-07 混血種

 その少女の瞳は白目と呼ばれる部分が赤く、黒目と呼ばれる部分が黄色になっていた。背中には一部の魔族に見られる蝙蝠のような翼が片翼だけあり、口を閉じても左の犬歯だけが日の光を浴びていた。座っているため分かりにくいが、地面に付いている手入れのされていない真っ白な髪は膝下までありそうだ。服は集落にいた者たちとは比較にならないほどボロボロで、上は穴だらけの長袖、下は太腿を少し隠す程度のズボンを履いていた。

 暫くの沈黙を破ったのは少女の方だった。



「何で、生きてるの……?」



 その声は酷く震えていて、体をカイトと反対側に少しだけ引いた。



「死んでなかったから」



 困惑する少女を気に留めず、カイトは辺りを見渡した。

 鉄格子の出入り口から日の光が届いているが、それ以外に光はない。鉄格子の向こう側にはいくつかの木が見えていて、そのさらに向こうには緑色の葉が茂っていた。恐らくは、どこかの山か林の中の洞穴だろう。

 そして洞穴の隅には、真っ白な骨が積み上げられていた。



「……混血種か。なんて名前の種族?」



 少女は少し震えながら答える。



屍食ししょく族」



 この世界には五つの種族が存在する。――というのが定説であるが、正確には五つの種族が主となっている。異種族間で交配が行われた場合、子供は高確率で親のどちらかの種族として生を受ける。しかし、極稀に全く異なる種族が誕生する場合がある。故にそう言った存在は混血種と呼ばれ、その珍しさと異質さにより敬遠される。



「屍食族か。……確か、死後数日以内の死肉しか受け付けない種族だったな。数百年前に世界の生き物の一割以上を喰いつくしたとかっていう」


「ご、ごめんなさい!」


「何で謝ってるの?」


「え……? だって、私の祖先が――」


「君は何もしてないだろ?」


「……」


「それよりどうするかな……。服こんなだし、馬に引かせてた荷物だって取られ――」



 次の瞬間、カイトはばたんと地面に倒れ込んだ。

 少女がそれに反応するよりも早く、鉄格子から差し込んでいた日の光を誰かが遮る。そこにいたのは、数名の子供だった。



「ちょっと、やめようよ……」


「なんだよ、ビビってんのか? ――ほら、いたぜ! なんだあれ、気持ちわりぃ目玉」


「うわっ、本当に人間を食べてる……」


「大人たちが言ってたの、本当だったんだね。『見境なく生き物を食べるバケモノがいる』って話」



 少女はただ俯いて、何も言わなかった。

 好き放題に言葉を並べる子供を制止したのは、件の集落にいた衛兵の一人だった。長身で細身のエルフの男で、とても整った顔立ちをしていた。



「こらっ! 何をしているんだ! ここは危ないから近づくなと言っただろう!」



 子供たちは一度体をびくりと震わせた。その中の一人が前へ出て、涙を流しながら言う。



「ご、ごめんなさい……。でも、ここから『助けて』って声が聞こえてきたから」



 衛兵は鉄格子の向こう側にいる少女をぎろりと睨みつけた後、ため息を吐いてから子供たちにすぐに帰るように促した。子供たちの後姿が見えなくなると、今度はカギを開けて少女の方へと近づいた。俯いて何も言わない少女に、衛兵は無言で蹴りをいれた。

 右頬に打撲を受けた少女の口から、ぽろりと血が付いた奥歯が零れ落ちる。



「ふんっ、それもそこの死肉を喰えば再生するんだろう? 本当に気色が悪い。二度と子供たちに余計なことを吹き込むなよ? 次何かしたら――」



 衛兵は体の力が一気に抜けると同時に、その原因――足を掴んでいたカイトの右腕を腰に提げていた剣で切り落とした。



「な、なぜお前が生きている⁉」


「死んでなかったからだと思いますよ」



 衛兵の足に引っ付いているカイトの右腕は、どろりと液化して地面へとしみ込んでいった。それと同時に、カイトの右腕も元の形を取り戻す。



「なっ……」



 五大種族に再生能力の類は存在しない。衛兵の目の前で起こった事象は、一部の高位魔法を使える者がいてようやく起こせる奇跡だった。

 衛兵は膝をついて息を荒げていた。もう立ち上がる力すらない。どれだけ息を整えようとしても、回復している感覚が全くなかった。まるで、体力の限界値を奪い去られたように――。



「や、やめろ! 来るなっ!」


「嫌です。あなたを殺さないと服が手に入らないので」



 カイトはそう言うと力が入らず、動けない衛兵に触れた。衛兵はすぐにばたりと倒れ、ピクリとも動かなくなった。



『神様、これどのぐらいの力加減ですか?』


『最小威力です。今のあなたは世界中の生き物のステータスの合計値と同値ですからね。いくら私と言えど、これが限界です』



 カイトは納得しながら、衛兵の身ぐるみを剥いだ。

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