+13 対面
次にジャスが目を覚ました時には、太陽の代わりに月が真上で光り輝いていた。
隣ではカイトが鉄格子を背に座っていて、ぼんやりと空を眺めていた。
「よくあんなマネできるな」
「おはよう、ジャス。よく眠れた?」
「お陰様で。……何も言われなかったのか?」
ジャスは声を潜めて、前後で馬車を操作している人間を見ながら言った。
「皆が他の誰かがやったんだろうと思ってくれた」
「いや、そんなことって――」
「その後数珠繋ぎみたいになったのも大きい。眠りつけたのを見た前後の馬車に乗っている兵士たちが真似て魔法を使ったんだ。兵士ってステータスが高いだけじゃないんだな。誰も詠唱してなかった」
「それは中身が見た目以上に成熟してるからだろ」
「なるほど」
ステータスの変更が可能になった時点で、人間の大半が自分の年齢を変更した。つまり、人間としての全盛である年齢にあったとしても、その中身は老齢だったりする。寿命近くまで生きた経験を持った人間にステータスを与えれば、そこらの若造より弱いことはそうそうない。
その後、ぽつりぽつりと目を覚ますものが現れ始める。一度眠りについて冷静になったのか、大半の者がどうしようもない現実を受け入れて下を向いた。
その大半に含まれなかったものは、今一度暴れだす。
「クソがっ! お前らが余計なことをしたせいだぞっ!」
そう言って、眠りこけたままの所有物を蹴ったり殴ったりした。目を覚ました所有物はにやりと笑って、力ない声ではっきりと言った。
「ふっ、ざまぁないわね」
「……っ、こいつ舐めやがって。お前みたいなやつはこうだっ!」
その様子を見ながら、カイトは呑気に口を開く。
「ボンは元気がいいな」
「そうだな。よくやるよ」
「いや、ジャスは人のこと言えないだろ。あそこに転がってる顔が耳まで押し込まれてる死体、ジャスの付き人だろ?」
「あぁ。ボンみたいに煽られてな。僕は耐えられなかった。本当ならあいつだけじゃなくて国の外にいる全ての多種族を殺すはずだったのに……。くそっ」
悔しさを滲ませるジャスを横目に、カイトは何か思いだしたようなしぐさを見せてからジャスに問いかけた。
「ジャス、そう言えば僕も聞きたかったことがあったんだ」
「何だ? この際だ、何でも答えてやる」
「自分の付き人を殺すのは楽しかったか?」
ジャスは別に気にする様子もなく答える。
「まあ、少しはすっきりしたよ。憎たらしい顔が自分の手で潰れて、すぐに死んで憎み口を吐かなくなって何かが晴れたような気がした。ま、お前には一生分からないさ。他種族を恨めしいなんて微塵も思ってないだろ」
「あぁ。思ってない」
「まあでも、感覚としては家に入り込んだ虫を殺すのとあまり大差はなかったな。不快の元凶を断って愉快にならない人間はいないだろ」
「それもそうだな。悪い、無駄なことを聞いた気がする」
「別にいいさ。そういえば、ボンの付き人なんだが。……あれ、死んでるよな」
「内臓をあれだけ引きずり出されてまだ生きてたら、それは人間かそれ以上の存在だ。他種族には無理だろ」
ボンのオーバーキルが一段落した頃、檻を乗せた荷を引く馬がその歩みを止めた。
それは小さな洞穴の中で、大きな口を開けた天井から月の光を目いっぱい受けていた。しかし光の反射は一切なく、少しでも油断するとそれが水ではなく奈落なのではないかと錯覚するほどだった。
「これは……。何と言うか、不気味の一言しか出てこないな。……カイト?」
カイトはそれを見て、記憶が揺さぶられるのを感じた。しかし、その記憶を仕舞っている扉は、押しても引いてもビクともしない。まるで、それが自分のものではないような気さえしてしまう。
「……いや、何でもない」
「流石のカイトも、目の前に死があると動揺するのか。ちなみに、俺は冷静を装っているだけで凄く動揺してる。多分――、いや、絶対に死ぬ前に暴れる」
「動揺、か。……そうだな」
振動で何かが動いて湖に落ちたのか、真黒な水面に波が出来た。カイト達は波ではなく、水面と接している縁の揺らぎでそれが液状であることを認識した。
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