-02 廻転

 トロックの隣にいる、エルフの少女がカイトに問いかける。



「あの……」


「たしか、……ミリィだったか」


「はい。神様の復活は叶ったのでしょうか?」


「あぁ。神の世界は再建され、この世界から神の力は無くなった」


「それは……カイト様からもでしょうか?」


「当たり前だ。言っただろう、『この世界から神の力は無くなった』と」


「そうですか」



 ミリィの口角が上がったのを、カイトとサモティは見逃さなかった。カイトが神の力を失い、襲われれば死ぬと直感したサモティはカイトの前へと出ようとする。しかし、カイトが右手でそれを制した。



「っ⁉ やめろ、ミリィ!」



 構えた毒付きの直剣は、カイトの心臓を目がけて突き放たれた。しかし、攻撃に成功したのは服だけで、その隙間から黒い肌が見えていた。剣は力なくポキリと折れてしまい、刃の腹から先が宙を舞う。



「なぜ――」



 カイトは折れた直剣の切っ先を素手で掴むと、勢いそのまま顔を上げようとしたミリィの脳天に突き刺した。ミリィはそれ以上の高さに頭を上げる事は出来ず、そのまま地面へと激突した。頭から流れる血が、顔を赤い水溜まりに沈めていく。



「なぁ、トロック。もういいだろう? どうあがいても手を取り合うなんて事は出来ない」



 膝から崩れ落ちたトロックは、力ない声でカイトに問いかける。



「では俺たちは……どうすれば争いを起こさずに済むと言うんだ……」


「そうだな……。生き物から負の感情を取り上げてもらえば、少なくともここまで大きな争いは起こらない。発生するのは各々が自分が死なないために必要だと思った争いだけだ」


「それは……神に望めば叶うのか?」


「無理だな。負の感情はこの世界を留めるための枷だ。それを取り払うような事、ことわりが許すはずがない」


「世界を留める枷……? 理……? 何の話だ?」


「神様の力に頼っている時点で、トロックの望む世界は手に入らないという話だ。本気で世界を変えたいのなら、まずはあれを力以外の方法を使って抑えるところから始めろ」



 カイトの視線の先――人間の国へ出入りするための門の向こう側では、奴隷のように扱われていた多種族が人間を甚振っていた。時々光が見えるのは、誰かが放った魔法によるものだろう。よく耳を澄ますと、誰かの怒号や悲鳴を風が届けていた。トロックは、人間が神の力を手に入れてから何度も現実を見てきた。どうすれば皆が笑って暮らせる世界を作れるのかも、ずっと考えてきた。その間ずっと感じていたのは、苦しみや悔しさだ。それは他の者も同様であり、長い年月をかけて蓄積したものはそう簡単に消えない事をトロックは良く知っていた。だからこそ、数年、数十年間に渡り蓄積した負の感情を吐き出す彼ら彼女らを、止める事は出来ないと確信できてしまった。

 何も言えなくなってしまったトロックを横目に、カイトはサモティに手を伸ばした。



「行こう、サモティ」


「どこに行くの?」


「どこか、死ぬまで静かに暮らせる場所」


「それは……私じゃないとだめなの?」


「あぁ。僕にとってはサモティが唯一の心を許せる存在だ。可能ならば、残りの人生はサモティと過ごしたい」



 想定外の言葉に、サモティは少しの間呆気に取られた。カイトはあまりに気に留めず、言葉を続ける。



「で、どうする? サモティはもう自由だ。僕に強制するつもりもない。自分の好きなだけ選択肢を作って、その中から好きなものを選べばいい」



 サモティは満面の笑みを浮かべて答える。



「付いていく!」



 カイトはサモティの手を引いて、どこかへと消えていった。





人間の国から少し離れた森の中で、逃げ延びた人間たちは怒りに震えていた。



「くそっ、何でこんなことに……」


「そんなこと言ったってしょうがないだろ! だが、俺たちがやるべきことは決まっている! 虐げられるような惨めな人生を送る気のあるやつはいないだろう?」



 神さえ倒すことが出来れば、人間は生物の頂点に立つことが出来る。それは、今の時代を生きる誰もが知る事実だった。



「あぁ、そのためにも――ん? お前、何をしているんだ?」



 一人のしゃがみ込んでいる人間を見て、他の者が視線をそちらへ移した。



「人間は神を倒すのに何百年、何千年と掛かったんだ。神を倒すことに集中するのも大事だけど、後世に人間が頂点に立つための方法を伝えていくのも大切だと思う。だからこうして――」



 その人間は何かを書き込んだ紙をガラスの瓶に入れ、掘ってあった木の根に埋めた。



「こうしておけば僕らが成し遂げられなかったとしても、いつか誰かが――」



 次の瞬間、閃光と爆音と共にあたりが吹き飛んだ。

 それは、人間以外の種族からの魔法による攻撃だった。元来、全てにおいて劣っていた人間がそれに対抗する手段はない。人間が神の力を手にしていた時程の差は無いが、それでも勝利の二文字が全く見えないぐらいには力の差が開いていた。



「一体何が……」



 偶然生き残った数人が見たのは、体がバラバラになった仲間の姿だった。運悪く、助からない状態で生き残った者もいるようだ。両足の無くなった人間が、他の者に告げる。



「逃げろっ! あいつらを許すなっ! きっとまたいつか――」



 続けて、数発の魔法弾が飛んできた。

 人間たちは悲鳴と雄叫びと怒号を撒き散らしながら、全ての力を振り絞ってその場から逃げた。いつか誰かが叶えるであろう、神の討伐を望みながら――。

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