-19 食事
カイトとサモティは、三十回目の二人きりの夜を過ごしていた。体を温めるために焚火をして、それを二人で挟んでいる。カイトは体の一部をオワリノミズウミの力に染め、力を上手く扱うための練習をしていた。
その間も、サモティとの会話は続く。
「じゃあ、カイトは神様とお話が出来るの?」
サモティは、エルフの耳を嚙みちぎりながらそう聞いた。
人間は言わずもがな、屍食族は人間の国の外では敵として扱われる。かつて屍食族が繁栄を極めた時代、彼ら彼女らは食料を得るために森の生き物をほとんど食い尽くし、五大種族をも食料として認識していた。そんな伝説が残っているが故に、屍食族は生まれた瞬間に世界を守るという大義をもって死の判断が下される。
つまりは、カイトとサモティを発見した者たちはどこからか仲間を率いてきて襲い掛かってくる。カイトとサモティはその度に皆殺しにして、その一部をサモティが食料として頂いている。
「まあ、一応。でも、サモティが思っているような性格じゃないと思うよ」
「そうなの?」
「ただただこの世界を見守っているだけの存在だよ。よほどのことが無い限り、僕らに手を出したりはしない」
「何となくだけど、私の想像通りの存在かな」
それを聞いて、カイトは少しだけ驚いた。カイトが今まで接してきた者たちは神を恨んだり崇拝したりしていた。なぜ自分たちを弱い存在として作ったのか。なぜ自分たちが困っている時に助けてくれないのか。そう文句を付けることもあれば、幸福や生まれてきたことを感謝する者もいた。
「私が困っていても誰も助けてくれなかった。私と同じ種族が生まれたとしても、私は生き延びて血を分けた二人は処刑された。たまたま生き延びて、カイトと出会った。私の知る限りこの世界の出来事に介入できるのは、この世界で生きている者だけ。神様が何かをしてくれただなんて、私は思ったことないよ」
確かに神の力と言うべきものは存在する。しかし、それをどう振舞うかの判断に、神の意思は存在しない。結局のところ、神と呼ばれる存在は提供しているだけで、それを享受して扱っているのはこの世界で生きる者たちだ。
「確かにそうだな。そう聞くと、サモティの言っていることが正しい気がするよ」
「でしょ?」
サモティは少しご機嫌な様子で、手元の食事を食べ進める。
「それにしても、屍食族は凄いな。食事だけでその傷が治るなんて」
直近の戦闘中、サモティは右手首を切り落とされた。直後、サモティの身体能力は飛躍的に向上すると同時に見えた傍から敵を食べ始めた。いわゆる、飢餓状態というものである。これがあるがために、屍食族はかつて繁栄を極めることが出来たと言われている。
戦闘が終わった時には数本の指以外は完治しており、残りの傷も今の食事で少しずつ再生・回復していた。
「出来れば、飢餓状態になっても大人しくしていて欲しいものだけど」
「ごめん……」
「まあ、仕方ないか。屍食族の本能的なものだろ?」
「そういえば、カイトは食べようとは思えなかったというか、寧ろ食べたくないとさえ思ってたから襲うことは無いと思うよ」
「何かを無意識に察知したんだろうな」
「すてーたす? が反転してるんだっけ?」
「そう。だから多分、僕を食べると弱体化――いや、そのまま死んじゃうんじゃないかな」
「そっか。そのお陰で助かったね」
「そうだな。サモティのお守りしながら食べられないようにするのは難易度が高すぎる」
サモティは満腹になったのか、途中まで食べた誰かの頭部を横に置いて寝転がった。体の欠損や傷は、元の状態に戻っている。
「カイトは人間と戦ってた時みたいな力は出せないの?」
「出そうと思えば出せる。神様が抑えてくれているだけだからね。ただ、それをすると意識を保てないから、多分サモティも含めて辺りの生き物を殺しつくすことになる」
「人間と戦ってた時は、わざと力を出してたの?」
「違うよ。人間がオワリノミズウミと呼ぶ存在は、生き物を殺したいと言う本能みたいなものを持ってる。だから、この間みたいに高いステータスを持った人間に近づかれると力が溢れて神様でも抑えきれなくなる」
「じゃあ、人間の国に戻ったりしたら――」
「そこにいる人間が全員で掛かってきても負けないぐらいの力が出せるんじゃないかな」
「そっか……。じゃあ、カイトは人間の国には戻れないんだね……」
「別にどうでもいいけどね。あの国にも、あの国の住民にも思い入れはないし」
「でも、帰る場所が無いのは悲しいことだよ」
どうせすぐに死ぬから関係ない。そう言おうとしたカイトだったが、サモティの寝息が聞こえてきたのでやめた。サモティが横に置いた誰かの頭部を森の奥に放り投げると、サモティの隣に座り込んだ。
「さて、あいつらどうするかな……」
カイトはパチパチと音を立てる焚火を眺めながら、周囲に潜む観察者への警戒を続けた。
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