-29 約束
「今から僕の質問に答えろ。答えなければ殺すが、答えれば見逃してやる」
そう言われて、男は首を傾げた。しかし、すぐに気を取り直す。
「分かった。お前の言う通りにしよう」
「聞きたいことは別にあるが、先に一つ聞いておく。今、なぜ僕の言葉に疑問を感じたんだ?」
「問答無用で殺されると思ったからだ」
カイトの首を傾げる様子を見て、今のでは伝わらなかったのだろうと男はさらに説明を続ける。
「俺たちはこの湖に住んでいる。初めは、同じ湖に住んでいる生き物を殺してそれを食べていた。しかし、数が増えるにつれてそれでは足りなくなった。だから、この湖に水分補給をしに来る者たちを襲ってそれを食料とするようになった。さっきみたいにな」
サモティが掴まれそうになった手を男から隠すような素振りを見せたが、それを気にせず話は続けられる。
「この湖は広く、利用する生き物も多い。だから暫くはそれで食つなぐことが出来た。しかし、俺たちは手を出し過ぎた」
「危険視されて、ここに来る生き物が減ったのか」
男は首を少しだけ縦に動かして肯定した。
「だから、俺たちは獲物を選定することにした。他の奴らに悟られないように、少数で来ているやつらをまとめて狩ることをルールにしていた」
「それはおかしな話だな。それだったら、俺とサモティを同時に狙わなければならない」
「話にはまだ続きがある。そうやってルールを作って、獲物を安定して狩ることが出来るようになった。しかし、それでも賄いきれないほどに俺たちは数を増やした。それを見かねた頭が、なりふり構わず獲物を狙うように指示したんだ」
「それは悪手だな」
カイトの回答に、男は自嘲気味に笑う。
「俺たち末端は全員そう思ったが、実際はそうでもなかった。あいつらは食料を献上させて、自分たちだけが安定して食料を得られるようにした。それと同時に、餓死した仲間の死体を食べるように周囲へと指示した。――まぁ、ここはあんたの質問とは関係のない話だったな。俺たちのこの行動は、陸で生きる他の種族を刺激することになった。そりゃそうだよな、隠れることもなく周囲に仲間がいるのにそのうち一人を水の中に引きずり込んだんだから」
「人間か?」
「正解だ。だから俺はあんたを見て、あぁ殺されるんだと思って諦めたんだ」
口には出さなかったが、カイトはずっと感じていた疑問が解けて納得できた。カイト達が接敵した人間たちはそれなりに数が多く、全員が武装していた。あまり詳しくないカイトの所感ではあるが、探索向けの面子ではないことは分かった。さらに言えば、大量の毒薬を荷台の中にしまい込んでいた。恐らく、湖にでも流すつもりだったのだろう。
「満足したか?」
「あぁ、助かった。じゃあ、ここから本題に入らせてもらう」
話し疲れたのか男はやや嫌そうな表情を浮かべたが、カイトは気にせず言葉を続けた。
「人間が神を倒した日、この辺りに――」
そこまで言って、カイトは言葉を止めた。男の反応が思っていたものと違っていたからだ。
「神……? おとぎ話の話でもしているのか?」
「……いや、今のは忘れてくれ。二十年ぐらい前に、この辺りに何かが落ちてこなかったか? 不思議な見た目をした鏡とか」
「あぁ、それなら間違いなくこの湖に落ちてきた」
「それは今どこにあるんだ?」
「俺たちの頭が持っている。それを献上した奴は昇格して、今は食事に困らない生活を送っているはずだ。随分自慢されたし、時々俺たちの事を見下しに来るから間違いない」
男は少し悔しそうにそう言ったが、関係のないカイトはそれを気に留めることをしない。
その話を聞いて、カイトは少し考える。男の言う頭が持っているのであれば、話は簡単だ。この湖の生き物を全て殺して、目の前にいる男に神器を取って来てもらう様に頼めば良い。問題は神器が誰かに宿ってしまっていた場合。下手に宿主を殺して、神器がどこか遠くへと行ってしまうとどうしようもなくなってしまう。ティルノアは神界の崩壊時に神器の場所を察知できたが、宿主が死んだ場合にも同様に察知できるとは限らない。
「鏡を頭が持っているのを見たことは?」
「いや、そもそも俺は頭の姿すら見たことが無い……」
「じゃあ、自慢をするために様子見に来る奴は知っていると思うか?」
「……確証はないが、知っていると思う。話を聞く限りだと随分と上の立場にいるみたいだからな」
「そうか。なら、そいつが来たらここまで連れてきてくれ。そのために必要な物は用意する。それと、裏切ったらどうなるかを見せる。やろうと思えば湖全体にも行使できることだけ先に伝えておく」
カイトは男から離れるように湖の縁を歩き、おもむろに右腕を湖の中に突っ込んだ。すると、その場所を中心に黒色の何かが水に溶け込むようにあふれ始める。その場所には次々と魚の死骸が浮かんできた。男がそれを視認したのを確認してからカイトはそれを止める。先ほどとは反対に黒い何かはカイトの方へ向かって流れていき、最終的には湖からは無くなった。
カイトは男の元に戻ると、想定外の事態にたじろいだ。男の反応が思っていたものとは真逆だったからだ。その瞳にあるのは、絶望ではなく希望。
「俺が頼みごとを出来る立場じゃないのは分かっている。だが……一つだけ頼みを聞いて欲しい!」
そう言われて、カイトは一先ず頼みの内容を全て聞いた。特に考えることもなく、カイトはその答えを出す。
「分かった。それでお前のモチベーションが保たれるのであれば手を貸そう」
「ありがとう、人間。恩に着る」
男は目を輝かせながらそう言った。
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