-14 ルール
カイトは、オワリノミズウミを手に入れてから初めての眠気を感じていた。どこか体がけだるいような気もするし、頭はモヤが掛かっているようで上手く回らない。
『疲労を回復しようとしているのでしょうね』
『疲労? この体がですか?』
『体ではなく精神です。あなたの中にあるオワリノミズウミは、生来のものではない欲求をもたらします。そんなものに少しの間とはいえ、完全に支配されていたのです。少し抵抗力は付いてきたようですけれど、ダメージは受けているのでしょう』
カイトは少し考えた後、神に質問をした。
『生来の精神が乗っ取られたりはしないのでしょうか?』
『体と精神の癒着はかなり強いので、乗っ取られることは無いと思いますよ。ただ、生来の精神がオワリノミズウミの影響を受ける可能性はあるかもしれませんね。もしかしたら、あなたが生き物を殺すことに快楽を覚えるようになるかもしれませんよ?』
『それはそれでいいかもしれませんね』
カイトは先ほど殺した人間が浮かべていた喜びの表情を思い出す。
『そうなれば、僕も普通の人間になって生きることを楽しめるかもしれません』
『今の状態でそんなことになれば、言葉を扱う生き物は全滅してしまうかもしれませんね。私としては面白くないのでやめて頂きたいものです。まぁ、本当にそうなったとしても時間を掛ければ似たような状況に戻るのですけれどね』
『神様。この世界、見ていて楽しいですか?』
『時々会える、あなたやあなたのご両親のような存在がいるので面白いですよ』
『そうですか。僕は生きていても全く楽しくないです』
カイトが魔法で更地になった場所から、木々の生い茂る領域へと足を踏み入れた瞬間だった。いくつかの魔法が飛んできて、それよりも少し遅れてから刃物を振りかぶった兵士たちが襲い掛かってきた。
☆
ここらの木々はとても高い。その巨体は身を隠すのが困難なため、こういった地域を選んでトロックは移動を続けていた。時々枝が鞭のように体を打ったが、トロックは構わず走り続ける。
トロックは世界を平和にしたかった。かつて人間が見下されていた時、人間を助けようとして仲間に咎められたことがあった。その人間は散々弄ばれて、そのまま死んでしまった。当時は人間に比べて他種族の勢力が強かった。だが、今は逆転している。これだけ不利な状況なら妥協させることが出来るかもしれないし、虐げられてきた人間なら弱者の辛さを分かっているからこそ和平を結んでくれるかもしれない。
そのための第一歩としても、不可思議な力を持つカイトに協力してもらいたかった。どれだけ恨みや憎しみが積もっていようと、あれだけの力があれば、殺意を抱かずに理性を保てる者がほとんどだろう。
「カイトっ、大丈――」
しかし、ようやく辿り着いた先で見た景色がそんな幻想を一瞬で消し去った。
十数名の兵士は右目をくり抜かれ、左腕を切り落とされていた。彼らはそこらにある適当な木に魔法で作りされたであろう真黒な杭で打ち付けられていた。その足元からは魔法で発生させたであろう炎がメラメラと迫っている。
その周囲では女子供が悲鳴を上げ、涙を流し、怒りと悲しみでおかしくなりかけていた。
「トロック、丁度いいところに。屍食族の――」
「お前……何をしているんだ……」
上手く言葉が出てこないトロックに、カイトは表情を一切変えることなく答える。
「余計な争いをしたくないから、こいつらのルールに従ったんだ」
「……ルール? 一体何のことだ……?」
カイトは薄ら笑みを浮かべ、何の躊躇もなく言葉を続ける。
「自分たちを殺そうとした者は右目をくり抜いて左腕を切り落とした後、杭で打ち付けて足元から焼き殺すんだろ? 張り付けているものは十字架ではないし、僕にはこれを見て歓声を挙げる意味も良く分からない。けれど、そういうものなのだろう?」
トロックや周りにいる者は何かを言い返したそうにしていたが、誰も何も言葉を見つけられなかった。それが強者には逆らいたくないという本能なのか、別の理由なのかは本人たちにも分からない。
そんな彼らを気にも留めず、カイトは
「……あぁ、向こうか」
と呟くと、どこかへ歩いて行ってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます