-08 脱出

「サイズが合ってないな。……まあ、着れない事も無いしいいか」



 カイトは衛兵が鎧の下に来ていた服を着ると、自分が来ていた服を衛兵の死体に着せた。



「それ、食べてもいいよ」


「あ、ありがとう……?」


「後、これもついでにあげる。僕には必要のないものだから」



 カランと音を立てて少女の前に落ちたのは、洞穴の出入り口にある鉄格子のカギだった。



「でも、私がここから出たら――」


「先に言っとくけど、僕は別に助けようとしている訳じゃない。だから後は自分で決めて行動すればいい。君はここから出たくないの?」


「出たい。……けど、私がここから出たらみんなに迷惑が掛かるから――」


「おかしな考え方をするね」


「おかしい……?」


「皆好き勝手に生きてるのに進んで自分を縛り付けるなんて、僕には奇行にしか思えない。……あぁ、気にしなくていいよ。僕は他人と共感するのが苦手なんだ。だから、多分おかしいのは僕の方」



 カイトは少女の横で息絶えているエルフの鎧を引きずって鉄格子の前に立つと、適当な方向に放り投げた。一度外に出ようとしてから、少女の方を振り向いた。



「人間が神を倒した日に、ここら辺に何かが落ちてきた話とか知らない? 変な色の勾玉とか、鏡みたいな形した何かとか」


「……分からない。その時にはまだ生まれてなかったから」


「そうか……」



 少し残念そうな表情を浮かべたカイトに、少女は話を続ける。



「不幸を呼ぶものとか、得体の知れないモノは皆がここに持ってくるんだ。でも、今教えてもらったものは見たことが無いから――」


「じゃあこの辺には無いってことか」


「ごめんなさい、私ここから出たことないから外の事はあまり分からないの……」


「いや、この辺には無いって事が分かっただけでも十分だ。ありがとう、助かったよ」



 カイトはそう言うと、どこかへ立ち去ってしまった。

 少女はカイトから渡されたカギを持って鉄格子の前に立った。十分と少しの間悩んだ末、内側から手を回してカギを閉めた。隙間から外にカギを投げてしまう考えが頭をよぎったが、それをしようとは思えなかった。





「オワリノミズウミが消えただとっ!」



 場所は人間の住まう国の中心部。

 どれだけ待っても戻らない調査隊を探しに出かけた舞台による報告を、権力を持つ人間たちが集まって聞いていた。この世界における一個人の力は大したことは無い。故にオワリノミズウミやフェメラルの持つ神器のような特殊な力は、一様に神の力と形容されている。

 神の力と言うのは人間にとっては頼みの綱でもあり、恐怖の種でもある。要は得体の知れない強大な力だ。その内の一つが突如消滅する程の出来事となると、警戒せざるを得ない。

 フェメラルが手で辺りの騒ぎを制してから、報告した人間に問いかける。



「調査に向かった人間が揃っておらんようだが……」


「一部の者は確認のために現地に残っております」


「ほう。して、その確認とは?」


「部下に確認させているのは二点です。一点目はオワリノミズウミに沈んでいた死体の数と、送り込んだ人間の数が合わないことです。直近で送り込んだ人間と死体を確認しているのですが、三名ほど足りません」


「それはおかしいな。調査隊の人数はそれなりに多いし、一部の者には儂が特別にステータスを多く与えておいた。逃げ切れるとは思えぬが……」


「それについては、二点目と関係していると思われます」



 その場の全員が息を呑む中、フェメラルに促されて兵士は報告を続ける。



「調査隊全員の死体が近くに散乱していたのです。全員が強い力に吹き飛ばされたように無くなっており、上半身ごと吹き飛んでいる亡骸もありました」



 神の力の一端の消滅と、高ステータスの部隊全滅。

 その事実から、一つの可能性が浮かび上がる。



「オワリノミズウミの力を取り込み、儂らのようにステータスを向上させる方法があるのやもしれんな……」



 その言葉を聞き、周囲の者から血の気が引いていく。

 フェメラルは少し考えてから、力強く言葉を発した。



「本日中に国外調査の志願者を集結させよ! 部隊全員のステータスを引き上げて周辺の調査に当たらせることとする! 転々としているせいで正確な位置はつかめてはおらぬが、あの辺りには多種族の集落がいくつかあったはずじゃ。その殲滅も任務の一つとする」



 こうして人間たちは、自分たちを脅かす存在の確認と排除を目的とした行動を始めた。

 一方、その標的であるカイトは違和感を察知していた。



『……神様、最近力が漲ってくるのですが何かしました?』


『オワリノミズウミの力はステータスに比例しています。どこかで沢山の命が生まれたか、或いは人間たちがステータスを大幅に引き上げたかのどちらかでしょうね』



 多くの命が生まれるのであれば、今の環境では人間以外にはあり得ない。しかし、子供はあまり大きなステータスを持たない。そのため、これほどまでの変化を一度に発生させられるとは考えられない。

 となれば、前者よりも後者の方が可能性としては高いだろう。すぐに思い浮かぶのは成人化だが、それも最近行ったので次は一年後だ。ということはそれ以外の――。

 妄想を膨らませたって分からないものは分からない。カイトはそう割り切って、考えるのを止めた。

 そして、オワリノミズウミの力を操るための訓練に戻った。

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