-09 情報

 屍食族の少女から話を聞いて、この辺りには目的のものが無いだろうことは分かった。とはいえ、少女が生まれたのは人間が神を倒したとされる時よりも後だ。念のため確認をしておこうと、カイトはエルフの兵士が身に付けていた衣服を着て再度集落へと潜入した。衣服の上には、少し離れたところで休憩をしていた商人らしき者の荷物から拝借したフード付きのコートを羽織っている。



「この間、ここに人間のガキが三人来てたんだ」


「この俺が潜んでいた人間を殺したんだぜ! どうだ、凄いだろう?」


「人間の国からまた我らを皆殺しにするべく部隊が放たれたそうじゃ。全く、奴らはどこまで罪を重ねれば気が済むのやら……」


「故郷は人間に蹂躙された。私はたまたま遠出をしていて助かったけれど……。いつの日か、全ての人間に報いを受けさせてやる……!」



 あたりの声に耳を傾けてみると、聞こえてくるのは人間の話ばかりだった。



『今回も恙無つつがなく事が進みそうですね』


『さあ、どうでしょうね。あなたという存在イレギュラーがいますから、多少は変わるかもしれませんよ?』


『一人や二人でどうにかなるなら、とっくに世界は変わってます』


『ふふっ、そうかもしれませんね。何にせよ、あなたがいるお陰で私はとても楽しいです』


『オワリノミズウミの力を得たのが僕でなければ可能性はあったかもしれませんね。――そうですね、例えば僕の両親とか、あそこにいる巨人族とかなら』



 カイトの目の前では、両目をくり抜かれた人間が鉄製の手錠と足枷を付けられていた。どちらも魔道具の類なのか、少しの魔力を放っていた。

 そんな人間を殴ったり蹴ったりしているのは、エルフの少年だった。少年は目を真っ赤に腫らして、時折涙を流しながら人間を甚振っていた。



「くそっ! 父さんがいなくなったのも、どうせお前らがやったんだろ! 僕にとっては唯一の家族なんだっ! 返せっ!」



 その様子を、周囲の老若男女は時折道場の涙を見せながら人間への罵声の声を挙げている。少年には、カイトが身ぐるみを剥いだエルフの兵士の面影が少しだけあった。

 その姿を見て、カイトは感心した。確信も無いのに、よくそこまで自信を持って攻撃的になれるな――と。



『こういう勘違いでいざこざが大きくなったりするのは良くあることですよ』


『感情と言うのは本当に厄介ですね。短絡的な相手と、短絡的な感情に共感できる相手は苦手です。……僕が少しおかしいのでしょうか?』


『おかしいとは言いませんが、全体的に見るとあなたは特殊ですよ。命を奪うことに躊躇いを感じたり、命を奪ったことに罪の意識を感じたりする者が大半ですから』


『……そうですか。自分が死なないために他者の命を奪うなんて、誰でもやっているし気にしている人の方が少ないと思ってましたけど』


『自分の手で命を奪うと、仕方がないと分かっていても葛藤する者が大半です。あなたにはそれが全くと言っていいほどない。普通は現実的な考えに、心が付いていかないものです。――ですが、そういうところがあるからオワリノミズウミとより強く同調してしまっているのでしょうね。普通は多少練習しただけで、あんなに正確に操れる代物ではないのですよ』



 カイトが神の言葉を聞きながら眺めていると、仲間たちに抑えられていた巨人族の男が前へと出てきた。三メートルを優に超えるその巨体に、エルフの子供はピクリと震えた。

 巨人族の男は膝を折り、エルフの少年に優しく声を掛ける。



「君の気持ちは分かるが、そんなことをしてお父さんは帰ってくるのかい? 君のお父さんは、他人を進んで傷つけるような事をして喜んでくれるような人かい? 君のその手は誰かを傷つけるためにあるのでは――」


「人間の味方をするんだ」



 エルフの少年の放った言葉に合わせて、その場の空気ががらりと変わった。その場の視線の全てが巨人族の男に突き刺さる。



「そうではないよ。私はただ――」


「僕のお爺ちゃんとお婆ちゃんは人間の魔法で家ごと焼かれた。お母さんは妹と一緒に人間の国に連れていかれた。お父さんはいつも言っていた。『人間は悪者だ。皆殺しにしなければいけない。でも、楽に殺してはいけないよ。そんな人間の味方をする者を絶対に信じるな』って」


「落ち着いてよく考えるんだ。私たちの中にだって良い者もいれば悪いものだっている。きっと人間だって――」


「そう思ってるのはおじさんだけみたいだよ」



 巨人族の男が辺りを見ると、冷えた視線が自分を突き刺していた。

 その後、巨人族の男は拘束されてどこかへ連れていかれてしまった。

 人間の甚振りはより一層勢いを増し、盛り上がりを見せた。



「へへっ、哀れなもんだな」



 肩に腕を回してきた魔族の男の問いかけに、カイトは静かに答えた。



「全くだ」

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