りんごの便り
卯之はな
りんごの便り
「りんちゃん! りんちゃん。 どこなの?」
女の子がりんご畑で名前を呼びます。
すると、りんごの木のうしろから首の鈴音を鳴らしながら
猫が近寄ってきました。
その猫を女の子が抱きかかえます。
「あんまり遠いところに行っちゃだめよ。
さ、ごはんにしましょ」
にゃあご と猫が返事をしました。
この家の猫は、家族全員に愛されて育ちました。
とくにこの女の子は、だれよりも愛情をそそぎました。
最初は野良ねこだったのですが、
この畑にいついてしまい、
いつの間にか家族の一員となっていたのです。
猫は毎日、幸せに暮らしていました。
ごはんを食べ終えたあと、またお散歩をはじめます。
見慣れた森のなかを堂々と歩いていると、
木のかげで丸くなって寝ている猫がいました。
ついつい、声をかけます。
「ねこさん、ねこさん。
こんなところで寝ていたらかぜをひくわ」
野良ねこはきゅっとますます丸まって、
眠り続けます。
見かねた飼いねこがあたりに散らばっている落ち葉を集めて、
野良ねこにかけてあげました。
夜ごはんを食べ終わり、飼い猫はずっと気になっていた
野良ねこの元へいきました。
すると、野良ねこは目をぱっちりとさせ たたずんでいました。
その目は、飼い猫もびっくりするほど鋭い目つきでした。
見つめていると、野良ねこがこちらに気づきます。
改めてその目で見られると怖くもありましたが、
勇気を出して話しかけます。
「かぜはひかなかったみたいね、野良ねこさん」
「はっ! 野良ねこだって?
おれは足先から頭までやまねこだぜ!」
「野良ねことちがうの?」
「いわゆる森に住んでいるねこさ」
「へぇ! それじゃあとっても強いのね」
「そうさ! だからかぜなんてひかないのさ」
すると、やまねこは飼いねこの首輪に気が付きます。
「おまえ、人間に飼われているのか。
なんだ。 やまねこさまとは大違いだな!」
「わたしだって、元は野良ねこよ!
あなたよりは丈夫じゃないだろうけど…」
そうやって話していくうちに、
環境のこと、食べもののこと、過ごし方のことについて
お互いに興味がでてきました。
並んでおしゃべりする姿は、ただのねこのようでした。
そしてやまねこと友だちになった飼いねこは、
夜行性であるやまねこに合わせて
夜にお出かけするようになりました。
ある日。
家のお父さんが困った顔をして
お母さんと話しているのを見かけました。
「これで連日だよ」
「さすがに困ったわね。 丹精込めて作ったりんごなのに」
「この歯型は、やまねこだろうな」
飼いねこはそれを聞いてはっとしました。
一目散に、森へ急ぎました。
「やまねこさん!」
「どうしたんだい?」
「もしかして、家のりんごの木を荒らしているのはあなた?」
「荒らすつもりはなかったさ。
ただ、森に食料が少なくなってちょっともらっただけだ」
「でもね、わたしを飼っているひとたちが
一生懸命作ったりんごなの。
おねがいだから、荒らさないでちょうだい」
「きみが言うなら、やめるよ」
その返事を聞いて安心した飼いねこは、
ありがとう とやまねこに寄り添いました。
季節は、冬から春になりました。
あたたかい陽気に、飼いねことやまねこは、
日向ぼっこをする時間が多くなりました。
日々の何気ない会話で笑ったり、おどろいたり、
二匹はとても充実した毎日を過ごしていました。
いつも森にあそびにきてもらっている飼いねこに、
こんどは自分から会いに行ってみようとやまねこは森から出ました。
飼いねこのにおいをたどって、一軒の家のまえにきます。
すると玄関の猫用のドアから飼いねこが現れました。
「あら! やまねこさん、どうしたの?」
「たまには迎えに来てもいいだろう?」
「とってもすてき!」
くすくすとうれしそうに笑う飼いねこでしたが、
「りんちゃん!」
女の子の声にびくっと反応しました。
女の子は飼いねこを抱いて、やまねこから遠ざけます。
飼いねこは何が起こったかわからず、ただおどおどしていました。
女の子が言います。
「やまねこね! りんちゃんを傷つけたらただじゃおかないから!」
そして、やまねこをのこし、家の中に入ってしまいました。
「おかあさん! 外にやまねこがいて、
りんちゃんを襲おうとしてたの」
「まぁ、大変。
りんちゃんには悪いけど、おうちの中で飼うしかなさそうね」
飼いねこの鈴が りん と悲しげに鳴りました。
この家のりんご畑は、毎年冬になると
りんごの実が荒らされるようになりました。
ですが、おなかを減らしているわけでもなさそうで、
ひとかじりしては捨てひとかじりしては捨てを
繰り返しているそうです。
そのりんごには、くっきりとやまねこの歯型がついていました。
りんごの便り 卯之はな @uno-hana
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