-28 湖

「……?」



 目を擦りながら周囲の景色を見て、サモティは首を傾げた。辺りの地面は平らになっていて、そこら中に沢山の死体が転がっている。自分の体を見ていると、服やズボンに穴が開いていたり赤く染まっていたり、破れたりしていた。



「おはよう。昨日のこと覚えてる?」


「うん、何となくだけど……。確か、目が覚めたらカイトが遠くで人間と戦ってて、すぐに人間たちが私を見つけて――」



 サモティは顔をしかめながら、袖が無い方の腕を抑える。



「こっちの腕を切られて、それから無我夢中で戦って……。――そうだ、最後にカイトが助けてくれたのは覚えてるよ! その時はカイトの事を思い出せなかったけど……」


「そうか。実は僕、昨日の事ほとんど覚えてなくてな。多分だけど、人間のステータスにあてられてオワリノミズウミの力を抑えきれなくなったんだと思う。意識が戻った時には、サモティが死にかけてた」


「私を檻から出してくれた時と同じだね。でも、前の時ほど人間の数は多くなかったと思うけど……」


「人間が高ステータスの個体を増やし続けてるんだと思う。日に日にオワリノミズウミの力が大きくなってきてる。最近は神様だけじゃなく、自分でも抑えつけるようにしてないと耐えられなくなってきた」


「そっか、強い生き物が増えれば増える程力が増すんだったね」



 カイトはサモティの様子を改めて確認してから問いかける。



「サモティ。あの山の向こうに行くって話だけど、今日出発しても大丈夫?」


「うん。私は大丈夫だよ!」



 そう言われたので、サモティの朝食が終えると同時にその場を離れることにした。戦闘でボロボロになった服は、周辺に散乱した瓦礫の中からマシなものを見つけて交換した。

 目の前にそびえたつ山は、真正面から突っ切るにはあまりに厳しい道のりだった。だから、カイトとサモティは出来るだけ歩きやすいところを通って湖まで向かう。直線距離ならそれほど時間が掛からなかったかもしれないが、結果として山の反対側まで到達するのに二週間ほど掛かった。



「や、やっと着いた……」



 目の前にあるのは、地平線の向こう側すら見えない程大きな湖。あまりの圧倒的な大きさに、二人は暫くその景色を眺めていた。



「話によるとこの辺りに最後の神器があるはずだが……」


「これじゃ探しようがないね」


「そうだな。今は特に良い案も思いつかない。一先ず、休憩にしようか」


「凄い道のりだったね。足が痛いよ……」



 そう言いながら湖の水へと手を伸ばしたサモティを、カイトは後ろから強く引っ張った。そのお陰で、湖の中から伸びてきた何者かの腕はサモティに届かず宙を切った。



「あ、ありがとう。カイト」



 カイトは警戒を解かなかったが、追撃をしてくることは無かった。ティルノアの話を信用するのであれば、最後の神器はこの周辺に落ちてきたはずだ。つまり、もしこの湖に住む者がいるのならばそれを見ているかもしれない。

 カイトはサモティにその場に留まるように言うと、今度は自分がサモティと同じように湖へと近づいた。縁の部分は、浅瀬になっていると思っていたがそうではないらしい。浅瀬になっているのは五十センチ程で、その向こう側は崖のようになっていた。

 カイトはその深さを確認するために、右腕を下へと伸ばしてみた。が、案の定手が底に付くことは無い。カイトが手を何度か揺らし、引き上げようとしたところで目的のモノがカイトの腕を掴んだ。水の中に引きずり込もうとしたのだろうが、カイトの真黒になった腕を掴んだせいで力が入らなくなり水上に浮上する。



「サモティ、この種族みたことあるか?」


「ううん、見たことない。魚……ではないよね?」



 水上にぷかぷかと浮いているそれは、人間の男ような姿をしていた。ただし全身は鱗に覆われていて、腰から下には立派な尾びれが付いている。

 カイトとサモティを睨みつけているが、逆にそれ以外をする程の余力は残っていないようだった。諦めたように一つ息を吐くと、天を仰ぎながら呟く。



「あぁ、結局死ぬのか……」



 それを聞いて、カイトは素直に羨ましいと思えた。生きていたい、死にたくない。少なくとも、目の前の生き物はそう思える程度にはこの世界を楽しんでいるだろうと思えたから。

 しかし、今はそんな事を考えている場合ではない。カイトが精一杯手加減して生かした目の前の生き物から、可能な限り情報を聞き出さなければならない。カイトは何度目かの作戦を実行する。それは生きることを望み、死ぬことを最悪のケースだと思っている相手には効果的な言葉。



「今から僕の質問に答えろ。答えなければ殺すが、答えれば見逃してやる」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る