-13 圧倒
(何だ、そこにあったのか……。道理で探しても無い訳だ)
カイトは意識を取り戻して、その存在にようやく気が付く。体は言うことを聞かず、人間を物へと変えることに全力だった。目の前にある真っ赤な景色など気にも留めず、カイトは他の事に意識を向ける。
もしかしたら、もう一つ見つけられるかもしれないと――。
『本当に順応が早いですね。前例がないので比べるものはないですが』
神は感心しながらそう声を掛けた。
『人間は環境に順応するのが上手いんでしょうね。千年以上もの期間世界に屈する立場だったのに、その逆の立場になった途端にこれです』
少し意識を逸らせば、微かな命の残り香を感じることが出来る。その場に留まっている憎悪や怨嗟の念は時間を掛けて少しずつ、しかし確実にその存在を散らしていく。
神が討伐されてから、まだ二十年も経過していない。過去の苦しみを知っている人間は決して少なくないだろう。人間たちがいくら声を挙げて救いを求めてもそれが届かなかったように、人間たちに他種族の救いを求める声は届かない。
『それは生きる上で必要な物ですよ。環境に順応しなければ、厳しい自然を生き抜けません』
『そうですね。でも、感情は必要無かったと思いますよ』
『そんなことはありません。家族や仲間に対する思いがあるから、生き物はより強固に支え合うことが出来る』
『それだけの感情ならあっても良かったかもしれません。でも、恨みや憎しみまでは必要無かったはずです』
『それは仕方ありませんよ。なぜならそれは――』
カイトの体が最後の一人の命を奪ってから、神は言葉を続ける。
『感情を持てる程の能力を身に付けた生物への枷なのですから』
カイトの体は再び白い光を放つ鎖に捕らわれた。しかし、前回と違って意識はそのままだ。カイトは自分の意識を支配していた強い欲求が消えていくのを感じながら、辺りに散らばる肉片をボーっと眺めていた。
ふと、集落に向かって魔法を放った後の人間たちの表情が頭をよぎる。それはとても楽しそうであり、まるで大きな達成感を味わっているように見えた。
「こいつらは命を奪うことの何が面白かったんだろう……」
体が元に戻ると、カイトは見つけた神器の元へ向かって歩き出した。
☆
最初から最後まで離れたところで見ていたトロックは、口を開けたまま固まっていた。が、隣で動く陰に気が付いて我に返る。
「どこに行くんだい?」
「私のいるべき場所」
「……あまり喜ぶべきことではないが、君を縛っていたこの集落の生物はもう半分も残っていない。こんなことが起きたんだ。逃げ出したって、誰も探そうとするような気力はない」
「だから?」
「……。だから、一緒にここを離れよう。君は自由になれるんだ」
「知っているでしょう? 屍食族の能力は五大種族よりも遥かに優っているけれど、自然治癒能力が無い。大きな傷を受ければ極度の飢餓状態に陥って、家族も仲間も他人も関係なく新鮮な肉を求める。あなたは私が誰かを殺した時、その責任を取れるの?」
「俺がそんな事にはさせない」
「私は元々三つ子だった。生まれて屍食族だと分かると同時に両親は私たちを捨てた。私と血を分けた他の二人は殺されかけた時に、一人の処刑人と三人の兵士を食い殺した。私は処刑される順番が最後で誰も殺さなかったから今生きていられる。屍食族はとても危険な、世界共通の敵。あなたに、自分以外の全てを敵に回せるほどの実力があるの?」
結局、トロックは少女から視線を外して黙り込んでしまった。少女は特に表情を変えることなく、檻の中へ入って自ら施錠した。
「……我ながら情けない。世界を平和にするなんて大口叩いておいて、女の子一人救えないなんて……」
トロックが視線をカイトが向かった方向に目を向けると、そこには信じたくない景色があった。こちらへ真っすぐと歩いてくるカイトが小さく見える。そして、その正面には武装した人間以外の種族が潜んでいた。完全に武器を構えており、平和に会話する気など微塵も感じられない。
「どうしてこんな事に……。これ以上の争いごとは止めなければ――」
トロックはその巨体を左右に揺らしながら、全速力でカイトの元へと向かった。
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