第三篇 逆転した世界

-01 終焉

「なっ――⁉」



 フェメラルは、目の前の景色を疑った。体からは力が消え去り、自分の体が目に見える速さでやせ細っていく。それは進化や退化ではなく、元に戻っているだけだった。ステータスを変更して年齢を人間という生物の全盛まで引き下げていたフェメラルの体は、本来の状態へと遷移していく。



「こんな……こと……が……」



 カイトとサモティの目の前で、フェメラルはほとんど皮と骨だけの体になって動かなくなった。

 少しの間呆気に取られてから、サモティは自分の手を見た。神器によってカイトの手と共に貫いたはずだったが、傷らしきものは何も見当たらない。カイトの手元の方を見ると、貫いたはずの神器も消えてしまっていた。



「治ってる……?」


「いや、元々傷なんて付いてなかった。あの神器に付いていた刃は何かを傷つけられるようなものじゃない」


「そうなんだ」



 サモティは、安堵の笑みを浮かべた。自分の手に傷が無いからではなく、目の前の人間が生きているからだ。しかし――。



「僕らには分からないけど、サモティの中にあった神器も無くなっているはずだ。これでやっと、長かった旅も終わりだな」


「そうだね……」



 サモティは寂しそうな表情を浮かべながら、そう呟いた。カイトが一つ息を吐いてから声を掛けようとしたその時、人間の国の方から一人の巨人族が走ってきた。



「良かった、無事で」



 トロックを見て、カイトの表情は少しだけ冷たくなった。トロックが何を言おうとしているのかも、それが実現不可能だと言うことも察しがついたからだ。



「何か用か?」


「今、神の力が失われたんだ。カイト達がやったんだろう?」


「あぁ、そうだ」


「俺は今がチャンスだと思っている。人間は長い間虐げられてきて、その他の種族も数十年の間同じ苦痛を味わった。同じ苦しみを知っているのだから、和睦も不可能ではないはずだ。そこで――」


「僕とサモティにもそれを手伝えと?」


「話が早くて助かる。結果的に他種族を助けたカイトとサモティなら、人間と屍食族の代表として皆に受け入れてもらえ――」



 トロックの言葉を最後まで聞くことなく、カイトは回答する。



「僕は断る。サモティは?」


「私もそんな無駄なことはしたくない」



 断られることは、トロックだって何となく予想はしていた。しかし、ここで折れるわけにはいかなかった。こんな絶好の機会は、今後生きている中で巡り合うことは無いだろう。トロックの望む世界を実現させるには、今この時以上に期待できる機会は無いし、カイトとサモティは必要不可欠な存在だった。

 トロックは膝を折り、頭を地面に付ける。



「頼む、この通りだ! 俺に出来る事なら何でもしよう! だから協力して欲しい! 種族間の争いを無くすのなら、今、この時しかないんだ!」


「諦めろ。それを望んでいるのはお前一人だけだ」



 何より、トロックと同じようなことをしようとした人物とカイトとサモティは実際に会っている。ハイエルフと呼ばれる種族であったその者は、仲間と共に現実に抗った末に挫折した。



「そんなことはない! 私の出会った者の中には――」



 トロックの言葉を、走って来たエルフの少女が遮る。カイトとサモティには見えていたが、トロックは二人の説得に必死になるあまり気が付いていなかった。



「トロックさん、何をしているんですか?」


「前々から話していただろう? 俺たちで種族間の争いを無くそう、と。それにはこの二人の協力が必要不可欠なんだ。だからこうして協力してもらえるように頼んでいる」



 エルフの少女は一つ頷くと、カイトだけをじっと見つめた。

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