+14 抵抗

 兵士たちは、オワリノミズウミにL字型の長い棒を入れた。

 それは等間隔で印がつけられており、傍にいる者が紙を挟んだバインダーを手に確認している。



「よーし、始めるぞ」



 そんな合図と共に、いくつもある頑丈な檻の内一つの施錠が外された。全員が一斉に逃げようとして、全員が兵士に押さえつけられた。目の前にある死から逃れるための抵抗はそれはそれは物凄いものだったが、圧倒的なステータス差に敵うことはない。

 面倒だな。

 そんな声が聞こえてきそうな顔を、ほとんどの兵士がしていた。



「嫌だっ! 死にたくないっ! 頼む、何でもするから許してくれっ! 僕はまだ――っ!」



 一人の人間が湖に投げ捨てられた。途端に目に見えて水位が下がり、どの程度下がったかを記録していく。人間とその付き人が交互に投げ入れられていった。付き人が投げ入れられた時は、水位の減少は目視では分からなかった。それは、付き人が生きている場合も死んでいる場合も同様である。

 それが続いていく中、とある人間がオワリノミズウミに触れる直前で魔法を使った。詠唱と魔法陣を省略した強力なその魔法は風を生み出し、ぽっかりと穴が開いている天井からその体を吐き出させた。



「おっ、活きが良いな。あのレベルの魔法を詠唱と魔法陣を省略して使えるのも珍しい。百人に一人ぐらいの逸材だな」


「申し訳ありません、先輩。一人逃してしまいました。追いかけた方が良いですか?」


「あー、面倒だから気にするな。経験値も大してない成人化しただけの者など、どうせその辺で野垂れ死ぬ。次から気を付けろよ」


「はい」



 そんなやり取りを見て、死ぬだけの運命に抗いたいものは希望を持った。



「まあでも、一応二回目は防いでおくか」



 兵士の指揮官らしき者が詠唱をした後、湖全体を囲う魔法陣が現れた。それは湖に何かが落ちてしまわないようにするためのネットの様だったが、その実は一方向のみの通過を許可するものだった。

 しかし、それで希望が消えるわけではなかった。彼らの希望の源はただ一つ。



――逃げさえすれば追いかけてこない。



 だから、彼ら彼女らは文字通り死ぬ気で逃げようとした。しかし、抵抗が激しくなるのに従って抑えつける力も強くなる。次々とオワリノミズウミに放り投げられ人間の数は減り、それに比例するように湖の水位も下がっていった。抵抗した者は何人もいたが、結局一人も逃げ出せなかった。

 そして、最後の檻――カイト達がいる檻の施錠が解除された。



「カイト、逃げる気あるか?」


「ない。別にあれで死ぬの苦しくなさそうだし」


「そうか」



 暴れ疲れたのか、ボンはぐったりとして瞳からは光が消えていた。一人に対して一人の兵士が付いて、順番に檻から出て行く。先頭にはボン、最後尾にはカイト、カイトの一つ前にジャスが並んでいた。分かりやすく瞳をギラギラとさせていたジャスは、檻から出るのと同時にぽっかりと穴の開いた天井に向かって地面を蹴った。しかし、ジャスについていた兵士は分かっていましたと言わんばかりに、目線まで上がったジャスの足を掴んで地面に叩きつけた。



「ぐふっ――」



 諦めることなく逃亡しようとするジャスの瞳に、おかしなものが映った。それは丁度天井から抜け出して、縁に着地しながらこちらを見ているボンの姿だ。

 他の兵士もすぐに気が付き、ボンに付いていた兵士はすぐに捕まえていたはずの人間に視線を下ろす。それは霧のように歪んで、風に流されるように消えていった。

 ボンはそのままどこかへと去っていく。



「こりゃやられたな~」


「何笑ってるんですか、隊長が一つだけ逃げ道を残して遊ぼうなんて言うからこんなことに――」


「まあまあ、別にいいじゃないか。こんな退屈な仕事、少しぐらい面白さを持たせないとやってらんないだろ? それに、ここから逃げたってより苦しみながら死ぬだけだ」


「それは――そうですけど……」


「さっ、次だ次。そこの赤髪も頑張れよ」


「くそっ……」



 ジャスはギラリと睨みつけながら悪態を吐いたが、どこか弱弱しかった。

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