入れてるよ。」「見ろっ!」

手に握るのは三又の長もの、以前のモノと比べると随分と厳つく硬そうだ。

「また槍?」「矛だ!」

違いが上手くわからないが、あくまでも矛らしい。

「で、それで何すんの?」

「突くんだお前を!」

「やっぱ槍じゃん。」「違う..!」

心は折った、あとは武器のみ。


「もう許さん!」

レモンを潰すと流水が噴き出す。前にもみた光景だ。二度目に見ると消防訓練みたいだ、余りカッコよくない。

「どうだ、恐れおののけ!

流水ボディの大翼竜だ、驚けっ!」

「いや...ごめん、それ最近やったわ」

ついさっきの出来事だ、観客もそれを知っているから静かにしている。あれ程歓声に湧いていたのに。

「なんかアレだな、二度目は別にいいな。コッチもマネするか」

まず、通常の剣をつくります。

その後少し液を足し、徐々に拡大させていきます。


「するとどうでしょう。

超カラメルスパークリングソードか完成するじゃあーりませんか!」

「でかっ!」

これも前に見た景色、観客は一部を除いてどっちらけ。チケットをとって損したと思う者もいるだろう。殆どがシラける中で、大歓喜している列がある

とあるファンの追っかけ達だ。

「じゃ、さいなら。」

「ちょっとおぉぉ...!」

お気に入りの槍は砕け、レモンは崩れ史上稀に見るデジャヴ対戦となった。

「さ、帰ろ。」

疑っていたけど、これが自分の役割な気がしてきた。

最早個人室が家みたいだ。

「ただいま」という事に抵抗が無くなり安心感すら覚えている。


「ただいま。」

「もう帰ってきたの?」

「今日は早く終わってね。」

「晩ご飯無いわよ、勝手に食べて」

「いいよそこまでやらなくて。」

「お疲れさまですー!」

「ていうか見てたでしょ試合?」

「見てない、興味無いので。」

「ごめん」

ラインで行うような下らない会話。場所がちがえど変わらぬようだ。

「次はいよいよ決勝戦ですー!」

「そうだね、最後まで来てるし。」

『はっ!』「ん、あれどうした?」

『本気で寝てました。』

「すごい大人しかったもんな、ていうか眠気とかあるの?」

起きたタイミングが決勝の前だ、戦闘では余り力になれないハズレガールは

結局のところ

『おやすみ!』こうなる。

「はぁ..これがホントに役割かな。」


「役割?」

「そう役割、僕だけこの世界にいる意味が分からなくて参ってんだよね。」

「そうですか..それでご参加を」

「そ、もしかしたらと思ってさ。」

「だとすれば

ここでは無いと思いますよ?」

「え?」

意地悪でも悪口でも無く、真剣な面持ちでの一言。〝何か確信がある〟そんな感じを受け取った。

「グレープさん、ミカンさん、両者の役割を知っていますか?」

「いや、知らない。」

「この大会を、盛り上げる事。」

二人は役割を既に担っているので、帰りの切符を持っている。がしかし今だにこの世界に留まっている。

「なんで帰らないの?」

「盛り上げれられていないと、思っているんですよ。」

「気付いてないの?」

「気付いていますよ、しかしまだ足りないんです。こんなものでは帰れないと、挑戦し続けているのです」

「プロ意識持っちゃったか..。」

役割を持ち、世界に居る者は担った後も長く帰らず留まる事が多いらしい。


「有り得ないけどなそんなの..」

「ですよね?

ですが皆そうなのです。そして貴方が言うもしかしたらが〝この大会で優勝する事〟なのだとしたらそれは絶対に

有り得ません。」

それは決勝の席を護る、ドリンクの存在にあった。

「ワープホールに入って下さい。」

行けばわかると言う程のわかりやすい事は、この世界では珍しい。

「いってきます」

いつもならここで、冷めた言葉を溶かすように優しい声を掛ける。

「さようなら」「………」

会ったばかりの名も知らぬ受付嬢だが

おかしな思い入れを持ってしまいそうでこわかった。

◾️◾️◾️

「ん、来たか。」

歓声は一際高く、耳を塞ぎたくなる程大きかった。

「そういう事か、何となくわかった」

「何がかな?

まぁいい、直ぐに終わるよ。」

剣を握り突き進む。

相手は微動だにせず、余裕の笑みを浮かべ手を組んでいる。

「そりゃ!」「ふん!」

意図せぬ方向から、黄金の水が身体を貫く。

「あっ..!」「余所見をするなよ?」

炭酸の泡が刺激を与え、吸い取るように体力を奪う。

「脆いな、一撃とは」

体に力が入らない。

痛みを伴い、剣すらも握れない。

「随分と微炭酸だ、コーラなのにな」

「お前...」


「私か?

私はシャンパン、子供には早いな。」

ドリンクという言葉に騙された、何も飲みやすいものばかりでは無い。

「有難う、大衆達!

素敵な声援に感謝するぞ。」

これが〝役割〟というものか、おかしいとは思っていた。来たばかりのドリンクが、決勝にまで進める訳が無い。

「全部役割か、くだらね。」


「立て、挑戦者」「...何?」

「肩を貸してやる、フハハ。」

「お前」「グレープだ、わかるか?」

会場には他にも戦ったドリンク達が集っていた。

「皆の者!

彼、並びに参戦したものに拍手を!!

敗者といえど立派な戦士達だ!」

惨敗したにも関わらず、何故か称賛に包まれていた。

「どゆこと?」「そういう人なのよ」

目を丸くしたが、これで正しいらしい

「次は負けんぞコーラめが!」

一名本気マジの敗者がいるが。

「今回もよくぞ盛り上げてくれた、心より感謝をする。」

「いえ」「そんな」「僕敗けたけど」

「勝ち負けなど結果に過ぎん。

大事な事は..」


「グウゥゥゥ...」「何だ?」

会場に大きな唸り声、演出かと疑ったが全員が意図していない様子であった

「下水道の化身よアレ!」

「何でこんな所に!?」

下水道・大が何処からか這入り込み、会場を脅かそうと暴れている。

「見ろ、観客が沸いている。

ならばやる事はわかっているな?」

「御意」「はいよ!」「オレもか。」

「君も協力してくれ」「え?」

一斉に武器を構える 「なる程〜。」

己の役割はここでは無いと理解した。

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