-17 不一致
あまりに突然の出来事で、少しの間静寂が場を支配した。それを破ったのは、家族や仲間を目の前で失った者たちの悲しみの声だった。
「行こう、サモティ」
「うん」
踵を返す二人に声を掛けたのは、トロックだった。
「待て、カイト」
「何?」
「一体なぜ――なぜそんなにも簡単に命を奪えるんだ⁉ お前には見えないのか、分からないのか! 失ったものが悲しみが!」
カイトは首を傾げながら笑みを浮かべた。まるで、おかしなことを言っている子供を諭すが如く、トロックに語り掛ける。
「僕には見えているし、聞こえているよ。ただ、君たちがなぜそれを悲しめるのかが良く分からない」
「お前……、何を言って――」
「君たちは――あの集落にいた人たちは、二人の人間の右目をくり抜いて、左腕を切り落として、足元から炎で炙っていた。わざわざ長く苦しむように、足元から炙っていたんだろう? 僕は途中で殺されてしまったから知らないけれど、苦悶の表情を浮かべながら死んでいったんだろう? それを誰も止めずに、笑って見ていたんだろう? ……あぁ、そう言えば両目をくり抜かれて手足に枷を付けられていた人間もいたな」
トロックの後ろにいたエルフの少年が叫ぶように言う。
「お前ら人間はもっと酷いことをしてきたんだ! その程度の報いを受けることは当たり前だろ!」
トロックは宥めようとしたが、それよりも早くカイトが言葉を返した。
「君と同じような考えを、大半の人間はしている。『言葉と感情を有する人間を奴隷のように扱うような優しさの欠片さえ持ちえない種族など、いち早くこの世界から絶滅させるべきだ』、と。人間が君たちの悲しみが見えず聞こえないように、君たちには人間の悲しみが見えなかったし聞こえなかった」
「そんな危険な思想をする人間の方が良くない存在だろっ!」
必死に言葉を並べるエルフの少年を見て、カイトは思わず吹き出した。
「何がおかしいっ! 僕の仲間をこれだけ殺しておいて、何で笑えるんだよ!」
「いや、君みたいなのが大半だからずっと同じところをぐるぐる廻ってるんだろうなと思ってさ。良くできた世界だよ、本当につまらない」
エルフの少年は、ぐちゃぐちゃの感情が少しずつ抑えきれなくなっていた。それは体に現れ、右手が地面に落ちている殺された兵士の剣へと伸びる。
「それに触ったら殺すよ」
カイトのその言葉で周囲の人間がそれに気が付き、トロックが説得を試みる。
「ま、待て。落ち着くんだ。君の気持は良く分かるが、そんなことをしたらどうなるかぐらい理解できるだろう?」
「僕は落ち着いているよ。その人間は強いのに、武器を構えられただけの人たちを殺した。きっと、僕たちに攻撃をされると都合が悪いんだ」
真っすぐに視線を向けられたカイトは、特に嘘を吐くこともなく答える。
「君の言う通りだよ。普通の生き物は殺されれば死ぬ。僕は君たちが不幸を引き寄せると信じているこの娘に死なれると困るんだ」
「……何でお前ら人間は僕たちに都合の悪い事ばかりしようとするんだ。一体何が目的でそんなことをするっ!」
「神の復活。それが僕の目的だ」
少しの間、その場の空気が凍り付いた。大半の者がカイトの言葉を信じることが出来なかった。神は人間によって殺されたと思っていたし、今の状況を考えれば人間が神を復活させようとする意味など皆無だ。
暫くの沈黙を破ったのはトロックだった。
「そんなことをしたら人間が不利になるんじゃないのか……?」
「だろうね。僕にとってはどうでもいいけど」
「ならなぜ俺たちを頼ろうとしない? そんなことが本当に実現できるのなら、協力する者は多いはずだ」
「協力なんてなくても時間を掛ければ達成できる。それに、こちらの事情も聴かずに問答無用で殺してきたのはお前らの方だろう。そういえばお前らは仲間を殺された恨みを人間を殺すに足る理由だとしていたな。だとしたら、一度殺された僕にはお前らを殺す理由が十分にあるはずだけど――まあ、そうは思わないだろうな。感情を持った生き物なんだから」
「……カイト、その神の復活はいつ頃叶いそうなんだ?」
「さあ。数年後かもしれないし、数十年後かもしれないし、数百年後かもしれない。僕の運によるな」
「勾玉と鏡の話か?」
「そうだ。神の世界が崩壊するのと同時に、この世界には三つの神器が地上に降りた。それを集めれば神の復活は叶うが、それがどこにあるのか分からない。一つは人間の国を治める王が、もう一つはサモティと同化している。この世界のどこかにある、もしかしたら何かと同化しているかもしれない神器を見つけるまで僕は探す」
「そういうことなら俺も手伝う」
「断る。トロック、お前は――」
トロックの隣を、武器を手に持ったエルフの少年が飛び出していった。カイトに向けて振りかざされた直剣が振り下ろされるよりも早く、少年の体をサモティの腕が貫通した。
口を開けたまま動かないトロックに、カイトは言葉を続ける。
「これに耐えられないだろう?」
全員が表情を固めている中、カイトとサモティだけが普段通りに振舞う。
「お腹空いてたのか?」
「……ううん。気づいたら動いてた」
「僕が殺されても死なないって知ってるよね?」
「そうだね。……どうしてカイトを護ったんだろう?」
「引き籠りすぎて少しおかしくなってるんじゃない? 丁度いいし、それはおやつにでも貰っていこう」
「うん、そうする」
サモティはエルフの少年の体からぶちぶちと血管を引きちぎりながら心臓を引き抜くと、果物でも食べるように噛り付く。
その場を離れていくカイト達を引き留める者は、もう居なかった。
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