-11 騒めき

「ここだ」


「……は?」



 カイトは思わずそう口にした。



「なんだ、その反応は?」


「……いや、僕の勘違いかもしれない。一応説明してくれ」


「ここには現在、五大種族からかけ離れた生き物が隔離されている。それよりも前は危険人物を収容するために使われていたらしい。最も、彼らは無罪の屍食族のエサとして処刑されたらしいが。話を戻すが、ここにはそれらに加えて不吉なものが放り込まれている。得体の知れない魔道具とか、人間の死体とかな。人間が神を倒した日に空から降ってきた勾玉もその内の一つだ。ここに運ばれたのは見たが、その後は知らない」



 カイトは少しの間考える。



「騙された……のか?」


「いや、騙しているつもりはないんだが……」


「あぁ、悪い。こっちの話だ。じゃあ、俺が捜してくる。その巨体だと入れないだろう?」


「ついでに中にいる少女を連れてきてくれないか? 何度も助けようと試みたんだが、邪魔されてな」


「あぁ、分かったよ。勾玉があったらだけどな」


「分かってる。それでいい」



 カイトは見覚えのある鉄格子の前に立った。



「それは魔力を編み込まれた牢になってる。鍵でもないと中に入れないと思うぞ。だから一旦集落に戻って――」



 そんな言葉を聞き流し、カイトは鉄格子の向こう側に向かって声を掛ける。



「おーい、いるかー?」



 鉄格子の向こう側で何かがもぞもぞと動き、カイトの方へやって来た。



「何で戻って来たの?」


「最後にお前にした質問があるだろう?」



 少女は首を傾げて暫く考えてから、ようやく思い出す。



「勾玉と鏡の話?」


「そうだ。そこの巨人族に聞いた限りだと、勾玉がこの中にあるらしい」


「え、でもそんなのどこにも……」


「一応自分でも探したい。ここのカギ持ってるか?」



 少女はこくりと頷くと、鉄格子の奥へ戻ってごそごそと何かを探ってから戻ってきた。



「はい」


「ありがとう」



 カイトは少女からカギを受取ると、錠を開けて中へと入っていった。白い骨をかき分けながら探すカイトを手伝おうとした少女に、背後から声が掛かる。



「なぜカギを持っているのにここから出ない?」


「私がいるとみんなに迷惑が掛かるから」


「そんなことはない。だって、君は何も悪いことをしていないだろう? 自由に外に出る権利があるはずだ」


「私は何も悪いことをしていないから生かしてもらってる。一緒にいてもいいかは、皆が決める事」


「そんなことは――」


「ルールは多数決で決めるものだと誰かが言っていた。多数決で決まったことは変えられないし、たった一人の意見なんて意味が無い。もし意味を見出せるのなら、多分それは多数を凌駕できる個人だけ」


「……君自身は、外に出たいと思わないのかい?」


「私が外に出て皆が苦しむのなら出たくない。でも――」


「でも?」


「誰かが必要としてくれるのなら外に出てみたい」



 ずっとこんな狭苦しいところにいるなんて不憫すぎる。そう思ってトロックは少女を外へ出すための言葉を考えた。

 しかし、その言葉を掛けようとしたところでカイトが鉄格子の向こう側から戻ってきた。



「変な魔道具はいっぱいあったけど、勾玉なんてどこにもなさそうだった」


「そうか……。約束だ、俺のことは煮るなり焼くなり好きにしてくれ」


「いや、もういいよ。善意でここまで連れてきてくれたみたいだし、見逃すことにする。ただし、僕のことは誰にも言わないでくれ」


「あぁ、分かった。約束しよう。では、ついでに一つ頼みごとをしてもいいか?」


「……自分の立場分かってる?」


「まあ、話だけでも聞いてくれ。あんたがやろうとしていることに少し興味がある。途中まででいい、道中を共にさせてくれ」


「途中で死んでも文句言わないなら」


「絶対に言わない。勝手についていくだけだ、俺のことは気にしなくていい。それと、この子も連れて行きたい」



 その言葉に、カイトではなく少女が目を丸くする。



「なんで私を……?」


「俺が君に笑っていて欲しいからだ」



 どこかジャスに似ているなとカイトは思った。

 そんな問いかけに対する少女の答えは、そっけないものだった。



「行きたくない」


「なぜだ? 俺は君を必要としているのに……」


「あなたが必要としているのは私じゃなくて、自分の満足感だけ。誰かを幸せにした達成感なんて、私じゃなくても良いでしょう?」


「それは……」



 トロックが助けを求めようとカイトの方を見ると、膝をついて胸を強く握っていた。



「おい、カイト⁉ 大丈夫か?」



 少女も釣られて、心配そうな表情でカイトの顔を覗き込んだ。



「多分、人間が攻めてきてる。死にたくなかったら今すぐ逃げろ……」



 次第にカイトの呼吸の間隔は短くなり、肩で息をするようになった。まるで木の根のように心臓から全身へと伸びている黒い何かは、目の少し上にまで到達していた。

 何かを言われているような気がしたが、カイトの聴覚には心音だけが響いている。

 直後、一瞬のきらめきと共に魔法弾が辺りに着弾して地面を揺らした。

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