-06 甚振り

 カイトが記憶を見る限り、神器というものはそれなりに目立つものである。本来であれば全ての神器が神がいた世界――神界が崩壊した後、空から降り注ぐように落下するからである。そのため、会話することのできる生き物が集まっている場所であれば何かしらの情報が得られる可能性は高い。

 カイトはその集落の一番活気のある場所に移動して、すぐに後悔した。



「ふざけるなぁぁぁ! 何で僕がこんな目に合わなくちゃならないんだ!」



 十字に括られた木に張り付けられた人間がそう叫んだ。右目があるはずの場所は窪み、左肩から先が無くなっている。下に転がっている左腕と目玉はその人間のものだろう。両足首と右手首、左肩に鉄の杭が撃ち込まれている。

 威勢の良い人間に、魔族の男が一歩前へ出て応える。



「おいおい、俺たちを殺して食料を盗もうとしたのはだろ?」



 魔族の男の言葉通り、その人間は複数人でこの集落を襲ったのだろう。恐らく、片割れは隣で十字の木と共に黒焦げになっている人型の何かだろう。



『助けなくて良いのですか? お知り合いですよね? 名前は確か――ボンでしたっけ?』


『僕に助ける義理は無いです。それに、ここで助けたら情報収集が面倒になります』


『おや、あなたは皆とは違うのですね。皆さんは種族単位で争っていたので、同族間では無条件で助け合うものだと思っていたのですが……』


『僕たちは集団で生活する生き物です。似た姿と形と性能をした者同士の方が気があったのでしょうね。当時の状況は知りませんが、最初に同種族で集団が作られて、今まで続いているんじゃないですか?』


『随分と他人事ですね』


『そうですね。僕には種族間の違いなんて理解できないので』


『違いなら沢山あると思いますけど。さっきあなたも言っていたじゃないですか。姿と形と性能が近い者が群れを成していると』


『それでも核は皆同じでしょう?』


『核?』


『結局は感情を持った生き物だということです。そこに違いはないと思いますけどね』


『その考え方が出来る者もいるのに、争いが絶えないのはなぜでしょうね?』


『感情があるからだと思いますよ』



 カイトが神と会話している間に、ボンが打ち付けられている十字架の足元に火がくべられた。



「お前ら、こんなことをしてただで済むと思うなよっ!」


「それはこっちのセリフだ! お前らのせいで俺たちがどれだけ死んだと思ってる! もう半分以上死んだんだぞ!」


「はっ、死ねてるだけましじゃないか! 俺たち人間は寛大だからな! お前らみたいに食料や奴隷として扱ったりはしないっ! 生き地獄を見ずに済むだけましだと思え!」


「馬鹿言うなよ! 俺たちはお前ら人間に慈悲として生きることを許可してたんだっ! それなのにお前らは力を得たとたん俺たちを――」


「今まで人間を虐げてたんだから当たり前の報いだろうがっ!」


「……ちっ。これ以上話しても無駄なだけだ。どうせこのままお前は焼け死ぬんだ。せいぜい無様に藻掻けばいいさ」


「くそっ、何でこんな奴らに――」


「ステータスが上がっただけの素人が戦闘慣れしてる奴に勝てるわけないだろう」



 ボンが下に視線を下ろすと、足先が黒く焦げ付いていた。どうにか生き延びようと辺りを見渡したボンの目に、誰かの後姿が映った。ボンにも確証はなかった。ただ、もしかしたらという希望を持って叫ぶ。



「カイトっ! お前カイトだろ! 頼む、助けてくれっ!」



 瞬間、その場にいたボン以外の者がざわつくと同時に一人の人物を見た。近くにいたエルフがその人物のフードを外して、すぐに後ろへ飛んだ。

 巨人族特有の体躯も無ければ、エルフ特有のとがった耳も無い。ドワーフ族特有の低身長も見受けられず、魔族特有の額の角も無い。であれば、その人物の種族は――。



「人間だっ、殺せっ!」



 次の瞬間、カイトの体をいくつかの刃物が貫通した。

 カイトは吐血しつつ、瞬時に死なない事を理解する。体の中を異物が貫通しているのに、感じるのは痛みではなくただの違和感。しかし、このまま戦うようなことになればせっかくの情報源が消えてしまう。



『死んだふりって出来ますか?』


『出来ますよ』



 次の瞬間、カイトの体はガクンッと張り詰めていた糸が切れたように崩れ落ちた。





 何も感じ取れない世界で意識がある事に違和感を感じつつ、一時間ほどそのまま待機していた。



『どうにかして外の情報を拾うことは出来ないんですか?』


『無理ですね。私の力でオワリノミズウミの力を抑え込んでいるだけなので、それを止めた瞬間にあなたの体は一瞬で全快してしまいます』


『細かい調整が出来ないのは不憫ですね。仕方ないことは分かっていますが』


『調整を出来るような代物ではないですからね』



 そのままさらに数時間待機して、神は抑え込んでいるオワリノミズウミを解き放った。カイトが瞳を開けると、既に体は元に戻っていた。攻撃される前との違いと言えば、着ていた服が切り傷だらけになっている事だった。

 そして、目の前には一人の少女がいた。彼女はボンのものだと思われる焦げた左腕に噛り付いていた。隣には手首から先の骨が積まれていた。



「「……え?」」



 状況を飲み込めない二人は、数秒間見つめ合ったまま固まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る