-27 快感
カイトとサモティはハイエルフであるティルノアが治める集落で数日を過ごし、挨拶もそこそこに目的の物を求めて次の地へ足を進めた。集落を出て三か月ほどが経過して、ようやくティルノアから聞いていた山の麓へ辿り着く。
「カイト」
「ん?」
「あれ、見覚えない?」
「……あぁ、あの時の――」
二人は攻撃を仕掛けてきた集落をいつものように壊滅させて、この先の旅に有用なものが無いかを物色していた。そんな二人の目に留まったのは、串刺しにされて丸焦げになった死体だった。馬のような下半身と人間のような上半身をした生き物だ。火であぶられ損ねた顔の半分が、それが数か月前にカイトに手を出してきた者と同一人物だと二人に告げていた。
サモティはそれに近づいて、鼻をスンスンと鳴らす。
「うーん、ちょっと時間が経ち過ぎかなぁ」
「そうか。もう少し早く来てたら食べられたのに、残念だな」
「そうだね。でも、ここには食べ物が沢山あるから大丈夫だよ」
「それもそうだな。せっかくだ、今日はここで休むか」
サモティはそこら中に転がっている食料の中から適当なものを選び、食事を始めた。それを横目に、カイトは道中で使う消耗品をかき集めていく。二人にとってはいつも通りの平穏な日々だった。そして、それはとても簡単に砕かれる。
眠るサモティの隣で、眠る必要のないカイトが周囲を監視していた。そんなカイトの意識が、唐突に途切れる。
☆
真っ暗闇の中で、とても遠くから声がした。オワリノミズウミの力を手に入れてから聞き取れないことなどなかったはずなのに、今はそれが声であることを認識することしか出来ない。
『……ト……カ……カイ……カイト』
カイトはようやく、それが神の声だと言うことに気が付く。少しずつ意識が戻って来たカイトの耳に、今度は言葉が鮮明に聞こえる。
『聞こえないのですか? 早く起きないと、サモティが死んでしまいますよ』
次にカイトが目を覚ました時、真っ黒な両手は真っ赤な血で染まっていた。辺りを見渡すと、周囲にあったものがほとんど消し飛んでいる。カイトは襲い掛かってくる人間を、無意識に笑いながら嬲り殺す。
(いや、こんな事をしている場合じゃない)
カイトが神の言葉を思い出し、周囲に意識を向けると少し離れたところで戦っているサモティを捕捉することが出来た。片腕を切り落とされ、左の太腿には直剣が突き刺さり、体を三本の矢が貫通していた。既に意識を失い飢餓状態に入っていたサモティは、近くに落ちていた人間の腕に噛り付いていた。一番損傷の激しい腕がものすごい勢いで再生しているが、その間にサモティを囲っている十数人の人間が魔法の準備を終えていた。
人間がそれらの魔法を一斉に放つ少し前に、カイトはサモティの元に駆けよって攻撃をその身に引き受けた。勿論、ダメージなどあろうはずもない。
「……」
カイトは、目の前にいる共に旅をしてきた仲間の姿を見て初めてその感情が芽生えた。全身を血で染め、痛みで震え、カイトが分からないほどの飢餓状態に陥っている。必死に目の前の食料に貪り付き、それを奪われまいとカイトを睨み付けて荒く不規則な鼻息を鳴らす。
回復のスキを与えまいと襲い掛かってきた人間の頭を、その防具ごとカイトは握りつぶした。
意識するでもなく、カイトの口角が少しずつ上がっていく。
(あぁ、皆が他人を殺すことを楽しんでいた理由はこれか)
傷ついた仲間を見て怒りを感じ、その感情を真っ当な相手にぶつけて発散することによる快感。自分の仲間を傷つけた者が死ぬ様や、苦しそうに呻き声を挙げる様は見ていてとても愉快だった。それを肌で感じて、やはり自分も正しくこの世界の生き物なのだと少し嬉しく思った。しかし、それはすぐに否定される。
『他の方たちと同じではありませんよ』
それは他でもない、神の声だった。
『どういうことですか?』
『あなたの感情は、
『例え少しだけだとしても、僕は他人を殺すことを楽しいと思えました。それは、他の人間たちと同じもののはずです』
『いいえ、違いますよ。だってあなたが殺して楽しいと思えたのは――』
カイトが何度か唱えた魔法はあたりをまっ平らな大地にした後、その場から逃げようとする人間へ矛先を向けていた。カイトの放った魔法はステータスを挙げた人間にいとも簡単に追いつき、一瞬で命を奪っていった。
『仲間を傷つけた人間だけでしょう?』
それを聞いて、カイトは納得した。神の言葉は正しいのだろう。カイトの心は、サモティを傷つけた者を殺して満足してしまっていた。今、この世界の争いごとに参加している者たちの怒りの矛先はそんなに窮屈ではない。
自分たちを苦しめたのが人間だったから、人間という種族を恨む。
自分たちを苦しめたのが人間以外の種族だったから、人間以外の種族を恨む。
自分たちを苦しめたのが屍食族だったから、五大種族以外の不確かな種族は皆殺しにする。
普通はそうなのだろう。しかし、カイトが抱く程度の怒りでは、そこまで矛先を広げる事は出来ない。きっと、自分には世界の大半が参加している争いごとに、参加する資格はないのだろう。そう思ってカイトは肩を落とした。しかし、足元で
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