-36 反転
カイトへ伸ばしたその腕は、肘のあたりをバッサリ切られて体から離れた。
一瞬固まってしまったフェメラルの目の前で、カイトは切り落としたフェメラルの腕を持って人間の国の外へと移動する。国内へ入って来た時と同様に、カイトが通る時には魔法障壁がガラスのように割れていた。
フェメラルは先に行かせた仲間を全速力で追いかけたが、誰よりもカイトの方が速かった。追いついたフェメラルの視線の先では、カイトがフェメラルが持っていた神器を右手に持ち、左手で屍食族の少女の右手を握っていた。その周辺には、先に追いかけさせていた仲間たちの亡骸が転がっている。
「おい……。一体何をする気じゃ……?」
冷や汗を浮かべるフェメラルに視線を向けることなく、カイトは答える。
「人間が神を討伐した時、神の力は三つに分かれて世界に散らばった。一つは人間の国の王に。一つは屍食族の少女に。一つはとある湖へと落ち、今は僕の中にある」
カイトはフェメラルの方を向き、不気味な笑みを浮かべた。人間の数が減少した影響により、反転していたカイトの体は所々元に戻っている。
「フェメラル様。散らばったはずの神の力を、一か所に集めたらどうなると思いますか?」
「っ⁉ やめ――」
フェメラルはすぐに走り出した。
人間と言う種族がとてつもなく長い時を苦しんで、ようやく手に入れた平穏な生活。それを脅かそうとする者を止めるために、全ての力を振り絞った。
しかし、それでも届かない。
カイトは自分とサモティの手のひらを、フェメラルが持っていた神器で貫いた。
直後、カイトの視界の全てが止まる。
「……走馬灯?」
そう呟きながら首を動かして振り返ると、笑いながら手を神器で貫く自分の姿があった。
「違います。走馬灯は過去の出来事が脳裏をよぎることを指し示す言葉ですよ。今は世界が止まっているだけです」
「てっきりすぐに神様は元の世界に戻って、この世界から神様の力が消えるものだと思っていました。そうではないんですね」
「はい。望みをかなえなければなりませんから」
「望み?」
神は笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「神器以外のこの世界ならざるものを身に宿した者に適用される
むしろ力を没収してもらうこと事こそが望みだったカイトとしては、これ以上望むものは無かった。だからそれを伝えようとしたのだが、それを遮って神が言葉を紡ぐ。
「先に伝えておきますが、あなたの体からあなたたちがオワリノミズウミと呼ぶ力が消えたりはしませんよ」
「……? さっき神様が――」
「あなたの中には、両親から授かった私の祝福があったでしょう? それがオワリノミズウミの力と重なっておかしなことになっているようです。ハイエルフのティルノアに宿る神器の力の一部やあなたの中にある祝福のように、神の力がこの世界に留まり続けることは許容されます。しかしオワリノミズウミはその範疇ではなく、神界が存在している限り世界に留まることは許されない。その二つが混ざり合い、存在の定義が不明瞭になっているのです。端的に言えば、神界が復活した後もあなたは不老不死のままです。今ほどの力は無いでしょうけれどね」
それは困る。
カイトはそう思うと同時に、望みを使ってそれを消せばよいのだと思いつく。しかし、カイトの中にある何かがそれを拒否した。自分の感情に疑問を抱きながら、再び後ろを振り向く。先ほどとは違い、すぐに視界の中心に捕らえたのはサモティだった。
笑みを浮かべるカイトの顔を、悲しく、寂しそうな表情を浮かべて覗き込んでいた。それはそうだろう。サモティはカイトがいたから外の世界に出ることが出来た。そして、外に出てから今この瞬間まで常にカイトの隣にいた。少なからず愛着が湧くのはそれほど不思議なことではない。しかし、どのみちカイトには関係のない話だ。死後の世界などカイトには興味が無い。
「僕の望みは……」
望みを言おうとして、言葉に詰まる。
カイトは少し考えて、頭に浮かんだ望みと心からの望みが違うことに気が付いた。それはとても面倒な望みだと思った。今すぐ死ねば何の面倒もなく無へと還るというのに、カイトの心がそれを否定する。
カイトは一つ大きなため息を吐くと、再び口を開いた。
「僕の望みは『サモティと一緒に死ぬこと』です」
「分かりました。それでは、あなたに大事な人と共に死を授かる事の出来る祝福を与えましょう。では――」
神が両手を握って祈りを捧げると、大きな鐘の音が二回鳴った。世界から満ち溢れた光は、神の世界を作るために天へと向かって進みだす――。
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