-34 反撃

 トロックはサモティと仲間たちと共に、大きく迂回して目的の場所へと辿り着いた。その後仲間たちと十分に話し合って、出来る限り人間の国に近づくことにした。

 一通り行動指針が決まったところで、離れたところに一人でいたサモティにトロックが近づいた。



「サモティ、俺たちは出来る限り人間の国に近づこうと思う。人間が神の力を失った後、出来るだけ早く干渉したいからな。君はどうする?」


「私も付いていく。カイトが出来るだけ私に気が付きやすいようにしたいから」


「そういえば探知できると言っていたな。近づかなければ分からないものなのか?」


「分からない。カイトが私の中にある神器を見つけたのは、私たちの前で理性を失って人間を殺していた時だって言ってた」



 トロックの脳裏に、かつての景色がよぎった。

 全身を変色させて、笑みを浮かべながら人間を殺しに向かう様は忘れようと思っても忘れられるものではない。何より、その時の出来事がトロックが仲間を集めるきっかけとなったのだ。サモティを軟禁していた集落の者たちが、一番最初にトロックの仲間になった。よくトロックの傍にいるエルフのミリィもその一人だ。



「そうなのか。確かに、あの時はそれ程距離が離れているわけではなかったな。分かった、では一緒に人間の国に向かって進もう。念のために、俺たちの集団からは少し離れた後方を付いてきてくれ。何かあれば方向転換してすぐに逃げて貰って構わない」


「うん、そうする」



 その後、トロックは仲間と共に人間の国へ向かって歩みを進め、サモティは言われた通りその少し後ろを歩いた。時々適当な動物を殺して食べて、歩いて、眠るだけの生活。時々殺意のようなものを向けられたとしても、今のサモティにとってそんなものはどうでも良かった。それ以上の不安と寂しさが胸の奥から込み上げてきていたからだ。



(神様が復活したら、カイトは居なくなるのかな……)



 ずっと一人でいたことに寂しさなんて感じなかった。それは物心が付いた頃から一人で、それが当たり前だと思っていたからだ。しかし、カイトに付いていくことを決めてからは一人ではない時間を多く過ごした。サモティの心は、既に一人でいることに耐えられなくなりかけている。

 カイトはティルノアとの会話の中で、神の復活と同時に死ぬかもしれないと言っていた。

 一人で軟禁されていた時は選択肢が無かったから、未来への不安など感じたことも無かった。しかし、神の復活が成された後にどうするかは自由だ。漠然と外の世界に出てみたいという思いはあったが、その先のことなど考えていなかった。

 生まれて初めて選択肢を作る権利を与えられ、サモティは何をすれば良いのか分からなくなっていた。分かるのはカイトと共に過ごした時間が楽しかったことと、それが長く続かないかもしれない事だけだ。



(私、何がしたいんだろう……)



 サモティは、ふとトロック達の方へと視線を向けた。

 彼ら彼女らは仲間内で談笑に花を咲かせていた。あんな風に笑い合えれば楽しいだろうなと思うと同時に、あの中では笑えないだろうなとサモティは思った。サモティには命を懸けてまで何かを成そうとは思えないし、他人を殺すことを楽しんだりは出来ない。本質的な何かが違っている者と、何かを共有、共感することなど出来る気がしなかった。



(私も人間を殺したいほど憎んでいたら、あの輪の中に入れたのかな)



 ふと、サモティはカイトが他人へ向けていた何かを羨むような視線を思い出した。サモティはずっとその意図が分からなかったが、ここに来て初めて分かった気がした。





 カイトは念のため、木に付けた傷の数を数える。四本の縦線と、それを遮る様に引かれた一本の斜線。それが十二個並んでいる。間違いが無ければ、今日がトロックと約束した日のはずだ。

 もしかしたら、今日このまま死んでしまうかもしれない。

 そう思ってもみても、カイトに悲壮感は無かった。寧ろ、ようやくここまで来たと言う達成感と、想定よりも早く事が進んだことに対する喜びを感じていた。



「これでようやく終わりか」



 カイトは一歩、また一歩と人間の国へと近づいていく。

 自分の理性を覆いつくしてしまう理性が、少しだけ心地よく感じた。

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