-35 地獄
人間の国を覆う様に天空には真黒な魔法陣が展開され、そこから黒い液体が雨のように降り注いだ。それは触れれば即死してしまう、人間たちがオワリノミズウミと呼ぶものだった。
しかし、人間たちはリーダーであるフェメラル指揮のもと対策を念入りに進めてきた。
国中の地面に埋め込まれた魔法陣は光を帯び、その効果を発動させる。上空の魔法陣の完成とほぼ同時に、国を覆うほどのドーム状の光の壁が現れる。
それを国の中心地からフェメラルとその直属の配下たちが眺めてい完成
「流石です、フェメラル様。事前にこの魔法陣を準備していなければ、既に多くの同胞が死んでしまっていました」
「あれだけの魔法陣です、敵もかなりの力を使った事でしょう。これで我々も有利に事を進められるはずです」
配下たちは素直な感想を口にしたが、フェメラルの口元が緩むことは無い。寧ろ、より一層固く結ばれた。
「いいや、この程度では終わらないはずじゃ。オワリノミズウミの力を持っているのだとしたら、ここまで強度の分散する大きさの魔法など本体には左程意味を成さないに決まっておる」
その言葉を肯定するように、ドーム状の障壁の一部がボールが投げ込まれたガラスのようにパリンと割れる。魔法の効果により障壁はすぐに修復されたが、何かが中へと侵入したのが視認できた。
フェメラルは背後に仕える数百人の兵士へと声を掛ける。
「ここにいる者には、コントロールが可能なギリギリまでステータスを分け与えておる。先ほど、我らに作る事の出来る最高硬度の魔法障壁が破られた! あんな化け物を抑えつけることが出来るのはこの神器の他にないじゃろう。あれの力を奪った時こそ、人間に本当の安寧の時が訪れる。我らは我らを貶めた者たちに罰を下す。それは相手が他種族だろうと、神の力を持つものだろうと関係ない。人間が人間らしく、平和に生きるための最後の戦いだと思え! 勝利の先にあるのは永久の安寧だ! 恋人の、家族の、仲間の平和な未来を掴み取るために今一度儂と共に戦ってくれ!」
兵士たちは怒号にも近い雄たけびを挙げ、フェメラルの直属の配下に連れられてバケモノ胎児へと向かっていった。
フェメラルの考え得る勝機はただ一つ。その手にある神器でバケモノを貫くことである。
☆
兵士たちはそのステータスを遺憾なく発揮し、フェメラルの指示からわずか数秒でカイトの元へと辿り着いた。フェメラルと共にいた人間の国の中で一番高い建物から直線距離で到達し、着地の一瞬だけ魔法を発動させて静かに降り立った。
彼らの目の前に移ったのは、周辺に散らばる死体の中心で嗤うバケモノだった。その右手首には誰かの頭が突き刺さっていた。素手による刺突で貫通してしまったのだろう。
「全員戦闘態勢ッ! 周囲を囲って連携を――」
今のカイトにとって、ステータスが高い生き物と言うのは殺人意欲を猛烈に掻き立てられる対象だ。笑いながら手を伸ばした先には真黒な魔法陣が現れる。それを向けられた人間たちのほとんどが左右へと散ったが、一部が防御するための魔法を展開した。
「逃げろっ! いくらステータスが高くたって――」
高いステータスによる傲慢と、話に聞いていたバケモノから想像したモノとはあまりにかけ離れた自分たちと似た姿という油断。それらが、彼ら彼女らから回避の選択肢を奪った。
「『神魔法:裁きの槍』」
瞬きをした次の瞬間には、魔法陣の直線状にあるすべてのモノが消え去っていた。その地平線には、破壊された魔法障壁が修復されているのが見える。
話に聞いていた通りの想定外の力は、人間たちから連携を奪っていった。防御と回避がほぼ不能な攻撃が何度か続けられ、人間の数は確実減っていく。国全体を戦場に暴れまわり、カイトは通りすがりに多くの人間を殺していった。
その様子を隠れて観察していた者がいた。
カイトの目の前に、突如異様にステータスの跳ね上がった人間が現れる。カイトは笑みを浮かべ、そちらへと意識を向けた。
それと同時にステータスを成人化した人間と同レベルまで下げたフェメラルがカイトの背後に回り込み、神器で突き刺した。
それでもカイトは目の前にいる高ステータスの人間を狙おうと藻掻く。
「くっ、これだけの力で吸い上げてもまだ動くのかっ!」
フェメラルは更に神器を深く差し込んだ。
やがてカイトの体の動きは止まり、フェメラルの手元に集まる様に全身の黒色が抜けていく。
フェメラルはカイトが高いステータスの生き物を狙っているのだと思っていた。手元に集まった力を感じて、カイトにはもうほとんど力が残っていないのだと思っていた。物凄い勢いで力を吸収され、全く動かず、今にも倒れそうな姿勢のカイトが動けるはずがないと思い込んでいた。
だから、その行動に全く反応できなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます