-32 敵の敵

 二つの神器を手に入れたカイトとサモティは、人間の国を目指して元来た道を戻っていた。来た時と全く同じ日数を掛けて人間との戦闘になった場所へと辿り着く。

 元々そこにあった人間以外の種族の住処が残骸となり散らばっており、それに重なる様にして人間が持ち込んだであろう大量の毒薬が散らばっている。その惨状を作り出したカイトとサモティはその二点と大量の死体が転がっている事にはそれ程驚かなかった。ただ、そこにいた集団には目を見開いた。全員がかなりの重武装を身に付けている人間以外の五大種族で形成されたその集団は、カイトとサモティを見るなり武器を手に警戒を強めた。

 しかし、先頭にいた巨人族の男がそれを手で制してカイト達の元へと歩いてきた。巨人族の男の少し後ろを、エルフの少女が一人付いてきていた。



「久しぶりだな、カイト、サモティ」


「トロックか、それ程時間は立っていないが懐かしく感じるな。それで、僕たちに何か用か?」


「用があるのは事実だが、その前に一つ聞きたい。これをやったのはお前たちなのか?」



 これとは、間違いなく周辺に死体が散らばっている惨状の事だ。

 特に悪びれることなく、カイトはいつもと変わらぬ様子で答える。



「そうだ。人間も、それ以外も僕たちで全員殺した」



 それを聞いて、トロックの後ろにいるエルフの少女は一瞬だけ手を強く握りしめた。カイトとサモティはそれに気が付いたが、口には出さなかった。

 しかし、トロックはその答えを既に予期していたのか少し表情を暗くするだけだった。



「それで、僕たちへの要件は?」


「単刀直入に言わせてもらう。神器の捜索を手伝わせて欲しい」


「必要ない」


「……それは俺たちを信用できないからか?」


「いいや、そうじゃない。神器はもう見つけた」



 それを聞いたトロックは、分かりやすく表情を明るくした。



「それなら、神の世界の再建は叶えられると言う事か? ――いや、もしかしてもう叶えられているのか?」


「それはまだ出来ない。神器は全てで三つある。神界の再建するには全てを同じ場所に集めなければならない。一つはサモティが、一つは僕が、一つは人間の国にある」


「そうか、なら後は人間の国と交渉をするだけと言う事か」


「そんな訳ないだろう。人間の望みは人間以外の種族の殲滅と、人間と言う種族の平穏だ。わざわざ神器を手放すような真似、するはずがない」



 トロックは一つの選択肢が頭をよぎったが、口には出さない。

 自分でその選択肢を提示するということが、どうしても出来なかった。



「……どうするつもりなんだ?」


「トロックも分かっているんだろう? 僕らは言葉以外の解決手段を暴力しか知らない。人間の国に対して奇襲をかけて、神器を奪取する。一言で言えば殺し合いだ」


「それ以外に方法はないのか?」


「あるかもしれないが、僕には思い付かない」



 ここまで黙って話を聞いていたエルフの少女が、一歩前に出て口を開く。



「カイトさん、そもそもそれは可能なのですか? 人間たちはとてつもなく強いです。トロックさんがこれだけの人数を集めて武具も揃えましたが、それでも今の人間たちの強さを考えれば一人の兵士を相手にするだけで苦戦します」


「それは大丈夫だ。人間の相手は僕が一人でする」


「あなたが強いのは知っていますが、本当にそんなことが可能なのですか?」


「絶対に出来る。相手がこの世界の生き物である限り僕の方が強い」



 カイトはそう言い切ると、今度はトロックの方に視線を向けた。



「ここまで話を聞いた上で、トロックの判断を聞きたい。僕たちは今から人間の国に行って、殺し合いをする。ここで待っているか、それとも――」


「カイトが許してくれるのなら、付いて行かせてくれ。ただ、皆を説得しないといけない。少し待っていて欲しい。ミリィ、お前も手伝ってくれ」



 そう言うと、トロックとミリィと呼ばれたエルフの少女は仲間の方へと歩いていった。



「カイト、トロックが付いてくるって分かってたの?」


「トロックの目的は種族間の争いごとを無くすことだ。もしも人間の力が元に戻るような事が起こり得るなら、これ以上の望みを叶えるタイミングは存在しない」



 そんな話を聞いて、サモティはティルノアから雨音と共に聞いた話を思い出した。



「トロックにそんなこと出来るのかな? ティルノア様でも無理だったのに……」


「不可能だろうな。多分、ティルノアの時代が後にも先にも一番可能性があったんだと思う。ハイエルフという他に類を見ない長寿を持つ種族が、数百年掛けて人間以外の種族をまとめ上げたんだ。今のトロックとは仲間の数も信頼も次元が違う。それでも人間への恨みも、人間からの恨みも抑えきれずに膨れていった。結局、感情を持つ生き物は感情を抑えきることが出来ないんだろうな」


「トロックを止めた方が良いのかな?」


「言葉で伝えて止まると思うか?」


「……思わない。なんであんなに頑張れるんだろうね?」



 カイトは仲間たちと相談するトロック達を見ながら、サモティの問いかけに答えた。



「僕たちには分からない事だな。分かるのは僕らが少数派ってことだけだ」

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