-12 力

 それほど近くに着弾したわけでもないのに、辺りの木の葉と共に少女の体は宙を舞った。それをトロックはやさしく掴み、自分の体を盾にして少女を風圧から守った。

 二人が先ほどまで向いていた方向に向き直ると、辺りには土埃が立ち込めて何も見えなかった。視界が遮られている中、誰かの声が聞こえてくる。



「何だ、この言葉……?」


「……カイト?」



 次の瞬間、辺りの土埃が吹き飛んだ。

 荒れた木々の向こう側に、半分が消し飛んだ集落が見える。トロックは真っ先にそれをみて唇を噛んだが、少女は別のものを見ていた。

 先ほどとは全く異なる見た目の同じ人物は、右手を突き出して魔法陣を作成していた。魔法陣はどこまでも黒く、光を発していなかった。その異色で異様な魔力に息を呑んだのは少女だけではなかった。



「何だ……その力は……?」



 そんな言葉に反応は一切見せず、カイトは不気味な笑みを浮かべて魔法を放つ。



「『神魔法:神罰』」



 黒い稲妻はカイトの手を離れて真っすぐに走り、かなり離れた場所で直角に曲がり空へとかけた。それが視認できなくなってから暫くした後、黒い稲妻は空中ではじけて地面へ降り注いだ。それだけに留まらず、着弾した地面から四方に向かって地面を這っている。

 轟音を撒き散らしながらあたりの木々を粉々にする様は、遠く離れた場所から見ていても圧巻だった。



「――っ! あれをくらってまだ……」



 辺りが更地になった中央には、防御魔法を張っている人間の集団がいた。トロックの瞳には恐怖と怒りが共に映ったが、カイトの瞳に映っていたのはただの被捕食者だった。

 より一層の笑みを浮かべて、カイトは地面を蹴った。

 あたりの地面が勢い良く崩れだしたが、



「ふんっ!」



 トロックが地面に向けて魔法を放った。緑色の魔法陣は地面を下から押し上げ、落下の衝撃を最小限に抑えた。



「大丈夫か⁉」


「私は大丈夫。それより――」



 トロックと少女の視線の先では、上空にあり得ないほど大きく真黒な魔法陣が形成されていた。



「あれは何……?」





 フェメラルは『他者にこれほどのステータスを与えたのは初めてだ』と言っていた。数値で言えば五十万。それをおよそ三万名に施し、百名ほどの指揮官に百万のステータスを付与した。神の力の一端を扱う者がいる。それはようやく手に入れた人間にとっての安寧の日々を、破壊しかねない存在だ。そんな化け物を倒すために、彼ら彼女らはやって来た。

 自信満々に魔法の詠唱を行い、無尽蔵にも思える魔力を込めた。それは複数人が魔力を同調させることによって巨大な魔法陣を作り出し、把握している限りの他種族が生活している集落に向かって同時に放った。

 魔法を使って着弾点を覗いている者の口から、報告が入る。



「A地点、B地点、D地点、――F地点の完全破壊を確認! C地点に関しては若干狙いがそれ、半壊に留まっています!」



 歓声が上がった。

 魔法を放った者たちは、自分たちが放った正義の攻撃に愉悦を感じていた。神討伐前の時代を知る者は、虐げてきた者たちへの報復に喜びの声を挙げている。 

 そんな中、その場の全員が背筋が凍るような魔力を感じた。瞬時に防御魔法を発動させた人間たちの真上に向かって黒い稲妻は消え去り、少ししてから辺りに降り注いだ。それは轟音を響かせながら触れた生物を粉々にし、着弾した地点から周囲へと拡散していった。

 残ったのは偶然にも攻撃が当たらなかった人間と、ステータスが百万まで引き上げられたものの防御魔法で守られていた人間だけだった。三万もいた新進気鋭な軍勢は、たった一つの魔法で千にも満たない軍勢に成り下がった。

 そんな人間たちの前に飛来したのは、見たことのない生き物だった。詠唱を省略したのか、既に終えていたのかは分からない。ただ、その生き物は準備が完了している魔法のトリガーを引いた。



「『神魔法:浄化の雨』」



 空に展開された巨大な魔法陣から、黒い雨が降り注いだ。

 それが周囲にもたらしている影響を見て、人間たちはすぐに察した。



「オワリノミズウミだっ! 絶対に触れ――」



 そこまで言った人間は、飛来した生き物に殴り飛ばされて頭の形がぐにゃぐにゃになってしまった。触れれば終わりの水が辺りに降り注いでいる中、人間たちがカイトの攻撃から逃げ切れる手段など存在しない。体術も魔法も、圧倒的な膂力と魔力の前に手ごたえすら与えられずに散っていく。

 一方的な先制攻撃から始まった戦いは、たった一人の人間による蹂躙により幕を下ろした。

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